Diary
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2005年7月31日(日)
言い間違い。

食後にのんびりしていて、そろそろ翻訳に取り掛かろうかと思った時に、「そろそろ勉強しょうか」と言ってしまうことがたまにある。小さい時から「そろそろ勉強せんでええんか」と言われてきた影響なのか、それともプロ意識に欠けるのか。夏や正月に実家に帰ると、いまだに「そろそろ勉強せんでええんか?」と言われることがある。何のつもりで勉強と言っているのか知らないけれど、反射的に反抗したくなる。それなのに自分でも言ってしまっているのがたまらなくイヤだ。それともただの言い間違いとして済ませてしまっていいものなのか。そういえば、中学生ぐらいの時には授業中に質問があるか何かで先生に向かって手を挙げて、「お母さん」と言ってしまったことも何度かある。あれは恥ずかしい。質問なんかどうでもよくなる。仕事で電話をしていて、相槌を打つ時に色々バリエーションがあった方がいいと思って、「はい」と「ええ」を織り交ぜていたはずが、ごっちゃになって「へえ」となってしまった時も恥ずかしい。

2005年7月30日(土)
PC。

電子辞書の画面をスクロールしようとして、手元にあったPC用のマウスでくりくりとやっていた。あれ? と思った瞬間に気がついて、別に誰に見られたわけでもないけど恥ずかしかった。それはともかくとして……、
 デスクトップにちょっと変化をつけようと思って、アナログの時計を常駐させるフリーソフトをダウンロードしたら、ホームページビルダーが動かなくなってしまった。原因がそのフリーソフト以外に考えられなかったのでアンインストールしたら、無事ホームページビルダーが立ち上がるようになった。今はノートPCもあるので日記をUPできなくなることもないんだけど、それにしてもPCの危うい側面を今日も見せつけられた感じだ。何か新しいソフトをインストールすると、他のソフトと相性が悪いとか、そんなこともあるのかな。そういう場合でも何か打つ手はあるのかもしれないけれど、今回はそこまでして必要なソフトというわけでもなかったので、諦めた。
 パソコンとの付き合い方は難しいなと思う。前触れも何もなしに急にダウンしてしまったり、急に「ぅぅぅううわぁぁあああん!」とうるさくなったりする。最近では何が起きてもあんまり驚かないようにはなったけれど、ぼくにとっては大切なパートナーなので、気分を害されないようにけっこう気を遣っている。決して外付けの機器を乱暴に抜いたりしないし、キーボードや液晶もまめに掃除している。本体に積もった埃も毎日拭き取るし、熱い空気が噴き出すようにメッシュになった部分は埃が溜まらないように綿棒で掃除している。それなのに、時々つむじを曲げてしまう。忘れた頃に曲げてしまう。PCは使っている人の機嫌を敏感に感じ取るなんていうことを実しやかに(「まことしやかに」ってこんな字なんや……)言う人がいる。本当かな? 本当だとしたら、つむじを曲げているのはぼくということになる(そんなつもりはないんだけど……)。それに、そんなメカはアカンやろ? ぼくの気分に波があるのはしょうがいないとして、それに影響を受けてパソコンまでやる気を見せたり見せなかったりするなんて、それがホンマなんやったらどうにかしてもらわんと困ります。でもやっぱりパソコンはそういう方向は目指していないはずだ。何かを理解して何かをしているわけではなく、ただ反応しているだけのはずだ。でも今ではその反応の速度、ぼくが頭に何かをイメージしてそれをキーボードに叩きつけて、それが文字になって画面に現れ、それを見てさらにぼくのイメージが膨らみ、それを繰り返す速度というかタイミングがぼくの流れにフィットしていて、そのおかげで頭の中が淀まずにすんでるように感じることもある。わしゃ止まると死ぬんじゃ、みたいな意味で動きに連動性をもたらしてくれているように感じる。すごい機械だ。

2005年7月29日(金)
プチ悪(わる)。

コンビニでそれなりの枚数をコピーしていると、いかにもわたし急いでるんですぅ、みたいな雰囲気を撒き散らしながら入ってきたおばさんに、微妙に離れた斜め後ろに並ばれた。ぼくはまさに今コピー中の一枚が出てきたら中断して代わってやろうと思っていたんだけど、おばさんは携帯を取り出すと「今コンビニ着いたんやけど、先客がおるんやわぁ、しばらくかかるかも……」と電話の向こうの誰かに向かって言い出した。その聞こえよがしな口調がいかにも嫌味ったらしく、どうしようかとも思ったんだけど、やっぱりぼくはどうしても人に優しい人間なんやろね、「枚数多いので先にどうぞ」と申し出た。すると、「あら、そぅお? 6枚だけなんでね、ごめんなさいね」と言いながらバッグの中から何かの冊子を出してきて、なんと! 「ちょっとごめんなさい、こことこことここと、それとこことここを6枚ずつお願いできるかしら? こういうの疎くって。あ、ここもかな」と言い出した。おばさん、それは6枚とは言いませんよ、とは言わなかったけれど、急いでいる人は他の人も同じかそれ以上に急いでいるかもしれないという可能性をかなりの確率で見落としているように思う。それに、「こういうの疎い」とヘラヘラ笑いながら自ら白状してくる人は、自分でなんとかしなくちゃという気概に欠けていることが多いようにも思う。でも今日のところぼくは急いでいなかったし、ある程度年齢のいった人にメカはメカというだけで難しいんだろうなぁと思うと、あんまり冷たい態度を取るのも躊躇われ、こことこことこことこことこことここを6枚ずつだったらぼくよりよっぽど多いんだけど、コピーしてやった。そしてその間、もうお金は十分投入しているというのに何のためなのか(おそらく手持ち無沙汰すぎるため)、ずっとがま口の財布の中の小銭を数えていたおばさんは、コピーが終わると再び携帯を取り出して「できたできた、意外に早く済んだ」と報告していた。
 こういうことは、呆れはしても腹が立ってしょうがないというほどではないし、別にどうでもいいんだけど何となく落ち着かない気持ちにさせられる。別にどうでもいいだけに、たちが悪い。

