Diary
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2005年10月31日(月)
ここではないどこかへ。

最近は、向かいの小学校がうるさくなる1時30分から45分の間に、コンビニに行ったり本屋さんに行ったり、図書館に行ったり散歩をしたり、用事を無理やり作ってでも外出するようにしている。何度か電話したけれど一向にボリュームを下げてくれる気配もなく、よっぽど市役所か教育委員会に助けを求めようかとも思ったんだけど、まあこの時間帯に外出することで衝突を避けられるならその方がいいかと思って、そうしている。そんな人の気も知らずに相変わらず非常識なボリュームで安っぽいインスト・ナンバーをBGMに昼休みだ、掃除の時間だと喚き散らしているのかと思うとやっぱり腹は立つし、何の解決にもなっていないんだけど、でもまあ、とりあえずはそれでよしと思っていたのに、昨日からはどこからともなくお経が聞こえてくるようになった。昨日は夕方だったから良かったんだけど、今日は明け方から。低〜い声で単調なリズムで、同じ文句を繰り返し繰り返し、うるさいし薄気味悪いんだけど、お経に対して薄気味悪いと思うことは気が引けて、しかもどこから聞こえてくるのか分からない。ここはとにかく、基本的に一日中部屋で仕事をしているぼくにとっては最悪の生活環境だ。それ以外はまさに順調そのものなのに。今日も、昨日まではどうなることかと思っていた今月の予定を一気にクリアしてやった。へへ。この調子だ。この調子で早いとこ印税をがっぽがっぽ稼ぐようになって、どっかへ引っ越そう。がっぽがっぽ、がっぽがっぽがっぽ。

2005年10月30日(日)
しもた!

録画するつもりだったTV番組を今週だけで二度も逃してしまった。机の上に吊り下げたスケジュール帳にもきちんとメモしてあったにも関わらず、両日ともに失念したまま外出してしまった。こういうことは、けっこう自分がイヤになる。失敗しても、次こそは! と奮起して飛躍のきっかけとすることのできる場合と、どんよりと落ち込んでしまうだけの場合がある。録るつもりでいた番組をすっかり忘れてしまうなんて、番組が見られないことは諦めがついても、そういうおっちょこちょいをしてしまったことを笑って済ませたくはなくて、しつこいぐらいいつまでも自分がイヤになる。番組を見ることを諦められるんだから現実的には何も不都合は生じていないはずなのに、何がこうまで自信をなくさせるのか、さらにはこういう些細なことでいつまでもくよくよしている自分もイヤだ。だからしょうもない失敗はするもんじゃない。失敗は、アグレッシブにするもんだ、と思いました。

2005年10月29日(土)
GF。

GFを食べる時のスプーンを買ってきました。先っちょが少し攻撃的になっているやつで、それを求めて夏の初め頃から色んな店を回っていた努力がようやく実った形です。実家には昔から普通にあったので、どこにでも売っているんだろうと高をくくっていたのですが、大小さまざまなスプーンやフォークを置いている店にもなくて、はっは〜ん、さてはこれは洒落た店に行かんとないんやな、と思って、以来極力洒落た店を選んで探していたのですがどこに行っても見つからず、それで食べにくい普通の丸いどんくさいスプーンで食べ続けていたんだけど、一旦欲しくなると欲しい気持ちに歯止めをかけられなくなるぼくとしては諦めきれず、GFを食べるたびにギザギザスプーンへの思いを強くし、改めて絶対に探す覚悟を決めていたのです。そしてこの間ぶらりと立ち寄った梅田のLoftで発見したのです。それにしてもさすがGF専用のスプーンだけあって、食べやすいです。それにスプーンを使い分けるなんて、優雅だ。みなさんも毎朝GFを食べる時に先がギザギザになっていなくて食べづらい思いをしていることと思いますが、Loftですよ!
 GFにはビタミンCが豊富で、ルビーの場合はカロチンも豊富で、心臓の健康にいいとされているカリウムや、ガンの予防効果があると言われているリモニン(GFの苦味の元)も含まれているなど、とにかく体にいいらしいです。でも、何か薬をのむ時にGFを食べるとよくないそうですよ。「フラノクマリン」という成分が薬を分解する小腸の働きを邪魔して、薬の血中濃度が高まり、効き目を必要以上に増強してしまうようです(同じ柑橘類でも蜜柑や檸檬は大丈夫だそうです)。怖いですね。でもそれは食べ方を間違えると怖いというだけですから、これからも気をつけてどんどんGFライフを楽しみましょう!

2005年10月28日(金)
ありのままに。

RCサクセションの1980年のライブアルバム「ラプソディ」が、完全版「ラプソディ・ネイキッド」として、今バリバリに売り出し中です。これまでの「ラプソディ」はライブ音源がスタジオに持ち込まれて削られ、編集されていたのですが、「〜・ネイキッド」の方はネイキッドというだけあって、MC、客席からの歓声も含めて、全部がありのままです。ぶったまげました。サイコーです。もう、次元が違います。会場全体のうねりがそのまま詰まっていました。RCサクセションというバンドがこのライブにかけていた意気込みとか、ステージに立てる喜びとか、このメンバーでやることの意味とか、自分たちはRCサクセションなんだという自負や、ずっと歌い続けていく覚悟とか、主張とか、音楽を愛する気持ちとか、そういったものがごろごろと混ざり合って、名づけようもない感情がむき出しのままびしびし伝わってきて、圧倒され、涙腺を激しく揺さぶられました。もちろん、伝わってきて、というのはぼくの勝手な思い込みで、伝えよう、伝えたい、と思っていたことを受け止めることができているのかどうかは、ぼくには分かりません。だけど、受け止めたいし、理解したいとも思うし、何よりもそんな理屈を抜きにして感じたいし、受け手側との間にそういう緊張感を持たせることができるのは、表現者としての力量だと思います。そしてその根本にあるのは、ありきたりの表現になってしまうけれど、真っ直ぐさだと思います。すごいです。当時「ラプソディ」が編集されて発売されることになった経緯は分かりませんが、コンパクトにまとめるのではなく、その時々のありのままをありのままに曝け出すことで、受け手側の感情に訴えるものも大きくなったのかなあと思います。そうだとすると、今はまだ力が足りなくても、何も怖がったり恥ずかしがったりせず、不満や怒りに明け暮れることなく、自分に集中することが大切なんだと思います。省みて、まだ足りない、まだまだこれじゃ物足りない、そんな思いを強くしました。ラストを飾る『指輪をはめたい』がとても素敵です。メンバーの一体感が強く感じられ、しっとりとしたイントロから激しくドライブするエンディングまで、胸にどすんと響いてきます。泣くで、たぶん。

2005年10月27日(木)
困っていること。

最近、このHPのBBSに、健全なぼくたちにとって好ましくないインターネット・サイトを紹介する書き込みが続いています。先日から立て続けに3件あって、気づいてすぐに削除し、セキュリティ設定も強化したのですが、それでも2度ほど書き込まれています。どうやってセキュリティをかいくぐっているのかは今のところ分からず、これ以上のセキュリティもかけられない状態です。気づいた段階でできるだけすぐに削除するようにはしているのですが、たとえば外出中でインターネット・カフェも近くにない場合など、すぐに削除できる環境になくて、その間にみなさんがBBSをご覧になって不愉快な思いをされることが今後ないとも限りません。どうぞクリックなどせず、無視するようにしてください。

2005年10月26日(水)
流れる。

今日は朝起きて早速、大きい布団用のカバーを洗濯して、布団も干した。今日は大きい布団用のカバーを洗濯して、布団も干すために、朝起きた。去年からローテーション入りした羽毛65%のあったか布団……、もうこんなデカいのを出すつもりです。寝る気満々だ。最近は眠くてしょうがない。朝なんか来なければいいとさえ思う。でも、寝てばっかりいるわけにもいかない。全く月日の流れは早いもので、もう10月も終わろうとしている。昔まだ泳げなかった頃に、古座川で遊んでいて買ってもらったばかりのサンダルを流してしまったことがある。深いところを下流に向かって流れていくサンダルを見ながら、だけど一人で取りに行く勇気がなくて、片足だけ裸足のまま腰ぐらいの深さのところまで追いかけていって、それから岸に戻って兄に取ってきてと頼んだ時にはもう沈んだのか見えなくなっていて、後でゴムボートに乗せてもらって探したんだけど見つからなかった。その時のような気分だ。10月が流れていく。だけどあの時より大きくなったぼくは、このまま手をこまねいてただ見ているわけにはいかない。10月が流れていくことはどうすることもできないけれど、自分ごとその流れに身を委ねて、見失わないように、流れた分だけ川の底の様子なんかも見たりして、できるなら時々は上流に向かって泳ぎ返したりしながら、そんなイメージで過ごしたい。それにしてもぼくは本当にイメージでばかり話をする。

