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あけましておめでとうございます。
やっと帰ってきました。それにしても「8日帰り」とは一体何なのか??? 地域によっては「行くな9日、帰るな7日」というのもあるらしい。とにかく今回は結局9日間も実家にいた(ここ10年、もしかしたら15年で最長かもしれない。よく頑張ったもんだ)。そして今日、4時間近くかけて新大阪に到着して、大阪行きの電車に乗り換えるとけっこう混雑していて、二人掛けのシートが二列にずらりと並んだ間の通路に押しやられた。降車口付近でシートの背もたれに後ろからもたれたおじさんがトートバッグを肩にかけ、それがどうもずれてくるらしく、何度も肩にかけ直しているのがどうにも気になった。おじさんがもたれているシートに座っている、つまり立っているおじさんと背もたれをはさんで背中合わせに座っていたのは若い女の人で、ぼくはちょうどその女の人の横に立っていたんだけど、鏡を出してきてせっせと化粧を直し、髪のふわふわ具合を入念にチェックし、お洒落な白いコートの襟がさりげなく確実にピンと立っていることを何度も確認し、口紅を直し、午後の紅茶のミルクティーを飲み、口紅を直し、もう見慣れたから電車の中でのそういった忙しない仕草には特に何とも思わず、むしろ正月にいい服を買って今日も張り切ってお出かけするのかしてきたのか、とにかくなんだか若さを満喫している雰囲気を醸し出していた。それよりも、ぼくが気になっていたのはおじさんのずり落ちてくるバッグで、おじさんがかけ直しているからいいものの、ぶら〜んと落ちてくるとその女の人の左肩付近に当たるはずで、そうなると口紅を塗り直していたならはみ出してしまうだろうし、手にした鏡を落として割ってしまうかもしれないし、ぼくは大阪まで気が気じゃなかった。正確に言うと、もうすぐ大阪に着くという直前まで、気が気じゃなかった。というのも、ぼくの予感は見事に的中し、ずり落ちるバッグを引っ張り上げようとするおじさんの試みも虚しく、バッグはおじさんの手をすり抜け、ぶら〜んと女の人の肩に命中し、口紅を失敗するでもなく鏡を落としてしまうでもなく、真っ白なコートに午後の紅茶をこぼしてしまったからだ。そしてタイミングよく電車は大阪駅に到着し、おじさんは(たぶん)気づかないまま降りていくし、女の人はびっくりしすぎて白いコートにじわじわとミルク色の紅茶が広がっていくのをどうすることもできずにうわうわと言いながら見ているばかりだし、ぼくはしょうがないからハンカチを差し出してあげた。年末からポケットに突っ込んだままのハンカチだったので、むしろ白いコートには役に立ったかどうか分からないけれど、素直に受け取ってコートを拭いていた。あれはイヤだろうなあ。ぼくも会社に勤めていた頃は満員電車を利用していて、いつの間にかスーツやコートにコーヒーをこぼされていたり、口紅をつけられていたりしたものだ。そういう、まあ、こぼした本人たちに悪意があるわけでもなく、強く責めるわけにもいかないイヤな思いをすることは、ぼくの場合、少なくなった。悪意がなければいいというものでもないし、人に迷惑をかけなければいいというものでもないと思うけど、色んなことに対して大きな気持ちというかゆとりを持ってこの一年は過ごしたいなあと思います。
じゃあ、年末年始の日記は以下にコピーしていますので、どうぞみなさん、今年も宜しくお願いします。
2006.01.01
今日は兄夫婦が来ていて、大きくなった姪っ子二人と遊びまくった。オセロをして、ヤクルトをこぼされて、馬乗りされて、ボールを蹴って、ドッヂボールをして、鉄棒をして、ブランコをして、おんぶをしてダッシュして、憎まれ口を叩くようになっても可愛いもんだ。この調子だ。この調子で健やかに優しく育てよと思いながら、一生懸命遊んだ。楽しかった。正月を満喫した。みんなが安心して暮らせる平和な世界になりますように、そんな世界を信じてみんなが明日を夢見ていられますように。そしてぼくたちはもっと強くなれるように頑張ります。
2006.01.02