2005年7月28日(木)
英語で数字。

エピソード3(さん)。レッド・ツェッペリンU(にぃ)。ジャニス・ジョプリン 18(じゅうはち)エッセンシャル・ソングズ……。数字のついたタイトルを読む時、それは英語のはずなのに数字の部分だけ日本語で言ってしまう。英語の本を読んでいても、数字が出てくると無意識のうちにそこだけ日本語で読んでいる。昔からそうで、自分では何の違和感もなくなってしまっているんだけど、人と話をする時はさすがに恥ずかしい。だからスターウォーズやレッド・ツェッペリンの話をする機会があると、緊張する。変な間があると思う。「エピソードさ……、スリー観た?」とか「ツェッペリンで一番好きなアルバム何?」「にぃ……、ツーかな」とかなる。ずい分と昔のことだけど、電話で相手の電話番号を確認することがあって、英語の数字を聞き取る気まんまんになっていたのに、「ゼロ、ロクのぉ……」とそこだけ片言の日本語で言われて、かえって何を言っているのかが分からなくなったこともある。アメリカに行った帰りに飛行機のリカンファメーションを電話でしないといけなくて、だけど長々と続く数字を英語で言おうとすれば確実にあたふたするだろうと思って、あらかじめスペルアウトしておいたのに、いざ電話をかけると流暢な日本語で対応されたこともある。とにかく英語で数字は難しい。

2005年7月27日(水)
スターウォーズ。

なんだかんだと言いながら、かなりスターウォーズを楽しんでいます。エピソード2まで観ました。話に展開があるたびに、全体がどういう構図になっているのかイマイチ不安を残したまま観ることになり、一作品を観終えるたびにネットや雑誌でちょっとずつ調べたりしながら、いつの間にかはまっているようです(たぶん、次に備えて分からなかったところを確認したり、こんな日記を書いてみたりする状態を、「はまっている」というのだと思います)。数あるキャラクターの中でも、R2‐D2とC−3POとヨーダがいいです。みんなそれぞれ独特だけど、愛嬌があって勇敢で、その存在にホッとさせられるというところは共通していると思います。そんな人間にぼくもなりたい。つまり、

 ぼくはR2−D2になりたい。
 ぼくはC−3POになりたい。
 ぼくはヨーダになりたい。

ということですか? そういうことではないような気がします。R2−D2とC−3POは、ほんの最近までスターウォーズを観たことがなかったので、もっと主役的な存在かと思っていたのですが、決してそうではなく、だけど主役級の存在感があって、本当に頼もしい限りです。この二人(?)が担当しているような細部が(しつこいぐらいに)しっかりしているから、映画全体に広がりや奥行きが感じられるのかなぁ、と思ったりします。
 今では「シス」の何たるかも分かり、あとは『エピソード3 シスの復讐』を観るだけです。シリーズ最終作にして初めて映画館に足を運ぶことになりそうです。

2005年7月26日(火)
"Down by Law"。

ジム・ジャームッシュ監督の"Down by Law"をビデオで観ました。周りに愛想をつかされてばかりの男、周りにくってかかってばかりの男、周りに愛想を振りまいてばかりの男、三人がそれぞれ気儘に暮らしていたはずが、妙な偶然から出会い、しばらく特殊な環境の下で生活を共にすることになり、またそれぞれの生活に戻っていくまでが淡々と描かれていて、三人三様の個性がぎくしゃくと上手い具合に絡み合い、モノクロの映像の効果もあって、なんとなく面白い映画でした。風景も心情も乾いて埃っぽいイメージなのに、観た後には瑞々しさも少し残るような、不思議な映画でした。面白かったとか面白くなかったとか、何が起こったとかどういうことだったかとか、あまり考えずに、映画が自分の中に染み入ってくるのを待っていると、じんわりじんわりと伝わってくる映画だと思います。

2005年7月25日(月)
PCとパソコン。

この日記でも、これまで何度かPCについて触れることがあった。PCが壊れた。PCを一日中立ち上げている。PCの調子がどうのこうの……。そのたびにぼくは、「PC」と書くか「パソコン」と書くか、迷っている。そして結局、「PC」と書いていると思う。普段は「パソコン」と言っているのに。古い人間みたいだけど、「PC(ピーシー)」という言い方はなんとなく調子に乗っているようにちょっと思えてしまって、うまく馴染めない。そうかといって「パソコン」と言うと、それこそ古い人を思い出す。「伊達くん、これパソコンでちょこちょこっとやっといてくれるか?」「そんなん、パソコンあったらしゃしゃっとできるんやろ?」「パソコンでぴゃ〜っとやっといてよ」……。パソコン、パソコン、パソコン。ぼくのイメージでは、そういった古い人の口調に直結しているのが「パソコン」だ。そういうわけでどっちもしっくりこなくて、いつも迷っている。でも他にいい呼び方も思いつかないので、迷った末に「PC」と書いている。たまに「パソコン」と書いていることもあるかもしれない。だからぼくが「PC」と書いていても「パソコン」と書いていても、調子乗ってんなぁ、とか、古い人みたいだなぁ、なんて思わないでもらえると嬉しい。

2005年7月24日(日)
iPod のある生活。

iPod のシャッフルが楽しい。ぼくはほとんど一日中PCを立ち上げているので、最近ではもっぱらiTunes のパーティーシャッフル機能を使っている。これまでは愛用のBOSEウェーブ・レイディオ/CDで、律儀にアルバムを一枚単位、収録されている曲順どおりに聴いていたけれど、一度iTunes のシャッフル再生の楽しさを知ってしまうと、楽しくてやめられない。CDを取り替える必要がないし、次から次へと次の曲がかかってくる。自分が好きで買ったアルバム群の中からランダムに選ばれてくるわけだから、何がかかっても嫌いな曲であるはずがない。しばらく聴いたことのなかったアルバムからの曲を久しぶりに聴くことになって思いがけず記憶の中の色褪せかけた世界に引きずり込まれたり、無作為なはずの曲順が意外とよかったり、ストーンズかと思って聴いているとRCのカバーだったり、スリリングだ。昔、37%ぐらい本気でジュークボックスを買おうかと思っていたことがあったけど、買わなくて正解だ。iTunes なら場所もとらない。でも、曲順も含めてアルバムを制作したアーティストの意向を無視しているという罪悪感も、ちょっとある。