2005年10月25日(火)
「キ」ウイフルーツ。

最近、キウイフルーツがおいしい。近くのコープで、糖度が16度というかなり甘いのが1コ150円ぐらいで売っていて、それを買ってきて朝とか晩とか夕方に、半分に切ってスプーンですくって食べている。よく知らないけれどビタミンCとかが豊富そうで、もしも本当に豊富なのであれば、この時期は風邪の予防にもなるだろうし、肌荒れ対策にも良さそうだ。キウイフルーツはぼくの好きなフルーツランキングではかなり上位にランキングされているんだけど、甘いか酸っぱいか、食べごろかどうかが分からないという不安定要素が手ごわくて、けっこう買うのを躊躇っていた時期があったけれど、ここのコープで売っている糖度16度のは今のところ確実に甘くて、買ってきて家に辿り着くのが待ちきれないぐらいおいしい。なんやったらコープ帰りに食べもて歩きたいぐらいだ。そして最近はキウイじゃなくて、キウイフルーツと長めに言うのが個人的に流行っている。「キウイフルーツ」全てを平坦に言うのではなく、「キ」ウイフルーツ、と「キ」にアクセントを置く。すると、面白い。こういう個人的に理由もなくただ面白くなってしまっているだけの現象はこんなところで述べたところでどうなるものでもないけれど、ぼくとしてはタッパウェア以来なので、ちょっと書いてみた。「キ」ウイフルーツと「タッ」パウェア。

2005年10月24日(月)
『老人と海』。

途中までメルヴィルの『白鯨』と混乱していて、クジラはいつ出てくるんやろか? と思っていたために、話の筋を不自然に追ってしまった。反省……。
 ストーリーはただただ展開していき、サンチャゴは思いの丈を喉がちぎれそうになるまで叫び、そこに無粋な説明などはもちろんなかった。説明がないというのは、小説を読む時の醍醐味だと思う。分かりやすいだけで空疎な文章とは比べ物にならない。ヘミングウェイはサイコーだ! と思って『キリマンジャロの雪』を買ってきた。しばらくヘミングウェイの短編で秋の夜長を楽しもう。それにしてもサンチャゴは、自分だけを頼りにここまで己の仕事に打ち込み、そしてやり遂げ、帰ってきて新聞紙を敷いたベッドの上でライオンの夢を見ながら眠りに就くなんて、ハードボイルドにも程がある。「お祈りは唱えたことにしておこう、あとで唱えればいい」なんていうセリフも最高だ。サンチャゴにとってはただ決意があるだけで、「希望」なんていう言葉はもしかしたら無意味なのかもしれない。これから読むという方がいるとあれなんで、ストーリーについては詳しく書かないけれど、シーシュポスに通じる一面もあるように思った。悪いことをしたシーシュポスが、休みなく岩を転がして山の頂まで運び上げるという刑罰を課されるという神話だけど、岩は山頂に達すると重みで転がり落ち、シーシュポスはそれを再び山頂まで運び、転がり落ちてはまた運び……、つまり無益で希望のない労働ほど辛い懲罰はないと考えた神々に対するシーシュポスの反抗とも取れ、無益とか絶望というのは利益とか希望を求める者には基準になり得るかもしれないけれど、行為そのものに満足や意味を見出す者は、傍目には無益なことをしていようが絶望的なことをしていようが、不条理な作業に従事していようが、そこに全てを見ているように思う。決意を持ってそう言い切れる仕事を見つけた時、それはその人にとっての天職になるんだと思う。

2005年10月23日(日)
サイクリング。

昼近く、お腹がぺこぺこ空いてきたのだけど部屋に食べるものはおさつスナックしかなかったので、そうだ、今日は西宮でご飯を食べよう! と思って自転車でぎぃこぎぃここぎ出したんだけど、あまりにお腹が空いていたので、部屋を出てすぐ近くにあるんだけど一度も入ったことのなかったお好み焼き屋さんに入ったところ、表面はかりっとしていて中はふわっとしていてとてもおいしく、しかもけっこう安く、それで外に出てきた目的はほぼ達成したんだけど、そのまま帰るのもあっけないので、やっぱり西宮まで行って、チョコレートマロンケーキとコーヒーでほっこりして、魚の形をした食器を洗うかわいいスポンジを買って、帰ってきてから朝食べてそのままにしていた食器をごしごし洗った。

2005年10月22日(土)
あっ、発見!!!

今日はどんぼい寒かった。部屋の中でも寒くて靴下を履いていた。冬になるとこんなどころじゃなくなるんだろうけど、今日も雰囲気は十分に冬だった。ここまで一気に寒くなるなんて、まだ準備ができていませんでした。死に忘れた蚊が一匹、超低速で飛んでいた。死ぬまで生きている、という感じがした。夕方からちょっと出かけたんだけど、外もやっぱり寒かった。起毛のシャツにジャケットを着て出たにも関わらず、それでもぶるぶる震えた。寒いのは暑いのの次に苦手で、歩くために足を動かす以外は、どこも強張っている。肩はいかり肩になって、腕もめきめきに力が入っていて、ロボットみたいな歩き方になる。
 夕方からちょっと出かけたというのはもちろん本屋さんをハシゴするためで、寒いしあんまり時間もなかったので、駆け足で大阪の書店を何店か回って、黄色の縁取りが一際目立っているはずの『監視国家』を探すんだけど、それほど目立っていなかった。もっと鮮やかな原色を使った本は他にいくらでもあったし、本のデザインとして黄色を使っているものも全然珍しいわけではなかった。本屋さんにはけっこう足を運んでいるつもりだけれど、そういう視点で本を眺めたことはなかった。本のカバーは情報を伝える以外にインパクトも必要になってくるだろうし、洒落ていればカッコいいし、だけどその基準をどう判断をするかということは、書店でどんな本と一緒に並ぶかということも、要素としてけっこう大きいんだなあと思った。ちょっと勉強になった。でも、見つけると、「あっ!」とか「おっ!」とか「おおおぉぉ!」とか思わず言ってしまい、偶然その前に立っていたお客さんがその声に驚いたりして、それなりに冷静さは失っていました。海外時事、社会問題、といったコーナーに置いてありました。

2005年10月21日(金)
Strawberry Dream。

『監視国家』が天王寺のブックファーストに並んでいたといってメールをいただきました。携帯で撮った写真も添付してくれていました。いつも気にかけていただいてありがとうございます。表紙の黄色い縁取りがインパクトがあって、目立っているようです。この『監視国家』の翻訳の締め切りは六月末でした。あれから四ヶ月、ゲラが刷り上がってきたり、校正をしたり、あとがきを書いたり、何かと作業は続いていたのですが、ぼくのメインの活動はすっかり次の翻訳に移っていました。しかも月末が締め切りだったために、切りのいい月初、つまり翌日からさっそく次の翻訳に取りかかり、しかもぼくにとっては『監視国家』以上に手ごわい作品のため、六月末の締め切り時に達成感も安堵感も感じる余裕のないままに、毎日追われるように今日まで過ごしていました。でも、こうして実際に書店に積まれている『監視国家』(の写真)を見ると、やっぱり嬉しいです。また一つを積み重ねることができたと実感することができます。それに今日はちょうど、今取り組んでいる翻訳も一つの段階を終えて、明日から次の段階に進むという区切りのいいところに来ていて、少しだけホッとしていたところでした。明日からはまた、今やっている翻訳が書店に積まれる日を想像しながら、少し気分を新たにして取り組むことができそうです。
 こうして一つずつ積み重ねて行く先に、一つの夢を見ています。そのことについてはいつか日を改めて詳しくお話したいと思いますが、叶えたくてもがいている段階でしかない今でさえ、今がその途中なんだと思うだけで心が躍る、そんな夢です。なかなか進まなくても、じっくりと腰を据えて取り組むことが全く苦痛にならない夢です。一人じゃ弱虫のぼくだけど、この夢と一緒にいる限り、次の一歩を踏み出し続ける自信があるんです。そんな夢だから、きっと叶えたいと思っています。たまにはコーヒーでも入れてあげたくなるぐらい、いとおしい夢です。まだまだ先の話です。一期の夢。だけど今はもう、それを夢と呼ぶことに抵抗を感じ始めています。それは夢なんかじゃなく、はっきりとした目標として手ごたえを感じています。
 ちなみに今取り組んでいる翻訳というのは、世界各国のサッカーを切り口に、その国の民族や人種、宗教、政治、経済、グローバル化……、などの諸問題に迫るという、今回もノンフィクション作品です。年末に締め切りがあって、来年のワールドカップ開催前の出版を予定しています。こちらもどうぞ、お楽しみに!