6月末締め切り予定の本を読んでいます。昨年の8月に一通り読んで、日記でも少し触れた"looking for alaska"です(やっと小説だ)。アラバマの寄宿学校に通う16歳の少年少女が、小さな恋をして、校内での「派閥闘争」に明け暮れて、全校を巻き込むいたずらをやらかし、仲間たちと無邪気に学校生活を送りながらもそれぞれに複雑な事情を抱えていて、とてもピュアなストーリーです。作者はきっと面白い人です。表面的にはユーモアがたくさん散りばめられていて(翻訳が難しそう……)、そして少し中を覗き込めば楽しいだけじゃない要素がいっぱい詰まっています。若い子がなんだかよく分からないけれど社会のルールや自分たちで作ったはずのルールに馴染めずに、抜け出せなくてもがきながら、小さな体にたくさんの荷物を背負い込んで、誰に聞いてもらえるあてもなく必死に叫ぶ心の声には、けっこう真実みたいなものがあるんじゃないかなあと思ったりします。決してみんな忘れているわけじゃないはずなのに、いつまでもそんなことを言ってられないんだよ、とか、若いうちはそれでよくてもね、なんて物分りのいいことを言うようになる。結局のところそういう大人の判断をしているのは自分なんだということに気づかないフリをして、誰か自分じゃない人やもののせいにするのが大人なのだとしたら、ぼくはそういう大人予備軍を応援し、自分でもそうありたいと思います。スケジュールがまだ少し流動的なのですが、年内には刊行されるんじゃないかと思っています。お楽しみに!
2006.01.03
今年の読書一冊目は(なんと!)SFでした。半村良の『平家伝説』という作品で、昭和48年の作品ということはぼくが2歳の時の新刊本です。滅亡した平家の中でどうにか生き長らえて能登に流れ着いた時忠の家系に関する言い伝えが現代に細々と残っていて、その末裔と思われる男が出てきて、男の右肩には鳳凰のような痣があり、いわくつきのその痣と関西の銭湯の六割が能登の出身者による経営だという事実が実は関係があって、現実に生きる希望を見失った男は平家が隠したとされる財宝に夢を託し、最後の部分になると異次元的な展開にもなっていって……という具合に実在する伝説や事実と作者の壮大な空想を巧みに紡いだ、まさにサイエンス・フィクションでした。伝説とか言い伝えとか、そういうのは古臭かったり胡散臭かったりするけれど、作家にとっては想像力を掻き立てられるんだろうなあと思います。それに、細かい史実をきちんと理解して、どこまでが現実でどこからが空想なのかという区切りのラインを歪めてしまえる把握力もすごいと思いました。ぼくみたいに、なんとなく、とか、そんな感じ、で済ませていると、いつまで経ってもこんな文章は書けないなあと思いました。
そして今年の二冊目は、BBSでリトル・ミイさんが紹介してくれていた『博士の愛した数式』です。これがまた面白かった。じんわりと優しい物語でした。詳しくはBBSに書きたいのですが、どうやらパスワードを設定してから返信の具合が悪いようで、そのことに今まで気づかずにいたため、また芦屋に帰ってから修正します。BBSに返信をしようとしてうまくいかなかった方がこれまでにもいましたら、それはぼくの方での設定ミスです。ご迷惑をおかけしていたとも知らずに、どうもすみませんでした。来週には直しますので、またBBSをどうぞ宜しくお願いします。
そして今は、阿刀田高の『コーランを知っていますか』を読み始めています。これは翻訳対策です。
2006.01.04
たとえば芦屋から勝浦に帰ってくるなど、どこかからどこかに出かけて、8日目に帰るのはどうやら良くないらしい。なぜかというと、昔からそうやって言うから。ということで、6日に帰るつもりだったのが、7日になってしまった。そんなルールは鬱陶しいけれど、それで母さんが安心するなら、まあいいか。
2006.01.05
今年の目標は昨年の暮れに一応立てておいたのだけど、新年の決意を自動で設定してくれる便利なカードを送ってくれた友達がいて、それをやってみると今年のぼくは、
・lose 71lbs,
・be more simple,