2005年7月23日(土)
どんと上がって消えちまいやがった。

海の方から聞こえてくる花火の音に誘われて、ぶらりぶらりとちょいと散歩してきやした。真夏の夜空に色とりどりの大輪の花、甚平さんや浴衣ちゃんを着こなした粋な連中が、そりゃあ見事でござんしたよ。職人の心意気ってえのを感じさせてもれぇやした。それに引っ換え、汗だくになって働く警備員を振り切って車道にはみ出してのらりくらりと歩く大人たちは見苦しいもんでござんすねぇ。むしろ髪を茶色くした若ぇ衆たちの方がよっぽど互ぇに譲り合い、慈しみ合い、立派な振る舞いをしておりやした。それにしても花火が一発打ち上がるたびに喝采が起き、次の一発までは静寂が広がり、なんだか懐かしいじゃあござんせんか。昔っからの風情でござんす。俺っちが千葉は松戸に暮らしていた時分も、そういやぁ江戸の川に吹く風が心地ようござんしたっけねぇ。でっかく咲いて儚く散る花火にゃあ、意地と見栄を突っ張らかって生きる心意気が感じられて、まったく畏れ入りやした。きらびやかなんだか真っ暗なんだか分からねぇこのご時世に、なんだか勇気が湧いてきやしたよ。どちらさんも、ご自身が大事になさってるものを、どうかいつまでもいつまでも諦めないでおくんなはい。

2005年7月22日(金)
Are WE Ready?

先日から張り切ってホワイトバンドをしていながら、今日になって初めてライヴ8の映像を観た。観すぎた。一日ずっと観ていた。ものすごい迫力だった。これだけの規模で圧倒的なステージ・パフォーマンスを立て続けに見せつけられて、しかもその全てがアフリカの貧困を懸念しての活動だと思うと、見ている側の意識も否が応でも高まる。高まり方は、人それぞれでいいんだと思う。どんな大義を持ってこられても、やっぱり自分のことで精一杯だという人もいるだろうし、でもこれまでは持ち得なかった視点が一つ増えたならいつかそこから何かが芽生えるかもしれないし、そういう、今すぐ大々的には参加できないという人々の心に小さな波紋を投げかけるといった点でも、行動を起こした意義はあったのだと思う。誰かに新しい視点をもたらす、今までと違った風を感じさせる。伝える手段、伝わる内容の多様性を、今日もまたぼくは知った。誰かが起こしたアクションに対して、言われた通りの反応を示すだけでなく、本人たちの狙い通りの意図とは違う点に意義を見出すことも、ありだと思う。
 前回に続いて今回も、音楽を手段としている以上、会場がこれだけの規模になるととても演奏などできないと言って出演を見合わせたアーティストも多いと聞くけれど、それは一つのスタンスだし、プロとしての姿勢を貫いたということだと思う。でもこうしてインターネット越しにでも「Love is a temple, Love is a higher law...」と歌うU2や「Every move you make WE will be watching you」と歌うスティング、観客に「Are You Fu**ing READY!?」と何度も叫ぶマドンナ、ちょっと大きく(?)なったスラッシュたちを見ていると、賛否を巻き込んで時代に変化を与えることの素晴らしさみたいなことを考えさせられた。そして、ぼくには社会の変化に反応する準備、社会に変化を期待して何か行動を起こす勇気があるだろうかと自問した。そして奮起した。


 ライブ8の模様はAOLミュージックのサイトでストリーミング配信されているので、みなさんもぜひ。
 →AOLミュージック
 →ホワイトバンド

2005年7月21日(木)
ある意味、逆に、愛は憎しみの裏返しか?

東京外大に行っていた頃、英文学のゼミで「愛は憎しみの裏返しということで……」みたいなことを何度も何度もキーワードとして、あるいは展開の前提として言う先輩がいたので、だんだん耳障りになってきて、その真意を確認したくて質問したことがある。よく耳にする表現ではあるけれど、よく耳にする表現だけにその人がどういうつもりで言っているのかはよく分からないし、それにちょうどその頃に、「感情の対抗過程説」というのを聞いたことがあって、それは確か、ある感情が終わるきっかけを経験すると今度は相反する感情が起き、両方の感情を経験した後では対抗するその二つの感情の中間に落ち着く、というような仮説で(たぶんね)、さんざん我慢させられて悔しい思いをした後の開放感は格別だ、みたいなことだと思うけど、すっきりとは賛成できないなぁと思っていて、でもそれなりにテーマとしては興味があったので、そのことについてみんなの意見もちょっと聞ければ、というつもりだった。すると、「その辺はよく分からないけど、まぁでも、よく言うじゃん」みたいな返事が返ってきた。……。実際、そんなレポートでも通用していた。あるいは、本当は(というかある特殊な特定の組織の中では)、「愛は憎しみの裏返し」というのは最早「よく耳にする表現」などではなく、きちんとした定義のある専門用語として成立していて、「愛は憎しみの裏返し」と言えば、どんな文脈でもその意味やニュアンスは固定されているのかもしれない。そういうことは、往々にしてある。でも、その定義とかについて当の本人は知らずに使っていて、それなのに、その定義のままに使うのが当然だと思っている人が読めば、結果的に通じてしまう、ということもある、かもしれない。
 普段何気なく使っている表現でも、考えてみるとよく分からない表現というのはたくさんある。「ある意味」とか「逆に」とかいうのはその典型だ。特に「ある意味」というのは、説明義務を怠っているような気がする。それに、どういう意味でなのかは言わなくても分かるでしょ? と言われたみたいで、言われた方は緊張する。ある程度(……というのもどの程度か分からないけれど)話し手と聞き手の間で情報や前提を共有しているという前提は必要だけど、聞き手が知らない場合でも、知らないことを恥ずかしく思わせないように話す責任も、話し手にはあると思う。ぼくはそう思うあまり、説明が長くなったりすることがある。その上、理屈っぽいと思われたりすることまである。それはそれで、問題だ。

2005年7月20日(水)
陽灼け。

昨日の遠足で陽灼けした。上半身はTシャツの形で普通なんだけど、足が妙な具合になった。去年のカヌー焼けが一年経ってもずっと残っていて、昨日までは太ももの上半分ぐらいまでが白くて下半分ぐらいから下が若干黒かったんだけど、そこに昨日ジーンズを膝下まで捲っていたので、太ももの上半分ぐらいは白いまま、下半分ぐらいから膝下までが若干黒いまま、そして膝から下が一番黒くなった。ぼくはこれまで、周りからも言われ、自分でも十分に自覚せざるを得ないぐらい地黒だったのに、最近はめっきりインドアで過ごすことが多くなり、なまっちろくなってしまっていた。最終的には別にどうでもいいことなんだけど、どちらかと言えば黒くありたいタイプなので、ちょっとホッとした。最終的にはどうでもいいんだけど、「最終的」というのが結局いつのことなのか分からないので、やっぱり気になっていたのです。