2005年10月20日(木)
ハトの話。

東京にいた頃、大学の屋上で、Woo 授業をサボって陽のあたる場所に寝転んでいたら、向かいのビルの庇のようになった部分に二羽のハトがとまっていた。きっとオスとメスで、仲睦まじそうで、何を昼間っからいちゃついとんねん、と思いながら見ていたら、別のオスのハトがやってきて、二羽の間に割り込んでとまった。そして、元からいたオスを追いやるように、体をぐいぐいとそのオスの体に押し付け、じりじりと庇の端の方まで追いやり始めた。きっとこのまま追いやってしまって、自分はメスと仲良くやるつもりだぞ、悪いハトだなぁ、と思っている間にも、元からいたオスのハトはもうにじり寄るスペースもないぐらいまで押しやられ、このままじゃ落ちるぞ、と思って手に汗を握りながら見守っていると、ぱたぱたっと飛び上がり、ちょっと戻ってさっきまで仲良くしていたメスの隣りに降り立ち、そしてまた仲良く首を擦り合わせていた。なるほどね、ハトやから飛んだらええんか、と感心した。後から入ってきて、もう少しというところで相手の頭脳プレーにしてやられた二羽目のオスは、恥ずかしそうにすごすごと退散していった。ただ、ぼくはハトを見分けられないので、オスとかメスとかいうのも、そうであれば目の前で展開された出来事が理解できるというだけのことだし、もしかしたら後から来た方のオスが本来の恋人なのかもしれないし、それなら勇敢にも恋敵に立ち向かっていったということになるし、オスとメスは逆のパターンだったかもしれないし、そんなストーリーなど全く存在しなかったかもしれない。いずれにしても、自惚れちゃいけない、ハトのことはぼくには分からない。

2005年10月19日(水)
お待たせしました。

 『監視国家〜東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆』が、いよいよ今週末に全国大手書店で発売されます。残念ながら、訳者による握手会、サイン会など、楽しいイベントの開催はないようです。そしてもっと残念なことに、ぼくの故郷である勝浦を含む和歌山県下の書店には配本されないとのことです。故郷のみなさん、力不足ですみません。お近くの書店かAmazonで注文していただければ嬉しいのですが、けっこうな値段がしますので、要注意です。どうぞ無理しないで下さい。ありがとうございます。

書名  :監視国家 東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆
作者  :アナ・ファンダー
出版社:白水社
ISBN  :4-560-04973-4
定価  :2,520円(税込)

2005年10月18日(火)
『老人と海』。

 『老人と海』を読んでいます。老人の深い人間性みたいなのがじわりじわりと伝わってきます。深い人間性などというべきものではなく、自分の生活に精を出しているだけなのかもしれないけれど、大海原に一人で小舟を漕ぎ出して、魚を獲る以外のことに広がっていかないその思考が、深みを感じさせるように思います。老人も、「自分のやっていることだけ考えていろ。つまらぬことを考えるんじゃない」と言っていました。そうは言いながらも、すぐに今日のヤンキースの試合はどうなったのだろうかと空想に耽ったりしています。そんな凡庸な部分も持ちつつ、外に向ける力を求めて徹底して内面と対話する老人の姿が印象的です。「深み」というのはぼくにとってキーワードの一つです。特化した分野で深さを追求した暁には、バランスも取れているような気がしています。
 今はマカジキがかかって舟を引きずり回されながら夜を迎え、朝になったところです。この先どうなるのか、楽しみです。むかし読んだはずなんだけど、全く思い出しません。

2005年10月17日(月)
I'm a 買いもんマン。

少し気分転換にと思って、文庫本とiPodを持って三宮に行ってきました。ちょっと外の空気を吸ってコーヒーなど飲みながら本でも読んで一息つくだけのつもりだったのですが、せっかく三宮まで出てきたのだからと思ってちょっとぶらぶらして、そうなると買うつもりはなくとも何も買わずには出られないのがタワーレコードで、やはり今日もソウルフルなアルバムを二枚買ってニコニコしながら店を後にし、それから楽器屋さんもちょっとのぞいて、最近お気に入りのアウトドアショップではカッコいいジャケットを見つけてしまって後ろ髪を引かれたりしながら、それからようやく国際会館内のスターバックスに落ち着いてキャラメル・マキアート飲みながら『老人と海』を読みました。文庫本のブックカバーはそこそこちゃんとしたやつをもう何年も使っているのですが、少し気分転換にと思って、その後に立ち寄った雑貨店で150円の透明のブックカバーを見つけ、透明だから自分の好きな写真とかを挟めばいい感じになるかなあなんて思ったりして、でもそれは厳密にはブックカバーではなくてスケジュール帳のカバーだから大きさが微妙に違っていて、だからどうしようかなあと思って実際に文庫を取り出してその大きさの違いが気にならない程度かどうかを確認したり、実際に手に持って町を歩いているところを想像してみたり、とりあえず他の売り場で違うものを見たりしながらさんざん迷ったあげく、結局買いました。何かを買う目的で出てきても何かと理屈をこねて買わないことが多いぼくとしては、150円の買い物でもちょっと嬉しかったりして、気分よく帰ろうとエスカレーターに乗ったところ、一つ下のフロアでベッドやらソファやら家具を置いているのを見つけ、たまたま座ってしまった折りたたみ式のちょっとフカフカしたデッキチェアがとても気に入ってしまい、二、三回は座りなおしたものの、良心的な値段にも魅かれ、ほとんど衝動的に買ってしまいました。150円のブックカバーにあれだけ迷いながら、6000円のデッキチェアーは即決する自分がよく分かりません。でも、なんとなくそういう自分は昔からいたなあと思います。

The Band "Music From Big Pink"   ☆☆☆☆☆
Sly & The Family Stone "Anthology" ☆☆☆☆☆
キャラメル・マキアート          ☆☆☆☆★
ブックカバー                ★★★★★
デッキチェア                ☆☆☆★★

2005年10月16日(日)
転ばないで歩く。

秋も深まり、今日の一枚はRCサクセションの「シングルマン」。素敵なアルバムだ。しみじみと励まされる。1976年、デビュー6年目に出した3枚目のアルバムで、だけどさっぱり売れず、すぐに廃盤になったらしい。それでも自分たちの音楽を信じて曲を書き続け、エレキギターに持ち替える決断を下し、オリジナルメンバーの破廉ケンチが脱退し、清志郎は髪を切り、チャボが正式に加入し、『雨あがりの夜空に』が売れに売れ、渋谷の屋根裏で超満員のライブを行い、ライブアルバムの金字塔と言われる「ラプソディ」を出した1980年になると、音楽評論家の吉見佑子さんが中心となって「シングルマン再発売実行委員会」が結成され、再発売にこぎつけ、そして今では名盤とされている。昨日の日記の続きみたいになるけれど、自分の信じることを信じ続ける力をいつも持っていたいと切に願う。いいものや自分の好みを何にも惑わされず、自分で見つけて、そのことに自信を持っていられるようにもなりたいと思う。世間の評価が固まっているものに対してそれと違う感想を持つことは時に勇気を必要とするけれど、別にどうってことはないはずだ。むしろ、違う自分を演出するために無理やり反対したり、世間の評価を自分の基準にしてしまったり、そしてそのことに疑問を差し挟まなくなってしまったら、それこそ一大事だ。転んでも立ち上がれるか、そのまま泣いてしまいたくなるか、どっちがいいかと言えば、立ち上がれる場合に決まっている。でも立ち上がるためには、自力が必要だと思う。原動力は、自分の中に持っていたい。転ばないに越したことはないけれど、そんな人生はあり得ないだろうから、だったら何度でも立ち上がれるように自力をつけるしかない。どんな波風を受けてもびくともせず、周囲に迎合するのではなくて周囲と調和する。ぼくもそんなふうになれるかなあ。楽しみだ。
 「シングルマン」には、『夜の散歩をしないかね』や『ヒッピーに捧ぐ』、『スローバラード』のように未だにライブでハイライトとなる有名な曲から、『ファンからの贈りもの』、『やさしさ』、『ぼくはぼくの為に』といった清志郎独特の少しひねった曲、『大きな春子ちゃん』、『冷たくした訳は』といったかわいい曲、そして今の季節にぴったりの『甲州街道はもう秋なのさ』など、バラエティに富んだ11曲が収録されていて、とても落ち着いていて、自分の内面世界に真面目に取り組んでいて、ため息が出るほど素晴らしいアルバムです。今月末には「ラプソディ」の完全版が「ラプソディ・ネイキッド」として発売され、来月には廃盤になっているものも含めてRCの全アルバムがデジタル・リマスターされて一気に再発売されますので、要チェックですよ!