・be less beautiful,
・stop loving,
・start going,
・be every day
となりました。ということは、35キロ減量して、これ以上単純になって、美しさは控えめに、愛することを放棄して、そろそろ活動を開始する、そして最後のはどういうことでしょうか、深い意味を感じます。ぼく自身が毎日になる、ぼくの存在がそのまま日々の暮らしとなる、あるがまま、なんてことにでもなるのかな??? とにかく、せっかくですけど、すみません、却下ということで……。
これは、「年が変わるたびにいちいち決意を新たにするのも大変でしょ? だったらうちらが代わりに決めてあげますよ」というものだったのですが、自分で決めるにせよ決めてもらうにせよ、新年の決意表明というのは、できるだけ具体的な方がいいように思います。そういう点では一番目の35キロ減量なんていうのは惜しいのですが、ぼくはむしろ増量しないといけないぐらいなので、残念ながら却下させていただきました。会社に勤めていた時も、自分で目標を設定して、四半期ごとに達成度を申告して、という評価方法が導入されていましたが、あれは(部署にもよると思うけれど)よかったです。決意とか目標とか予定とか、呼び方は何でもいいけれど、大きな目標を立てて、そこから何段階かにブレイクダウンしていけば、今年すべきこととか、今月中にやりたいこととか、今日のうちにやっておかないといけないこととかが具体的に見えてきて、ぼくなんかはいい感じで夜にはぐっすり眠れます。というわけで、今年の目標は去年の12/30の日記に書いた通りです。
2006.01.06
今日は新宮市高田にある「出合(であい)の滝」まで歩いてきました。このほど滝までの道が整備されたということで正月の地方新聞に写真入りで紹介されているのを見て、行きたいなあと思っていて、父さんと母さんと三人で出かけました。その滝がある山の入り口には水車小屋があって、そこもそれだけでかなり風流な風景なんだけど、そこに車を止め、そこから内鹿野(うちがの)川に沿って山を分け入り、山を越え、丸木の橋を渡って谷を渡り、苔の蒸す石の道を歩き、とてつもなく大きな岩を何枚も見上げながら、目指す出合の滝に着くまでにも大小様々な滝があって、滝つぼの水はことごとく底まで透き通っていて、熊野古道ばかりがもてはやされているけれど、それ以外にもこんな素晴らしい自然が普通に残っている南紀州が誇らしくなりました。父さんと母さんにはキツそうだったけれど、1時間15分ぐらい山道を歩いて、あるいは這いずり上って、高さ20Mの出合の滝が目の前に現れた時は、ちょっと感動しました。滝つぼの周辺は少し開けていて、岩場に腰を下ろしたりして休憩もでき、お弁当などを持っていけばけっこう本気のハイキングコースとしていいんじゃないかと思います。新聞の記事によると、出合の滝からさらに奥にはその3倍ほどの高さの「一ツ落の滝」などがあるということです。確かに、出合の滝の辺りには橋を架けたり歩道を整備したりするために一定の大きさに割った木切れがたくさん積んでありました。これを整備したのは、77歳になるという地元のおじさんでした。そういえば、水車小屋から山道に入ってすぐのところで、色々と親切に教えてくれて、もう歩き出そうとしてもまだ色々と親切に教えてくれるおじさんに出会ったんだけど、帰ってきて新聞を見ると、まさにそのおじさんが整備したおじさんでした。これだけの滝までのあれだけの道を整備したとなると、その滝を目指している人間に出会うと嬉しくもなるだろうと思います。今日はもう正月休みも終わって平日だったからか、そのおじさん以外は誰にも会いませんでした。帰りはもう一つ別の道があって、行きと比べると比較的平坦になっていました。やっぱり滝を見るまではそれなりにしんどい思いをして、そうやって滝を見た人には少しでも楽に帰ってもらおうというおじさんの優しさなのかな、なんて思ったりもしました。いい一日でした。
12月31日の分はこちらです。
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