2005年7月19日(火)
世界一のつり橋。

舞子公園に行ってきました。二駅手前の垂水駅で降りて、アウトレットのマリンピア神戸を少しブラブラした後、海岸線を歩いているとこじんまりとした海水浴場を発見! クラゲがうようよと打ち上げられた浜辺に足を踏み入れ、捲り上げたジーンズの裾ごと足に今年初めての海を感じながら、明石海峡大橋を目指しました。周辺には芝生が広がっていて、陽射しはぶすぶすと肌を焦がすぐらいきつかったけれど、しょっぱい潮風が気持ちよかったです。家からもっと近ければ、毎日でも来て公園のベンチでC.M.シュルツの本など読みたいと思いました。明石海峡大橋の体験展望施設である舞子海上プロムナードは、海面から高さ約47メートル、陸地から海に向かって約150メートル突き出した遊歩道で、館内に入ってエレベータで8階まで行くと展望ラウンジがあって、瀬戸内海方面に向かう大きな船が何艘も浮かんだその風景は、まるで絵のようでした。そしてメインの展望広場には「海上47mの丸木橋」というのがあり、遊歩道の一部が幅1m×長さ3mぐらいに渡ってガラス張りになっていてその中央に丸木を渡してあるのですが、ガラス越しに足元は47m下の海というスリルが味わえて、それがもうサイコーに楽しかったです。念のためにもう一回言っておくと、それがもうサイコーに楽しかったです。ガラス越しとは言っても、このガラスがなければ、と想像するとそのスリルは余興の範囲を超えていました。一巡りするだけでは飽き足らず、二回、三回とその丸木橋を渡りました。丸木橋の他にも二箇所ガラス張りになっているところがあって、そこから下の海を覗き込んでみたり、そこを跨いで立ってみたり、小学生が修学旅行とかで連れてきてもらえばきっと楽しいだろうな、とか思ったりしながら、脇目も振らずにはしゃいできました。ここはオススメです。水平線が霞む遥か向こうまで海を見晴らせるカフェのソフトクリームもおいしかったし、3911mも離れた陸地と陸地の間にこんな巨大な橋を架けてしまうテクノロジーに思いを馳せることもできます。入館料は今日は平日だったので大人が一人240円、土・日・祝日も300円と良心的です。遠く海の向こうを眺めやるととても気分がすっきりするのは、別にぼくが海のそばで育ったからというだけではないと思います。芦屋から電車に乗って1時間近くかかってそれほど近くはないのですが、時間を気にせずのんびりと、須磨あたりからはずっと海岸に沿って走る電車からの風景を楽しんで、別に何はなくともゆったりとした時間が流れている自然を満喫でき、今日は満足です。でもあの辺では洗濯物を干すと塩っぽくなってしまうだろうし、実際に住んでいる人たちはどうしているのかなと、次の引越し先候補地としての具体的な心配をしてしまいました。

2005年7月18日(月)
蝶になれ。

気持ちよく晴れた一日で、久しぶりに布団を干して取り込もうとすると、ベランダの手すりをものすごく大きな毛虫が這っていた。一気に気分が萎える。新聞で向こうに飛ばしてやろうかと思ったけど、虫嫌いのぼくにとっては新聞を持った手を伸ばしただけで足がすくむぐらい大きい。モスラだ。鳥肌を立てながらさっさと布団を取り込んで、見なかったことにした。とはいえ、部屋に入ってもやっぱり気になるので横目で観察していると、どうやらじわじわと隣りの部屋の方に進んでいるようではある。あるのだが、どうせなら反対側の隣りを目指してほしかった。もうええから早よ蝶になって飛んでいってちょうだい。

2005年7月17日(日)
Frequently Asked Questions。

佐野元春が以前、音楽とは「世間からの"FAQ"に対する少しだけ気の利いた回答みたいなものだと思う」というような、かなり気の利いたことを言っていた。音楽に触れて何かを感じる人は多いと思うし、ぼくも毎日のように音楽に心を動かされている。音楽はやはりそれだけの頻度で多くの人に何かを提供してくれているということなのだろう。さすが佐野元春だ。的を完璧に射抜いたかなりカッコいいことをさらりと言ってのける。考えれば考えるほどカッコいい。深い発言だ。自分の専門に対する自信や責任感や、そして何よりも誠実さを感じる。誰かの要求に応えることができるというのは、すごいことだ。そして社会は相互にそういう関係の上に成り立っている。本を読みたい人のために本屋さんや図書館があって、日常に不安を抱える人のために保険会社があって、電化製品を買っても使い方が分からない人のために取扱説明書があって、どこか遠くに行きたいと思う人のために電車や飛行機があって、いちいちCDを取り替えるのが面倒だという怠け者はiPodを使えばいい。夏の暑さが苦手な人のためにはクーラーや風鈴がある。作り手側、提供する側の快挙だ。
 でもクーラーばっかりつけていたら、体が弱ってしまう。暑いから涼しくしてくれる道具を出してよぉ、ドラえも〜ん、というような身勝手な要求には応えてばかりいるわけにも本来いかないはずだ。それで市場が活性化するとしても、それでもそこをぐっと我慢して、もっと長期的な視野に立って、のび太くん、夏は暑いものなんだよ、という大人の対応をしないといけない場面もあるはずだ。そしてプールに行くなり簾を立てかけるなり、生きる知恵を働かせることを教えないといけない。そうじゃないと、要求するばかりで誰かが何かを提供してくれるのを待ってばかり、そこに不満があれば不平を言うばかり、という人間が出来上がってしまう。要求と回答のバランスだ。回答とは絶対的なものではなく、ましてや押し付けられるべきものでもなく、本来はオプションのはずだ。音楽だって、万人にとって常に心地のよいものなんてあり得ない。取捨選択の責任は受け手側にある(だからぼくはこんなにも足繁くタワーレコードに通っている)。
 そしてこんなことは言いたくないけれど、そういう軟弱な受け手を作ってしまう原因の一つとして、ブームに少々過敏になって、売上げや視聴率をあまりに優先させすぎているようにぼくには思える一部の提供者側の安直ではないかとぼくには思える発想も挙げられると思う。佐野元春は音楽が世間のFAQに対する回答だとは言いながらも、世間に惑わされたり自分の立ち位置を見失ったりしていない。軟弱になってしまったぼくたちの言うことなんか真に受けていたら、ロクでもないものばかりが流通してしまう。派手なブームなんか要らない。ぼくたちの日常に流れるメロディは愛だ。時は静かに流れていけばいい。そんな思いでぼくは今日もジュンク堂の洋書コーナーに足を運ぶ。