2005年10月15日(土)
読書強化キャンペーン。

さっきから何やら、ちょっと歩いては立ち止まり、空を見上げてはペンをなめて紙切れに何かさらさらと書きつけている人がいる。着物など着流して、今時珍しい。周りから一人だけ浮いている。こんな真っ昼間から暇な人だなあとは思ったけれど、少し風流な感じもした。あくせくしていないところがいい。独特の時間の流れのようなものを感じる。ぼくもああなりたいものだ。だいたいその人のことを何も知らないのに、ちょっと見ただけで勝手な感想を洩らすのは無責任だ。反省しよう。何を思って昼に一人で空を見上げ、何を思ってペンを走らせているのか、どういう経緯があってそういうことをするようになったのか、自分の知識の及ばない部分をもっと想像してみたり、あるいはその人に直接話を聞いてみたりすると、気づかなかったはずの何かに気づく可能性も開けてくるわけだ。それを、自分が考える「普通」の行動基準から外れているから、自分の考えと違うから、自分はちょっと偉いはずだから、と言って無責任なコメントをするのは良くない。だいたい自分が何を知っているというんだ。それにしても、「普通」という言葉で思い出したけど、各駅電車に乗っていて「この電車は、普通、梅田行きです」なんて言われると、今日は違うかもしれませんけどね、というニュアンスが含まれているような気がして、少しソワソワしてくる。
 それよりも、最近は買ったまま読んでいない本が本棚にたくさんあるのが気になっていて、それを少しずつ読み始めようと思っている。「読んでいない」といっても、@とりあえず買って、まだ手をつけていない("The Young Wan")、A読んだはずだけど覚えていない(『荒野のおおかみ』)、B読みかけ(『モンテ・クリスト伯』)、Cあんまり気が乗らない(『タイタンの妖女』)、D読む気がしない(『失楽園』)……といった感じでいくつかに分類できる。本を読むにはきっと相応しい時期というのがあって、とりあえず読んでおきたいとか、みんな読んでるらしいとか、これは名作の誉れが高いと聞いたとか、賞を受賞した、なんていう動機で読むと、だいたい失敗する。読んだという事実しか残らない(上の分類でいうとAだ)。ぼくはそういうのが多い。圧倒的に多い。相応しくない時期に読んでしまってよく分からなかったからといってさっそく諦めるのもよくないと思うけど、初めから先入観とか、そういうできれば持っていたくないものを振り払えずに頑なに偏った読書をするのも良くないと思うし、いつまでもずるずると浮ついたままで自分の方向性を見つけられないのもダメだし、でもそういう要領の悪い時期を経験した後でようやく、自分でも自信が持てて、少し落ち着いた自分なりの形が確立されるのかなとは思う。だから、中途半端な年月しか生きていないうちは、本についても、人に関しても、自分以外の全てに対して謙虚でいられたらと思う。勝手に、無責任な判断を下したくない。尊重したいんだ。そう思って、今は『モンテ・クリスト伯』と『老人と海』を読んでいます。

2005年10月14日(金)
nobody knows.

集中力も少し切れてきたので、休憩がてらに色んなインターネット・サイトを見ていたら、聞いたこともない翻訳家が「文章を推敲するには、コーヒーを飲んでマグカップを洗う必要がある」とわけの分からない理論をぶっ放している日記に行き当たった。きっと疲れているんだろう。翻訳家っていうのも大変なんだな。同情するよ。
 その点ぼくは、今日も朝から元気にPCの電源を入れた。それにしてもこのPCには世話になっている。キーボードは特に磨耗が激しくなってきた。翻訳家はキーボードを穿つ。ぼくは右手の小指が少し使いづらくて、他の指たちが小指の分まで頑張ってキーボードの右サイドをカバーしているんだけど、そのせいかどうか、「k」を叩くのがどうやら苦手のようで、かなりの頻度で続けて二回叩いてしまう。だから、たとえば「歩いていく」と打とうとすると、「あるいていっく」となる。そして気づかないままに変換すると、「歩いて一句」となる。これはこれで、思ってもいなかったシーンが一気にイメージされて、ちょっと面白い。夕暮れ時に着物を着流して、筆と短冊を持ってカランコロンと散歩をしていると、目の前に木の葉がはらりと落ちてきて、それを見て一句、みたいな感じがする。「k」を一回余分に打っただけなのに。他にも、「i」を中心に「u」、あるいは「o」の三つのキーを打ち間違うこともあって、「w−o(を)」と打ちたいところ、「w−i」と打ってしまって「うぃ」となることがある。頭の中で「あなたのことを……」なんて思い描いているところに「あなたのことうぃ」と表示されるわけだから、これもおかしい。一気に力が抜ける。キーボードは無表情なだけに、こういう脱力系の間違いをされると、真面目そうな顔をしてなかなかやるねえ、とそのギャップに思わず笑ってしまう。力が入りすぎている時に自分でそのことに気がつくのは困難だったりするので、こういう不意打ちはむしろ歓迎する。偶然の賜物だ。あるいは、小さい時に硬球のボールが珍しくてそれでキャッチボールをしていて下手をして骨折した右手小指の賜物だ。痛くてぴーぴー泣き喚きながら近くの診療所に連れて行ってもらうと、突き指ですね、ということになって、シップをして、先生の机の上にあったマッチ箱を解体してそれを添え木のつもりなのか指に当て、その上から包帯を巻いて処置は終わりだった。一週間しても痛みが引かないので大きな町の病院に行って、骨折が判明したのだった。その時には骨が折れたままくっついてしまっていて、だから今でもうまく曲がらないし、雨が降るとズキズキ痛む。ズキズキ痛むと雨が降るんじゃなくて、雨が降るとズキズキ痛む。マッチ箱のせいだ。そして右手全体にぐるぐると包帯が巻かれて使えない間、学校では算数の時間に時計の読み方を習っていた。ぼくは右手が使えないから左手で書いていたのに、その時の先生は事情を知りながら(というか包帯でぐるぐる巻いているんだから右手が使えないことは誰の目にも明らかなのに)、ぼくの書く時計の針が歪んでいるだとか、時計が丸くないだとか、問題に出した時刻をぴったり指していないだとか、さんざん無茶を言ってきたことまで、マッチ箱を見ると今でも思い出す。でもそのおかげかどうか、ぼくは左手が時々うまく使えたりする。へぇ〜、それする時は左利きなんや、と言われることもあるぐらいだ。何がどういう記憶につながっているかは分からないし、何がどういう効果をもたらすかも、誰がどんな才能を持っているかも、なかなか分からないものだ。だから、夢があるならとにかく諦めないことだろう。そして諦める気がないのなら、とにかくやり抜くことだ。そうだろ?

