小さな帆船、大きな世界

  「風と小さなエンジンのみを推進力として、
      〈あこがれ〉はひたすら大海原を進んだ」

セイル大阪 編
取材・文 小堀隆司
海文堂
ISBN: 4303634700
『小さな帆船、大きな世界』。


大阪市の所有する帆船〈あこがれ〉が、青少年を中心としたセイルトレーニングの普及、大阪のPR、各国での帆船レース・イベントへの参加、姉妹港との交流、などを目的として2000年4月から261日をかけて世界を一周した時の様子を綴った航海記である。長距離・長期間を想定した構造になっていない帆船で世界を一周することになった経緯に始まり、計画段階でのスタッフの迷いや不安、そうした一つ一つを解決していくクルーたちの情熱、心境の変化、慌しさ、航海中の〈あこがれ〉の日々、自然の厳しさ、寄港した国々での人々との触れ合い、レースの模様、セイルトレーニングでのトレーニーたちの苦労、それに報いようとするクルーたちの奮闘……、とにかく盛りだくさんの内容になっている。しかも、取材、構成、文を一手に引き受けた新鋭ノンフィクション・ライターである筆者は、この世界一周航海に同行していなかったという。それでも「人への興味は尽きない」と言う筆者は、この大胆かつ繊細な挑戦に惚れこみ、海の厳しさ、帆船の魅力、クルーたちの心意気といったものをできるだけ忠実に再現すべく、山のように積み上げられた資料と格闘し、関係者たちへのインタビューを重ね、実際に〈あこがれ〉に乗船し、自分のイメージとクルーたちの体験を重ね合わせることに成功している。帆船での航海という一般的に少々馴染みの薄いテーマを取り上げているだけに当然聞きなれない用語も出てくるのだが、それは煩雑すぎず不足しない程度に文中でうまく説明されており、その点も、「海の世界に精通しているわけではない」と本人が言うだけあって、読者に優しい文章に仕上がっている。初めて聞く地名も頻出するが、〈あこがれ〉の航跡は本書の裏表紙に図解が入っていて分かりやすい。さらに航海や通信全般、訪問地の歴史などが詳しく興味深く盛り込まれていて、〈あこがれ〉の壮大な航跡を辿りながら周辺事実まで概覧できる構成になっている点も興味深い。
 海流、風を巧みに利用して順調に旅を続ける〈あこがれ〉の船上での生活は、意外と単調な日もあれば、運動会を催すなど創意工夫を凝らして皆で楽しくはしゃいだり、海賊対策に余念がなかったり、その中で割り当てられた役割や時間ごとに配置につくクルーたちは同じ時間、同じ空間を共有しながらもそれぞれが独特のものを目にし、感じている。この航海記の主役となる各クルーの半生も読み応えがあり、それぞれに人生があるということを改めて認識させられる。そんな彼らに共通するのは人生に対して意識が高いということであり、彼らを見守る筆者の視点も優しい。最近では色んなところでスポーツライターの文章や発言に触れる機会が数多くあるが、一体誰が当事者なのか、勘違いしているんじゃないかと思うこともそれに比例して多くなり、一般の読者が求めているものとの乖離が大きくなっているような気がする。しかし本書の筆者は、紹介したい愛すべき人々、夢や希望に満ちた活動がまず最初にあるという立場を守り、尊重し、一定の距離を保ちながらもどこまでも対象に寄り添っている。「航海記」というスタイルの持つ性質によるものなのかもしれないが非常に新鮮であり、読んでいて心地よかった。話を内容に戻すと、さらに航海中のエピソードも紹介されていて、途中立ち寄ったボストンで一人の老女から第二次世界大戦時に拾得したという署名入りの日章旗を手渡され、半世紀以上の時を経てその持ち主に縁のある人に無事返還する話や、大阪市の帆船事業と深い関わりを持つポルトガル人船長と彼の毅然とした態度にインスピレーションを受けたという日本人画家の話などは、微笑ましい。
 クルーたちの想い、トレーニーたちの希望、まつわる全ての人たちのロマンを乗せて、凪いだ海も荒れ狂う海も航行する帆船〈あこがれ〉。効率重視の風潮が色んなところで見られる昨今、もっと根っこの部分で大切なものを大切にしている人たちがたくさん登場していた。さわやかな人たちだ。


 筆者の最近の活動については、本人によるブログがあるのでそちらもあわせてどうぞ。 → 『ノンフィクションな日々』



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