2005年7月16日(土)
グルーヴ。

レコードの溝が針をスムーズに導くように、「何かの動きを目的を持ってある方向に導くための溝」にぴったりはまるのがグルーヴ。だからレコードの溝に限らず、道路にできた轍も、拳銃の銃身の内側にあるらせん状の溝も、材木を接合するための溝も、水路もグルーヴだ。そこからお決まりの方法、慣例、といったニュアンスがつくこともあるようだけど、一旦グルーヴにはまれば、そこからはすいすいと流れていく。レコードは一定のRPMでくるくる回り、旋回運動を加えられた弾丸は加速して勢いよく飛び出す。ランナーズハイなんていうのも、地道で微妙なグルーヴィング・タイムだ。調子に乗ってそのままどんどんどこまでも行けちゃう。そしてもちろん、うねるグルーヴといえば「わて、すっぽんがええなぁ」でおなじみの藤井裕をベースマンに据えたリトル・スクリーミング・レビュー。深い愛に満ち溢れた骨太なロックンロールが痛快だ。
 ぼくも、サッカーの話だと思っていた次の本がどうやらもっと世界各国の政治や宗教、民族問題を取り上げたものだということに気づき、なかなか軌道に乗り切れなかったんだけど、ここに来て徐々にペースが掴めてきた。翻訳をやっていてグルーヴを感じるなんて、やるねぇ、ぼくも。

2005年7月15日(金)
弱虫。

駅前の本屋さんに行った帰り、学校帰りの小学生の群れに出くわして、しばらく一緒に歩くはめになった。暑いのにみんなワイワイ元気だ。ぶつかって謝りもせず、ぼくを盾に顔だけ出して追いかけてくる友達の動きを確認したり、やりたい放題だ。でもぼくは自分より年下の者には基本的にかなり寛大なので、こういう場合も笑顔を絶やさない。よく見ると群れはいくつかの小さい集団から成っていて、ぼくのすぐ前を歩いていたのは2年生か3年生ぐらいの男の子と、その子のお姉ちゃんと思しき3年生か4年生ぐらいの女の子の二人連れだった。どういう経緯があったのか、いきなり弟の方が「だからお前、さっきからそれ言うなって言うてるやないか!」とそれなりにドスの効いた声で言い出した。周りをはばかるように「あんた、そんな大きい声、出さんといて」と言うお姉ちゃんに対して弟は口撃の手を緩めず、「ホンマ、むかつくわ、こいつ」と、まるで小学生らしからぬ口の利き方で、ぼくがそのお姉ちゃんなら間違いなく「キィ〜ッ!」となっていたと思う。二人の間に何があったのか知らないが、お姉ちゃんに盾突くなんて何様だ。何かあったらすぐママのところに泣いて帰るくせに、お姉ちゃんは片手で大きな荷物を抱えながらもう一方の手で弟の手をしっかりと握っているというのに、偉そうな口を叩きながらお姉ちゃんに手をつないでもらっているくせに、まだ小さいからみんなが色々大目に見てくれているだけだということにも気づかずに、全く鬱陶しいガキだ。まるで昔の自分を見せつけられているようじゃないか。鬱陶しくても心配だからみんなに温かく見守られているというのに、何でも人のせいにして、一人で大きくなったみたいな気になって、言い訳ばっかり喚き散らして、二段ベッドの上に逃げ込んで、拗ねて、むくれて、日高先生に言いつけるでと言われてふてくされたままようやく小声で謝って、今もそんなひねくれた性格はそれほど変わっていないけど、さすがに34年間一日も欠かさずに毎日生きていたら当時よりはマシになってきた、と思う。長生きはするもんだ、と生意気な小学生を見ながら自分を省みて思った。

2005年7月14日(木)
もう慣れた。

蛇腹の一つ一つを一回真っ直ぐ伸ばしきって、それからもう一度全部縮めて、それを蛇腹が「こなれて」くるまで素早く何度か繰り返して、その状態で今度は、その蛇腹は短い7、8本の蛇腹をネジでつなぎ合わせてできているような感覚なので、そのネジが緩んでいないか今一度きっちりとねじって締めたい。そうすると、強張った部分も頼りなく緩んだ部分もなくなって、周りの筋肉とも上手く馴染むような感じがする。
 ……というようなことを、もう何年も前にスポーツ整形外科の診察室で言ったことがある。ぼくの腰痛歴はハンパじゃなく長い。少年野球をしていた頃すでに、遠征に行って泊めてもらった相手チームのメンバーのお母さんに腰をもんでもらったことがあるぐらい長い。野球を辞めてからもすっきりせず、むしろ運動をする機会が減ってからの方が違和感が増大し、大学を出た頃にけっこう集中して色んな病院に行ったりした。針もヨガも整体も金魚体操も試した。その都度ぼくは冒頭に書いたような表現で、症状を感じるままに一生懸命伝えた。すると、たいていのところで、「そうなんです、背骨はまぁ言ってみれば蛇腹みたいなもんですからね。でも、患者さんでそんな表現されたのは伊達さんが初めてです」と感心された。感心するばかりでどこのお医者さんも治してくれなかった。
 普段、ぼくの一日の中で腰痛に対する意識はかなり上位にランクされる。よっぽどそれを忘れられるぐらいのことがない限り、下手をすると一位だ。昨日今日に発症した腰痛なら発症前の日々に戻ってもう一度やり直したい、とか勝手なことを思いそうだけど、ここまでベテランともなるとそれなりに運命共同体というか、ペットボトルのジュースやお茶を買ってついてくるついてこなくてもいい「おまけ」みたいな感じで腰痛とは付き合えるようになっている。人間の体は立派にできている。というか、慣れは怖い。