2005年10月13日(木)
Mary & Harry。

さっき近所を歩いていたら、車も持っていないくせに天気がいいからドライブに行きたいと喚いている哀れな奴がいた。無いものねだりほど見苦しいものはない。無いものをねだる前に、有るものの有難みを噛み締めればいい。有るものを最大限に活用できているのかどうか、よく考えてみればいいんだ。自分の手に負えないようなものまで欲しくなるなんて、許されるのは子供のうちだけだ。子供でも、子供だからということで許されはしても、そういうのはいけませんよ、と教えられる。そんな無いものばかりを欲しがっているような連中には付き合っていられない。こっちは忙しいんだ。車なんか転がしているヒマがあったら1ページでも原文を読んでいたい。イメージを隅々までヴィヴィッドにしないといけないからね。
 以前は、どこに行くにもコピーした原文を手放さなかった。小さく折りたたんでカバンなりポケットなりに突っ込んで、電車に乗ったらそれを開き、待ち時間ができればそれを開き、移動するぼくの頭の少し上方には、ぼくが思い描いているイメージが常に漫画のふきだしのように後をついてきていたはずだ。ちょっとの時間をも惜しむという作戦もなかなか効果的だったけれど、最近は少し限界を感じている。イメージが中途半端な段階でその中途半端なイメージに慣れてしまうと、なかなか修正できなくなる。これは、もっと具体的に翻訳文を推敲する段階についても同じことが言える。あんまり何度も何度も自分の文章を繰り返し読んでいると、暗記してしまって推敲にならなくなる。だから、「寝かせる」という一見何もしていないように見える作業が必要になってくる。文章を寝かせている間は、全く翻訳とは関係のないことを考えるか、別の部分の翻訳をするか、自分も寝るか、とにかく頭をリフレッシュさせる。食器を洗うみたいな感覚だ。コーヒーを飲んだら洗剤で洗って、きちんとすすいで、それからまた新しい気持ちで同じマグカップを使うように、使った頭を一度休ませて、リフレッシュしてからまた同じ頭を使う。つまりメリハリだ。
 それと同じで、時間を惜しみすぎて移動時にまで翻訳のことを積極的に考えたりするようなことは、最近は控えている。そのタイミングで一段落つけば、次に翻訳に戻った時にさっきまでのイメージの続きを思い浮かべても、リフレッシュした頭で少しは新しい視点を加えることができたりする。こっちの方が今のところはいい作戦だ。今のところはいい作戦でも、そのうち同じように古くなって効果も薄れてくるから、その時はまた新しい作戦を考えないといけない。でも新しい作戦は、考えるというより勝手に思いつく。思いついたら実行すればいい。実行して効果がなければやめればいい。そんな呑気さは、大切なことを考える際には意外と必要な心構えかもしれない。慎重になりすぎても事は運ばない。一番大切なのは、物事がイメージ通りに運んでいるところをイメージすることだと思う。

2005年10月12日(水)
on a day like today,

今日みたいな日には、お気に入りの音楽と本を持ってドライブにでも出かけたい。あー、出かけたい。単行本は重いから、文庫本がいい。たとえばBob DylanとO・ヘンリの短編集なんかがあるといい。そしてどこに行こうか、どこか河川敷に広がる公園を探して、ホノルルで買ってけっこう大変な思いをして持って帰ってきたままほとんど使っていないデッキチェアに座って、青い空の下、遠くに山など見ながら川風に吹かれようか。少し肌寒いかもしれないからジャケットも持っていかないと。そういえば、赤のスイングトップはずい分と着ていないな。それともこんなに空が澄んでいるんだから、六甲山に登って大阪や神戸の町並みを見下ろすのも気持ち良いかもしれない。六甲山は少し歩いただけで都会の喧騒とはかけ離れた世界に足を踏み入れることができ、だけどそれが週末だったりすると重装備のベテラン・ハイカーたちや家族連れの喧騒の中に足を踏み入れることになる。それにしても山歩きの途中での人との触れあいは気持ちがいい。山に入るとすれ違うだけで挨拶するのに、山を降りた途端にそういう習慣がなくなるというのは、考えてみると面白いものだ。う〜ん、考えているだけで一日が終わってしまいそうだ。
 なんてぼんやりと考えながら本当に一日が終わってしまうのも、たまにはいい。だけどぼくは今日も一日、翻訳をして過ごした。いずれこの作品が世に出て、店頭に並び、みんなに読んでもらえる日が来るのを楽しみにしながら。ぼくにとってほとんど唯一ともいえる世間との接点だ。そう思うと、今のこの時期に休日をどう過ごすかなんて、大したことじゃない(しかも今日は休日じゃない)。ぼくがみんなに出会える場所は、書店だ。今のところ、書店こそがぼくと世間との接点となり得る場所だ。今のところは。だから、今のところは今日のように秋晴れの爽やかな日だろうが、昨日のように雨が降って洗濯ができずにイライラするような日だろうが、ぼくはいつだって翻訳をするんだ。そしてきみの家まで走っていって、大声で「おーい! できたよー!」って言えるように、一日も早くそう言えるように、そう言いたくて、ぼくは今日も翻訳をして過ごしたんだ。それがぼくの平均的な一日だ。今日みたいな日も、昨日みたいな日も、ぼくはこんな毎日を過ごしている。

2005年10月11日(火)
シンプル。

生活が極めてシンプルになってきた。まだまだだけど、いい傾向だ。やりたいことをやるために毎日やらないといけないことがはっきりしていて、それ以外のことで惑わされたりすることがない。普通、なかなかそうはいかないと思う。変なしがらみとか慣習とか、なければいいのにと思うようなことに気を遣わないといけなかったり、あるいは自分では特に気にもしていない無知をひた隠しにしないといけないような世間体に絡め取られてしまったり、目指す自分に追いつかなくてもがいたり、以前はそういう部分で苦労していた。そういうしがらみを振り払うためにあんなことやこんなことをして、とにかく生活が色んなものでごった返していて、その中でけっきょく自分の芯みたいなものはどこにあるんだと探してみると見つからなかったり、でも今はそういう余分な力が抜けてきたように思う。自分の成長に関して不安や焦りがなくなったというわけじゃなく、自分にあった立ち位置が見えてきたというか、このままいけば見えてくるという自信を持てるようになってきたからだと思う。シンプルになって、ぶ厚くなった。体の中で熱いエネルギーがぐらぐらと滾(たぎ)っているのが分かるんだ。もうすぐ爆発するだろう。それは確実だ。そしてその頃には、本当に必要なものだけが残っているはずだ。

2005年10月10日(月)
My Favorite "Die Gonna Rossi"。

寒くなってきたことだし今日の夜は鍋でもしようと思っていたのだけど、冷蔵庫にあった大根がちょっと傷んでいたので、『ブラックジャック』でピノコ誕生の秘密を見てから散歩がてらに近くのコープまで買い物に出かけた。夜の11時まで開いている便利な店だ。夜に出歩くにはTシャツだけじゃさすがに寒く、トレーナーを出してきて着た。あと必要なのは大根だけなのに面倒くさがりもせずにわざわざ今日二度目の買い物に出かけたのは、仲井戸"CHABO"麗市の『BLUE MOON』が頭の中で鳴っていたからだ。「Ah 今夜月がとっても青いって/唯それだけで/遠回りして帰る……」。残念ながら空は曇り空で月は見えなかったけれど、大好きな歌を口ずさみながらだったら大根だけでも買い物に出かけられるぐらい、ぼくは大根おろしが大好きなんだ。小さい頃あんまり家の手伝いをした記憶はないけれど、大根をおろすことぐらいは時々やった、かな? イヤイヤおろしたり慌てておろしたら辛くなると言われたのを覚えている。小さい頃に言い聞かされたことは大人になっても忘れずに守るみたいで、ぼくは今でも大根をおろす時は、気持ちを落ち着けないと、と思う。おかげで今日もご飯がおいしかった。

2005年10月9日(日)
地図を広げる。

今日は本当なら、ジョン・レノンの65回目の誕生日となるはずの日だった。ぼくは本当に残念なんだけど、ビートルズやジョン・レノンを初めて聴いた時にぶったまげた世代じゃない。だけど、中学の時にラジオで初めてビートルズを聴いて、レコードやカセットでビートルズやジョン・レノンを聴いて、そして今もCDでよく聴く。iTunesでも聴いている。そしてじわりじわりと、今では確実に、ぼくの中でジョン・レノンは一定の位置を占めている。それに、これだけのフォロワーがいて、ほとんどのアーティストがその影響を受けているんじゃないかと思える状況で、ジョン・レノンを意識しないわけにはいかない。一昨日にはオノ・ヨーコの主催で、日本武道館で「ジョン・レノン・スーパー・ライブ」が行われた。ジョン・レノンをリスペクトする日本のアーティストたちが参加して、ジョンの歌を一緒に歌い、ジョンが遺したメッセージを伝えていくことを目的としたこのイベントは今年で5回目を迎え、これまでにその収益金でアジアやアフリカに42の小中学校を建ててきたらしい。今年で50校目を達成するようだ。もちろん他にも色んな団体が色んな活動を行っていると思うけど、このイベントも、ジョン・レノンの夢をきっかけに多くの人がつながって、そしてそのつながりが一つのムーブメントになって生き続けている証だと思う。ただ、いつまでも一人のヒーローに頼っていてはいけないとも思う。偉大なる先人が見た夢の続きは、今生きているぼくたちがつなげていかないと。
 こうしたイベントのイベント性にはやっぱり非日常的な部分があるから、日常的に自分には何ができるのかと考えてみたりする。するとたとえば、ジョンの歌を聴いた時に自分なりにその魂を受け継げると思うものを見つけられたりするのかな、と思う。ぼくたちはよく「答え」を探したり求めたりしてしまうけれど、ジョンは、「愛こそが答え/それはきみも知っているはずさ/そして愛こそが花/みんなで育てていかないといけない花なんだ(『マインド・ゲームス』」とちゃんと教えてくれている。愛を、育てていく。それが答えだと言っているんだ。そしてそれは何も、ジョンの歌の中にだけある精神じゃない。ぼくたちも本当は知っているはずだし、それに日本には憲法第九条がある。忌野清志郎さんは、日本国憲法の第九条はジョン・レノンみたいだと言っている。そうなんだ。みんな気づいていたかい? ぼくたちはジョン・レノンだ。ジョン・レノンはぼくたちなんだ。戦争をやめて、平和を求め、そしてみんなが平等に暮らせばきっと幸せになれる。夜になってジョン・レノンの歌を聴いていると、季節は冬でなくても、窓の外には雪が降っているような気がしてくる。雪はしんしんと音もなく舞い降り、全てを包み込む。色んな騒音も、雑音も、苛立ちも、欲望も、絶望も、敵意も、嘲りも、偏見も、全てを包み込んでくれるんだ。たとえばそんな夜には世界地図を広げてみるのはどうだろう? 友達がいたり、知り合いがいたり、自分が行ったことのある国、行ってみたい国や地域に印をつけるんだ。そうすれば、自分と世界とのつながりを視覚的に実感できる。そして、自分がいかに世間を知らないかを知ることができる。世界を身の回りに感じるにはいいアイデアだと思う。どうだろう?
 ぼくがジョン・レノンを好きな理由は、他にいくらでも挙げられる。彼は愛と平和のエージェントである前に、一人のロックンローラーであって、好きなことをずっと追究した人なんだ。エルビスに憧れて、ポールと出会って、ビートルズを結成して、デビューして、色んな確執や嫉妬も経験して、オノ・ヨーコと出会って、ベトナム戦争に反対して、それをずっと表現してきた人だ。好きなことをやって、思ったことを口にして、混乱を招いて、非難もされて、それでも間違っていると思ったことには相手が超大国であっても立ち向かって、そんな個人的存在の象徴の一人がジョン・レノンだと思う。それに彼はオノ・ヨーコと出会って以降は反戦や平和について積極的にメッセージを残してきたけれど、それ以前には、そしてそれ以降も、個人的な物語を歌にしている。愛息のことであったり、愛妻のことであったり、亡き母のことであったり、3分間のロックンロールの中でそんな個人的な心情を吐露した物語に普遍性を持たせ、聴く者の心の中にぐいぐい入り込んでくる。そんな勢いと繊細さをあわせ持った優れた表現者でもあったんだ。そして何よりも、想いを行動に移した人だ。傍目にはおかしく映ろうが、クレイジーだと言われようが、自分が信じることを歌にし、歌だけでなく、色んな形で行動を起こした人だ。夢を見ているだけだと言われても、そんなのは自分ひとりじゃないさと歌ったんだ。みんな自分が見ている夢に、わざわざ目をつぶってしまっているんじゃないかということなんだ。清志郎さんが『君が代』をパンク・バージョンで歌ったのは、皆様にご起立をお願いするんじゃなくて、皆様がご起立したくなるような音楽を提供したいと思ったからだと言っていた。そしてエンディングの部分にアメリカの国歌を挿入しているのは何故だろう。ジミ・ヘンドリックスに対するリスペクトか、大いなる皮肉か、ユーモアか。誰かが何か行動を起こすと、ぼくたちはそれが正しいとか、悪いとか、足りないとか、そうじゃないとか、とかく批判ばかりしがちだ。しかも自分は高台から見下ろすみたいな立場に立って。でも、そういう批判も含めて、社会に小波、あるいは大波を立てることができるのは自ら行動を起こす人だけだ。いくら立派なリアクションを取ったところで、それが何だって言うんだ。アクションを起こして、それが至らないアクションだったとしても、それについて他の人が何か考えるきっかけになったなら、アクションを起こす一つの目的は達成したことになる。そして、アクションを起こして一歩目を踏み出したなら、批判を受け入れたり反省を繰り返したりしながら、それを二歩、三歩と前進させていくこと、続けていくことが必要だ。それをすることが叶わなかったジョンは、だからある意味では不幸なんだ。だからアクションを起こした人がいたなら、そのアクションが活きてくるようなリアクションを取る責任みたいなものも、周りの人にはあるはずなんだ。そうやってみんなで一つの芽を絶やさずに、大きく育てていくことが、夢の実現を目指すということなんだと思う。みんなで、っていうところがポイントだ。仲間を探す努力は必要だろうけど、仲間はきっといると思うから。
 今日もぼくは空がどこまでも続くのを見た。秋の空が赤く夕焼けて、うろこ雲の白と爽やかな青と相まって、綺麗だった。暮れゆく空の下、小さな公園で子供たちが楽しそうに遊んでいた。その光景には何の理由も要らないはずだ。母親に見守られて安心しきった笑顔を浮かべ、天真爛漫な天使のような子供たちも子供たちなりの宇宙を見ているはずで、大きくなってもう少し大きな世界に足を踏み入れた時に、幸せだと思っていた社会が実は色んな欺瞞に満ちていたなんてことになったら、年上の人間として責任を感じるだろう。そんなことになったら嫌だから、ぼくは地図を広げるんだ。
 それから、ぼくがジョン・レノンを聴いてぶったまげなかったのは世代のせいなんかじゃなく、毎日を安っぽく過ごしていたからに違いない。もっと意識を高くもって敏感に生きていれば、色んなことにぶったまげて、色んな感覚がさらに研ぎ澄まされるはずだ。そう思う。今からでも遅くはないと思うから、ぼくは世界地図を広げたんだ。広げた世界地図を眺めながら、ぼくたちにはまだあと一つ、創造力という力がある。発揮せずに眠らせたままにしておくにはもったいなすぎる力が。