2005年7月13日(水)
洗濯。

勝手に梅雨が明けたと思い込んでいた。外はどしゃぶりだ。ベランダで洗濯物がびちょびちょに濡れている。さんざん狭く暗い洗濯機の中でぐるぐる回されて、搾られて、やっと陽の当たる場所に干してもらえたと思ったら無情にもまた濡らされて、大変だとは思うけど、これだけ濡れるとむしろ気持ちがいいだろう。ぼくだってこれでけっこう気を遣っているんだぜ、洗濯物くん。一度にたくさん干すスペースがないからシーツやタオルケットを洗濯するタイミングと相談しながら、やっと見つけた梅雨の晴れ間に洗濯機を回して約40分。その間に雨が降り出してきたらもう投げやりになってしまいたくもなるところをぐっと我慢して、狭い部屋の中に干す場所を作って。でも今日はすっかり油断してたんだよ。まさか夜になって雨が降るなんて。勝手に梅雨が明けたと思い込んでいたんだ。だから洗濯物くん、今日のところは申し訳ないけどもうちょっと我慢してね。朝になって晴れてたらまた洗濯し直すから。

2005年7月12日(火)
COOL BIZ。

一年ぶりに夏仕様の格好で出かけた。大変申し訳ないが、ノーネクタイ、ノー上着なんていうレベルではない。ハイテクTシャツにジーンズ、素足にサンダル。これ以上、涼しい格好は思いつかない。ちょっと前に、ぱりっとスーツなんかを着こなして格好いい大人になりたい、みたいなことを日記に書いたような気もするけれど、今ではそんなことはちっとも思わない。できるだけ快適に夏を過ごしたい。でもいくら涼しい格好をしたところで、やっぱり都会の夏は苦手だ。以前は郊外のグラウンドや休暇村で野球をしたりテニスをしたり、たくさん汗をかいて、たくさん疲れて、たくさん眠って、健康的な夏を過ごしていたけれど、最近は仲間たちも日本中に散らばってしまって、そういう生活が全くできていない。でも、またいつかみんなで集まれる場が持てればいいと強く願う。それで、みんながふらりと立ち寄れるコーヒーショップを経営したいと言い出したり、もっと現実的なところでは、たとえ一方通行でもみんなにぼくの動向を知ってもらえたらと思ってこのHPを作ったりしている。そして有り難いことに、このHPを見たと言って連絡をくれた旧い友達も何人かいる。
 ……全然、COOL BIZの話じゃなくなってしまった。でもこれでいいんだ。ぼくには夏を短絡的な意味で快適に過ごすことなんかよりもよっぽど大切なことが他にある。それにそもそもぼくの日常は「BIZ」からは程遠い。

2005年7月11日(月)
朝顔。

朝、近所を散歩していると、国道43号線沿いの花壇に朝顔が咲いていた。プランター一個分の下草に絡みつくように、低い位置で淡い紫色の可憐な花がいくつも咲いていた。大きなトラックが何台も何台も豪快に走り抜けていくそのすぐそばで、なんていじらしい。芦屋川橋の下を覗き込むと、ここ数日の雨で芦屋川も勢いよく流れていた。なんというか、生命みたいなのをちょっと感じた。水は高いところから低いところに流れ、花は自分の季節になったら咲き、自然にはどこにも無理や厚かましいところがない。小さな雨粒やわずかばかりの湧き水が大きな奔流となるとその力は破壊的にも恵み深くもなる。そしてさらには大きくて深い海となる。どうぞぼくたちよ、自分たちの意思で微力を積み重ねて大きな力を発揮できるはずのぼくたちよ、もっと欲望やずる賢さから解放されて、分をわきまえて、互いの主張に敬意を払って、争いごとなどもうなくなりますように――。そんなことを思いつつ、雨が降り出してきたので散歩を切り上げて部屋に向かっているうちにいつの間にか、古座川にも水は溢れているかな、なんて考えていた。そうだ、梅雨が明ければ夏だ。カヌーだ、古座川だ。そういえば古座にある父さんの実家でも夏になれば朝顔が咲いていた。裏の山に面した窓を開けると、入道雲が見えたりして、立てかけたすだれには朝顔の蔓が巻きついて、花をいくつもつけていた。表の庭には縁台を出したりて、従兄姉たちに囲まれて過ごした遠い夏の日々を思い出した。今も朝顔が咲いていればいいナ。

2005年7月10日(日)
人の夢。

今日は朝からうるさく蝉が鳴いていた。雨は上がっても厚い黒雲が空を一面覆い、いつまた降り出してもおかしくない空模様で、麦藁帽子や虫取り網の似合う夏には程遠く、それでも長い地中での生活に飽きて夏が待ちきれず、一足先に生まれ出てしまったやんちゃな蝉なのだろうか。地上にはもっと見るべきものもあるだろうに、あるいは地上に溢れる薄っぺらいものなんかに興味はないのか、蝉はあんな小さなボディでボリュームをいっぱいまで上げて鳴き喚き、喚きに喚いた末に、短すぎる生涯を終える。そこには計算ずくのライフスタイルなんてものは(おそらく)なく、ただ精一杯に生き切る姿だけがある。ぶきっちょにも程がある。ぶきっちょ仲間のぼくとしては、肩でも優しく叩いてやりたくなる――おい、もうちょっと落ち着こうぜ――。蝉は儚さや無常観の象徴みたいに言われているけれど、儚いものの有難みももっと噛み締められていいはずだ。
 ただ、ベランダに蝉の死骸を見つけた日は、夢の跡を見せつけられたとかじゃなく、一日ブルーな気分になる。

2005年7月9日(土)
スターウォーズ。

街はスターウォーズで何かと賑わっているけれど、きちんと観たことがない。TVで旧い方の三部作のどれかは観たことがあるような気もするけれど、よく覚えていない。新しいシリーズのエピソード1が公開された時も、盛り上がる周りの人たちに調子を合わせて、それならぼくも、と思って旧シリーズをビデオで借りてきて見はじめたりしたけれど、その時も続かなかった。そして今はエピソード3ですか? 6ですか? これだけの社会現象となるそのスケールの壮大さをこの機会にぜひ映画館で味わいたいと思って、この間、一作目のエピソード4を借りてきて観た。これは観たことがあった。コンピュータ・ゲーム的な戦闘シーンがちょっとイヤだったけど、映画としては面白かった。別に古臭いなんて全然感じなかった。ハリソン・フォードもカッコよかったし、チューバッカが面白かった(こんな感想はスターウォーズ・ファンの方に笑われそうだ)。そして次のエピソード5を借りに行ったんだけど、貸し出し中だった。きっとぼくみたいな人がたくさんいるんだろう。確か前回もこんな感じで挫折したような気がする。今回は根気よく、けっこう遠いレンタルビデオ屋さんまで何度でも足を運んで、エピソード3の公開中にこれまでの全作を観たい。今のままじゃ「シスの復讐」のシスが何者なのかも分からない。

2005年7月8日(金)
Nobody Knows You.