【第2章 戦争の放棄】
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

2005年10月8日(土)
「ゴ」。

昨日の風呂上り、白いバスローブをまとって赤ワインを片手に白いシャムネコを抱いたりはせずに、ふと机の下あたりに目をやると、何か黒い影がさっと動いたように見えた。ん? と思って覗き込むとそこには何もなく、最近は前髪が長くなっていたこともあって、髪の毛が揺れて影になって見えたか、あるいは気のせいかな、と思おうと思えば思えた。だけど、そんな気のせいは何年もしたことがないし、気のせいだと思い込むには、けっこう具体的な影を見たような気がした。エリマキトカゲのように右に左にとぎこちなく体重移動しながら前に進んでいたように見え、そのぎこちなさから、蛾か何かが飛び立とうにも少し弱っているために飛び立てず、床を這うように移動していたのかな、と思おうと思えば思えた。それでもぼくにとっては十分な恐怖なんだけど、なけなしの勇気を振り絞って、色んなものを移動させたりして確認を試みたけれど、何も見つからなかった。だけど、「見つけたくないと思いながら確認しているフリをしたところで何も見つけられない」という法則をぼくは知っている。そして、「思いたいと思っていることと本当に思っていることが実は違うということが往々にしてある」ということも知っている。だから、不安を抱えたまま忘れたフリをしてそのまま寝た。
 よくよく考えてみると、ぼくはありとあらゆる虫が苦手だ。それが「ゴ」で始まって「キ」、「ブ」、「リ」と続く四文字の黒い虫ならなおさらだ。小さい頃、父さんが風邪を引いたか何かで寝ていた部屋に奴が出て、それを見つけた父さんが兄を呼んでやっつけさせようとしたところ、兄は殺虫剤でやっつけるだけやっつけて、接近することを余儀なくされる後片付けの段階になるとそれを放棄し、そこから先の処理要員としてぼくが呼ばれたことがある。ぼくはもしかしたら、まだ自分で虫嫌いに気づいていなかったのかもしれない。だからといって「ゴ」の野郎が苦手じゃないはずもなく、そんな後片付けみたいなことはしたくなかったんだけど、どういうわけか引き受けた。そして、新聞紙を広げて、一番長くなるように折って、その先っちょの方に乗っけて、鳥肌だらけになりながら、窓を開けてぶん投げてやった。高校生の頃には、近くの公園で遊んでいて、ふと見つけたカマキリを何の気なしにつかんだところ、予想外にプニプニしていて、あんな悪者顔をしていながらあんなに頼りないことに驚いたことがある。ぼくが虫嫌いを強く意識するようになったのは、あの瞬間だと思っている。そして大学生になり、一人暮らしをしている部屋に「ゴ」が出た。当時ぼくは大学のクラブで英字新聞を発行していて、発行した英字新聞は、駅前なんかでよく見かけるティッシュ配りの要領で、学校の構内や最寄り駅付近や近くの大学などで通りかかった人に配ったりしていたんだけど、やっぱりその辺に捨てられたりすることもあった。そして自分たちで発行した新聞に当然誇りを持っていたぼくたちは、捨てられている新聞を見つけたら、踏まれていようがくしゃくしゃに丸められていようが、きちんと拾って持ち帰ることにしていた。代々そういう決まりだった。捨てるなんてもってのほかだった。だけど、部屋に「ゴ」が出たその日は古新聞をゴミに出したばかりだったのか、やっつける手段としてはその捨てるなんてもってのほかの英字新聞しかなかった。そして、その時は親友が遊びに来ていた。まるでうちに出た「ゴ」をやっつけるためにそこにいてくれた天使のように、ぼくには思えた。だから、その英字新聞を手渡して、その英字新聞がどれだけ大切に扱われているかを知っていた親友に「これ使ってええの?」と確認されながらも、「ええねん、ええねん」と言って、やっつけてもらったことがある。
 ぼくは、大人になるにつれて虫嫌いがひどくなっていっているような気がする。その理由は、なんとなく気がついているんだけど、まだうまく言葉にできる自信がない。今日は起きたら色んな確認のために、シーツをベランダではたいたり布団を干したりしようと、昨日の夜の段階では思っていたんだけど、朝から雨が降っていたのでできなかった。でも、ちょっとはたいたりするぐらいの時間なら十分に取れるぐらいの間、しばらく止んでいたということも知っている。やりたくなかったんだ。もしもシーツの隙間とかから出てきたら、と思ったら、やれなかったんです、うぅ……。だからといって、そのまま寝るのはどうなんだという気はするけれど、昨日はそのまま寝てしまったし、どうやら今日もそのまま寝ようとしている。それにしても、昨日はたまたま見かけてしまったけれど、虫の方でも普段はぼくに隠れてこそこそと生きてくれているわけだし、ここはぼくが借りている部屋なんですよ、なんていう説明が通用する相手でもないわけだし、そんなに目くじら立ててどうこういうことでもないと、思おうと思えば思える。それよりも、どうしてぼくはこんな恥ずかしいことをここで告白しているんだろうという疑問が頭から離れない。しかもこんなに長々と。今日の日記に限ったことではないけれど。

2005年10月7日(金)
夏の終わりに。

夏が来れば、その後には夏の終わりが待っている。十月に入って、夏の終わりというには秋に入りすぎてしまっているかもしれないけれど、イメージとしては、何かと慌しい夏の後には静かな秋が控えていて、少しの物哀さとともに、慌しすぎて蜃気楼のように歪んでいた空間が、落ち着きを取り戻して何事もなかったかのようにまた元の位置に納まるような、汗だくになってテニスをした後にさっとシャワーを浴びてきゅっと蛇口をひねってぴたっと水が止まった後にぽたん……、と一滴だけ水が落ちるような、そんなイメージ。四季を感じる余裕を持ちたいという気持ちと、夏だ秋だと季節の移ろいに振り回されずにしっかりと一歩一歩足を踏み出し続けたいという気持ちは、ぼくの中で争ったりせずに共存してくれているのだろうか? そんなことを、ちょっと不安に思ったりする。今日もほとんど一日中机に向かって過ごし、同じような一日を昨日も過ごし、明日もおそらく過ごし、そんな日々をもう何年も続けていて、その間も夏がやって来て、去ってゆき、秋が来て、冬が来て、春を迎え、そうやって四季が何度か巡る間、ぼくの生活が自然の中に組み込まれているように思えない。思えないんだ。それはまるで、隣りの家の人の顔は知っているけれど、その人のことは何も知らないように、結局深く関わりあったり影響しあったりすることはなく、ぼくは夏は暑くて秋は涼しいというぐらいのことしか知らないような気が、ちょっとしている。つまり自分のことで手いっぱいなんだ。日々の暮らしの中で、色んな意味での「相関関係」ということを考えてみたりする。ぼくと隣りの人との相関関係、夢と現実の相関関係、目標とその達成度合いの相関関係、昨日の自分と今日の自分の相関関係、今日の立ち位置と明日の自分との相関関係、考えていることと感じることとの相関関係、何でもいいけどとにかく全体の中における自分の位置を、ぼくの周りの全てのものとの相関関係に見出したいと思っている。小難しいことを考える段階なんか早く卒業して、全てを解放して、自然に帰れたらいいと思う。ぼくは未だに自分のこともよく分かっていないような気がする。

2005年10月6日(木)
不自然な礼。

近所のコンビニの店員さんが、若い女の人なんだけど、レジを済ませるとえらい深々と礼をしてくれる。バーコードを読み取る機械を置いて、両手をお腹の前で組んで、頭を下げて、「いち、に、さん」と数えてから頭を上げているんじゃないかと思うぐらい、深々と礼をしてくれる。いえいえ、そんな、どうぞ頭を上げてください、と言いたくなる。このままじゃ多分、ぼくはそのうち言うだろう。こっちも必要があって商品を買っているんだし、そんなに気を遣わなくていいんですよ。そうかと思えば、何だかよく分からない店員さんがいたり、自分が店長であることを客にまで誇示しているかのような店長がいたり、もっと普通にしてください、と言いたくなる(これは多分、言わないだろう)。店側の人と客は、基本は対等でいいと思う。お店の人は買ってくれてありがとうございましたという気持ちは純粋に強く持つのだろうけれど、だからと言ってあんまり丁寧なことをされると、逆に嫌味に感じたりすることもある。場合によっては薄気味悪く思ったりするかもしれない。店員さんにもよるんだろうけど。ぼくも『マミー』を企画として却下されたり、無視されたり、ようやく認めてもらえたり、買いましたよと言ってもらったり、読みましたよと言ってもらったりした経験から、人に頭を下げることの意味とか、頭を下げたくなる気持ちとか、そんなことを根源的な点で考えたこともあるけれど、そういう全てをひっくるめて、さらには日常の人間関係の複雑な部分も考慮に入れた上で、立場の違いを優劣に結びつけたりせず、互いに立場の違いを認識しあって、尊重しあって、偉ぶることなく、弱みにつけ込むことなく、卑下することなく、対等に、清々しく付き合っていければいいなあと思う。人を動かす力を持たなくても、人と付き合う力は誰しもがそれぞれなりの方法で持っているはずなので、基本はやっぱり隣りの人とのつながりを、そしてそのつながりの輪を大切にすることだと思う。そういう個人的なつながりの輪がだんだん広がっていけば、みんなと手をつなぐことも可能なはずだ。ただ、どこまで深々と礼をすれば不自然に感じて、どこまでなら自然かという感覚は、人によって違うかもしれないとは思う。でも、こんなことはそもそも理屈を並べ立てるようなことじゃない。