Derek And The Dominos の懐かしいアルバムを聴いています。 "Nobody Knows You When You're Down and Out"という曲があって、これはアメリカ南部のクラークスデイル出身の女性ブルース・シンガー、ベッシー・スミスの曲で、ビリー・ホリディなんかも彼女から多大な影響を受けたというとても昔の人です。ツアーで広大なアメリカを回るのが面倒くさくて汽車を買ったというエピソードを聞いたことがあります。今なら専用ジェット機を購入するぐらいのニュアンスだと思いますが、それにしてもすごいエピソードだ。当時のアメリカ南部は人種差別なんかもひどくて彼女も壮絶な人生を送ったようなのですが、この曲は「売れてた頃はみんな笑顔で寄ってきたのに、今じゃ誰もあたしに気づかない」みたいな歌です。それが生活に根ざした心の声として聴く者の心に届くのは、どうしてなんだろう。どれだけ売れても、どれだけ華やかな生活を送れるようになっても、色んな人が自分の前を通り過ぎていっても、それでもその間、脳裏にはずっと故郷の綿花畑の風景が焼きついて離れない……、というような、強がっている人の弱い本音の部分が切なく響くブルースです。そんな彼女の代表曲をクラプトンもずい分と昔にカバーしているのです。そんな曲を深夜に聴いていると、バーボンのグラスでも傾けたくなるのだけど、ぼくはお酒があまり飲めないので牛乳を飲んだ。

2005年7月7日(木)
願い事。

みんなが健康に暮らせますように。
地上から悪意や偏見がなくなりますように。
幸せな二人がそもそも天の川なんかで引き離されませんように。
毎日何か一つ、周りのいい事に気がつく余裕が持てますように。
一人でこんなにいっぱい聞き入れてもらえますように。

2005年7月6日(水)
図書館とカヌー。

実は昨日、借りていた本を返しに図書館まで行ったんだけど、休館日だった。いつもなら図書館の周辺までなんとなくざわついているのに昨日は近づいていっても妙に静かで、なんだか嫌な予感がしつつ正門に行くと、案の定「本日休館日」の立て札が立っていた。「うわぁ〜」と思いながら引き返した。図書館は毎週月曜日が休みで、それ以外にも週に一度だけ火曜日が休みになる。その四回に一度の火曜日にぼくはどうやら図書館に行くことを思い立つ確率が高いようで、こういうことを何度もやらかしている。何度もやらかしていて、その度に確かめてから出かけない自分に嫌気がさしたり、定休日以外に休む図書館に楯突いてみたり、両のこぶしを握り締めて天に向かって「うおぉぉぉっ!」と叫ぶかといえば、必ずしもそうではない。気持ちに余裕のある時は、「お、そうか、今日は休みだったのか」なんて思いながらその足を伸ばして図書館からはまだまだ遠いヨットハーバーまで散歩をしたり、気分転換に行きとは違う道を通って帰ってきたりする。勝手なもんだ。
 昨日は別にわざわざ行ったのにと苛立つこともなかったけれど、それでもぼくは今、おそらくかなりの負けず嫌いになってしまっている。元来の頑固さ、あるいは頑迷さに加えて、日常的に焦ってしまっているからだろう。焦ったところでろくなことがない。効率ばかり考えているわけじゃないけれど、わざわざ非効率的なことをする必要もない。焦るとどんどん効率が悪くなる。落ち着けばまだまだ有効に使える時間があるのに、起きた途端に「うわ、今日の次、もう明日や。ほんで明日終わったらもう明後日やで」ぐらいに思ってしまう。これはきっと、今やったこと、これまでにやり終えたことに満足できていないからだと思う。だからすぐに次のことに意識が行ってしまって、次は満足できるようにどう取り掛かるか、どうやり遂げるかと考えてしまうんだと思う。良くないねぇ、こんなの。こりゃ重症だよ。もっとラクに行かないと。こういう時の対処法をぼくは知っている。そう、カヌーです。カヌーといってもぼくがやっているのは、時々パドルで進路を修正ぐらいはするけれど、ほとんど流されているだけで、時間とかは全く忘れてしまう長閑なやつだ。頭の上を雲が流れていって、とんびが弧を描いて飛んでいて、涼しい川風が吹き抜けて、時々魚が飛び跳ねて「ぱちゃん!」と聞こえてくる。釣りをしているおじさんに挨拶をして、太陽が照りつけてきたら川の水で頭を濡らして、前方から流れが速くなっていそうな音がごぉ〜っと聞こえてきたらちょっとビビってカヌーを降りて様子を確かめて、大丈夫そうだったらびくびくしながらその流れに突っ込んでいって、ダメだと思ったらカヌーを引っ張って川原を歩いて、そんなのんびりカヌーは、全ての焦燥感、原因不明の体のだるさ、日々のストレスに効く。無理やり激しい運動をして汗をかいたり、温泉で長湯をして内臓を温めすぎてふやけさせる必要もなく、今すぐにでもカヌーをしにオーシャンアローに飛び乗りたいんだけど、もうちょっとこっちですることがあるし、そんなに頻繁にカヌーをしているとせっかくの効果もそのうち半減してしまうかもしれないので、今回はお盆までとっておこう。ぼくにとってカヌーは、そういう「次の電柱」的役割も果たしてくれている。でも本当は、そんな疲れた気分とセットにするばかりじゃなく、純粋にカヌーを楽しみたいなぁ(あるいは今は、焦っているとかじゃなく、ただのカヌーしたい病かもしれない)。
 そして今日、あらためて図書館に本を返却に行って、閉館日でも返却できる返却ポストという便利なものがあることを知った。

2005年7月5日(火)
34。

今日は誕生日でした。多くの方からメッセージをいただきました。本当にたくさんの方に支えられていることを毎日実感しています。ありがとうございます。これからもへこたれずに頑張ります。
みなさんも暑い夏を元気に乗り切ってください。

2005年7月4日(月)
次の翻訳。

次の翻訳は、サッカーに関する本です。アメリカの政治記者が世界のサッカーをユニークな視点から分析する、もしくは世界のサッカーを切り口に政治を大いに論じる、というものだと思います、たぶん。読み始めていきなり登場したクラブ・チームがセルビア・モンテネグロのレッドスター・ベオグラードでした。ということは、セルビア・モンテネグロの政情なんかも勉強しないといけないということです。いきなりセルビア・モンテネグロですか、という感じではあるけれど、ストイコビッチは大好きでした。ストイコビッチといえば、コソボ紛争の際にNATO軍が行った制裁に抗議する旨のメッセージ書いたTシャツをJリーグの試合中に着ていたり、そんなこともあってセルビア・モンテネグロも彼の祖国としてちょっとは馴染みがあります。ぼくはワールドカップやワールドユースなどの国際大会の時にはここぞとばかりに、出場国がどこにあるのかを必死に地図で探してあたかもそれぐらい最初から知ってましたよ、みたいな顔をしたり、気になった外国人選手の出身国のことをほんのきまぐれでちょっとだけ調べてみたりすることがあります。外大でメルヴィルの『ベニート・セレーノ』の論文を書くことになった時も、当時はジャイアンツのガルベス投手が何かと話題を振りまいていた時期だったので出身のドミニカ共和国のことをちょっと調べていたことが役に立ちました。そういう点でも、サッカーや野球には大変お世話になっています。そんな付け焼刃の知識はその時限りでなかなか定着はしないけれど、それでも馴染みのない分野にかろうじて馴染みのある局面を無理やりでも見つけ出して、そこに縋りつくようにごり押しすれば、きっかけとしては上々です。それからは十分前向きに付き合えます。と自分に言い聞かせています。今回もこういう機会を利用して、サッカーを切り口として各国の事情なんかが勉強できそうで、とても楽しみです。

2005年7月3日(日)
9 to 7。

昨日の日記に書いたようなことを引き続きぶらぶらと考えていて、会社に勤める人たちと基本的に同じ時間帯に翻訳をしよう、と思い立った。時間がいくらでもあると、時間がいくらでもあると思っていつまででも翻訳をしていることになって、それは結局集中力に欠いたままずるずるとやっているだけだというのはもうずい分と前から思っていることで、だから朝の9時に始めて、お昼に30分でも1時間でも休憩を入れて、夕方の7時まで。もちろん、こんなことを思い立ったのも短時間に集中してということが目的なので、残業なんかしない。それで早速今日からそうやってみて、意外といい感じではあったんだけど、なんと今日は日曜日だった。休みの日じゃん!

2005年7月2日(土)
時間を足したり引いたり。

一昨日、無事締め切りを迎えてちょっと考えたことがあります。時間の使い方というか積み重ね方というか、とにかく時間についてなんだけど、たとえばサッカーだと90分という時間の枠があって時間を使い切るまで試合は続くけど、一方でアメリカンフットボールのように、タイムアウトなども取りながらプレーした時間を積み重ねていって、その合計が定められた時間に達してゲームセットとなる種目もあります。与えられた時間のとらえ方として引き算するか足し算するかということで、結局使うことになる時間の量に変わりはないのだけど、足し算と引き算のどちらに重点を置くかで日々の過ごし方にも微妙に影響が出てくることもあるように思います。ぼくは名刺入れに隠している千円札の存在を忘れることが決してないように、足し算をしているつもりでいながらどこかで確実に引き算を忘れていないところがあります。締め切りがあるので引き算をしないわけにはいかないのですが、それは大前提であって、日々の翻訳の進め方としては、少しずつ積み重ねていって、つまり足し算の結果として完成させるのが理想です。量(時間と残りの作業)を減らしていきながら(翻訳の)質を高めていって、量が尽きる前に納得できる形に仕上げられたら、非常に爽快な気分になれるような気がします。残り作業の減らし方には色んな側面があって、翻訳の場合は本を読むことから始まって、何度でも読み込んでイメージを具体的にして、それを自分の言葉で書き起こして、イメージに曖昧な部分を失くして、推敲して、推敲して、それをまた一から繰り返して、というのが大ざっぱな工程ですが、それらは純粋に考えると足し算です。積み重ねです。だけど、締め切りが近くなればなるだけ残り時間を意識するようになってきて、最後の最後で積み重ねが雑になることもないとは言えず、なんとなくだけど達成感の純粋さに若干欠く原因になっているように思うのです。なんとなく若干ですけど。引き算した時の安心感や焦燥感の影響です。いちいち引き算なんかしなくていいだけのスピードと力をつけたいと思います。

2005年7月1日(金)
切り。

本を読んでいて、途中で何か用事が入っても切りのいいところまでは読んでしまいたいと思う。一つの話が終わるまで、あるいはその章の最後まで、サイアク段落が変わるまで、それもできれば次の段落からはちょっと展開がありそうだと思える段落まで。だから電車で本を読んでいて、切りの良くないところで目的の駅に着いてしまうと、降りてホームのベンチに腰掛けて切りのいいところまで読んだりする。待ち合わせや約束の時間には早すぎるぐらい早く到着するタイプなので、そういうことができてしまう。寝る時なんか大変だ。もう眠たいというのに、まだまだ切りが良くないところを読んでいたりすることがある。そして切りのいいところまで読んでしまうと、眠気がすっきりしていたりする。たぶん、切りのいいところまで読む必要はないような気がする。これはたぶん性格だ。しかもけっこう鬱陶しい性格だ。
 切りがいいという意味では、今日も月の初めで切りがよかった。昨日で翻訳が終わり、有り難いことに今度は年末が締め切りの次の予定がある。そして今日は月の初めで切りがいい。だから、一日も休むことなくぼくは切りのいい今日から翻訳を始めた。融通の利かない性格には時に自分でも愛想を尽かす。でもそのお陰でどうにかこんな生活をしながらも怠けてしまわずに済んでいるような気もする。どうやら今日できることは明日に持ち越さないタイプのようだ。勢い余ってむしろ今日じゃなくていいことを優先したりするぐらいだ。こういう性格は、これからもずっと付き合っていかないといけないと考えると、何かしら覚悟みたいなものが必要になってくる。大した性格だ。

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