2005年10月5日(水)
その国に行く。

『マミー』を翻訳していた頃、いつのタイミングでアイルランドに行こうかと迷いながら、結局行くことはありませんでした。今回の『監視国家』では、ドイツに行く余裕などまるでなく、参考となる資料を求めて書店や図書館やネットなど色んな次元を彷徨い、ふらふらと帰ってきては原書を読み、その繰り返しでした。翻訳は、その作品世界についてできるだけ「ヴィヴィッドなイメージを持つ」ことから始まると思っています。そのためのアプローチの一つとして、舞台となっている国の歴史や現状を色んな側面から(恥ずかしながら付け焼刃で)勉強したりするのですが、その仕上げとして、そして決定的に有効な手段として、実際にそこに行くということがあります。だけどそれが経済的あるいは時間的な制約があって無理な場合に、写真を眺めたり、まつわる音楽を聴いたり、日本(あるいは芦屋)にいながらにして可能な手段を可能な限り利用して、可能な限りイメージをヴィヴィッドにすることに努めています。翻訳に限らず、本を読んでいてもっともっとその内容を楽しみたいと思った時に思いつくのが、その国に行ってみる、ということです。思いつくのはこんなに簡単なのに、なかなかどこにも行けずにいます。別に会社から一週間の特別休暇をもらう必要もないのに。そんなことを考えていると、やっぱり翻訳は楽しいと思えます。最近はそういう楽しい部分をちょっとだけ忘れていた気がします。だけど今日こんなことを考えたのは、ロンドンとエディンバラに行ってきたという方と、ドイツとチェコに行ってきたという方からお便りをいただいたからです。一通のメールが色んなことを思い出させてくれるきっかけになり、そして思い出したことが次の何かのきっかけになり、そういう相互ナントカが、ぼくたちの身の回りには実は溢れているんだと思います。意識していない部分で、どうしようもなく色んな人のお世話になっているんだなあと、そんなことも思います。アイルランドには、いつか行こうと思っています。

2005年10月4日(火)
眠い。

夜になかなか眠れない理由が分かった。寝る直前まで翻訳をしているからだ。もっとクールダウンの時間、翻訳を切り上げて音楽を聴いたり、本を読んだり、何でもいいけどとにかく心を静める時間が必要なんだ。そういうことは誰かに聞いたか何かで読んだかして知っていた。そんなことぐらい、誰に聞いたり何を読んだりするまでもなく考えれば分かることだ。でも実感したことがなかったので、まるで相手にしていなかった。ぼくはそういうところがある。自分で痛い目に会わないと、親の言うことさえ聞かない。昔からそうだ。いずれにしても、一日の終わりに心を落ち着ける方法を考えないと。音楽は意外と目が冴えてくる。集中して聴いていたりするとその世界に没頭して、頭の中にイメージがどんどん膨らんできて、眠ってなどいられなくなる。映画は、映画を観るだけの時間があるならやっぱり翻訳を続けたくなるだろうし、毎日の予定に組み込むには無理がある。眠たくなってくるほど難しい本は持ってないし。どうしよう? 未だにこんなことを言っている自分がイヤになってきた。心を落ち着ける方法を考えていて心がざわついてくるなんてどうしようもない。時間でスケジュールを立てるのはあんまり好きじゃないんだけど、とりあえず翻訳を切り上げる時間を決めてみよう、と思い立って思い出したけど、そういえば9時〜7時を翻訳の時間に充てると7月に決めていた。あれはなかなかいい感じだったはずなので、明日からまた実践しよう。それとやっぱり運動だ。昨日はテニスでくたくたになって、よく眠れた。朝も快適だった。とにかく爽やかに朝を迎えて、充実した一日を過ごして、夜はぐっすり眠りた〜い!

2005年10月3日(月)
テニス。

今日は昼から、隣りの隣りぐらいの町まで自転車で行って、テニスをしてきました。テニスはもしかしたら一年ぶり以上になるかもしれません。この一年はろくにランニングもせずに、体を動かすことは徹底的に怠けていました。なのにそういうブランクも考えずにはしゃいでしまうのはぼくの悪いクセで、今日も右に左に前に後ろにと、気持ちはコートいっぱいに駆けずり回り、体はそれについていこうと必死でした。行きの自転車は準備運動がてらにと思えば若干下り坂でもあったために楽しくさえあったのですが、二時間もテニスをした後で、若干上り坂の帰り道を自転車をこいで帰るのはしんどかったです。趣味のテニスは、もっとスマートにやるもんだ。軽く爽やかに汗を流して、さっとシャワーを浴びて、そしてオレンジジュースなどを飲みながら談笑するのが趣味のテニスだ。なのに今日は、足がもつれそうになるまで自分の体力を無視したプレーをして、体力を使い果たして、帰りは自転車をこぎながら意識が朦朧としてきそうなほど眠たくなってきて、ようやく部屋に辿り着いてシャワーを浴びると疲労感がピークに達するようなテニスをしてしまった。次はもうちょっとしなやかに、白いポロシャツなど着てラケットを胸の前に抱えて持つようなイメージの、上品なテニスができればいいと思う。それにしても今日は疲れた。よく眠れそうだ……zzz。

2005年10月2日(日)
"Good Ol' Charlie Brown"

1950年の今日、アメリカの新聞七紙で『ピーナッツ』の連載が始まったらしい。ということは、全ての人の誕生日が大切な日であるように今日という日もまた、やはり素敵な一日だ。登場人物の一人にペパーミント・パティという女の子がいて、野球やフットボールが得意で、年中サンダルを履いて元気に過ごしているんだけど学校でサンダル禁止令が出て、「どんなルールでも女の子を泣かせたりするようなルールはいけないんじゃないの???」と涙を零しながら呟いたり、スヌーピーのことを「鼻の大きな変わった子」だと思っていたり、他にも砂漠に一人で暮らしているスヌーピーのお兄さんのスパイクはサボテンが話し相手で、ミッキーマウスにもらった靴を大切にしていたり、スヌーピーが肺炎で入院した時には他の兄弟たちと一緒に真っ先にお見舞いに来たり、主人公のチャーリー・ブラウンは普段は自由奔放な仲間たちに振り回されてヘトヘトになっているんだけど、友だちの弟が町のごろつきにビー球を奪われるとそこに颯爽と現れて勝負を挑み、見事勝利して全て取り返してみせたり、そしてスヌーピーは宇宙飛行士や弁護士など色んなキャラクターに扮し、小説家の時なら「それは、暗い嵐の夜のことだった……」と書き始めるのはいいんだけどそこから先が続かなかったり、原稿を送付した出版社から返事が届くたびに高額の原稿料が入っているはずだと自信満々だったり、だけどそのたびに原稿もろとも送り返されていたり、そしてそれを見るたびに極度のショック状態に陥って耳が逆立ってしまったり、そんなスヌーピーの親友のウッドストックは一緒にゴルフに行ってはティーで焚き火をしたり、一緒にキャンプに行ってはテントを張る時のペグで焚き火をしたり、とにかくとても愛らしくて、微笑ましくて、自由で、温かくて、仲良しで、そして奥深い世界が展開されている。『ピーナッツ』は作者のチャールズ・シュルツさんが亡くなる2000年まで続いた。最期まで一人で書き上げたという。スヌーピーはキャラクター商品として中学生や高校生にも人気があるようだけど、ぜひ、本を読んでほしいと思う。テーマも子供たちの日常生活から社会問題まで多岐にわたっていて、そのどれを読んでも優しい気持ちになれて、戦争なんかなくなるかもしれない。忘れちゃいけない大切なことが、当たり前のようにチャーリー・ブラウンたちの日常には満ちている。

2005年10月1日(土)
Wanted?

明日は遠足だ! という日に、楽しくて楽しくてしょうがなくなって、何をしようにも手につかず、落ち着かなくなってしまって、だけど明日は朝が早いから今日はもう寝ようと思っていつもより早く布団に入って、でもそしたらいつもは気にもならないぽたぽた落ちる水道の水の音や冷蔵庫がジィィィと唸る音が気になってきて眠れず、そうこうしているうちにぱっちりと目が冴えてきて、どうにも眠れないからいっそのこともう今から集合場所に行ってやろうと思って起き出して、夜のうちにリュックを背負って学校の運動場に行って横になっているとようやくどうにか眠りに落ち、なのにそれからどしゃ降りになって遠足は中止になり、そうとも知らずに運動場でびしょ濡れになりながら眠り続けるあさりちゃんを、クラスメートたちが教室から眺めている、という話を誰か読んことのある人はいませんか?

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