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| 2005年11月30日(水) |
| Active & Sporty。 |
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そういえば、最近は夢を見ない。ベッドに入って30分ぐらいは本を読んでいると思うけど、本を閉じると、朝になって目が覚めるまで全く意識がない。本を閉じてから眠りに落ちるまでの記憶すらない。本当に全ての活動を停止して、ぐっすり眠っている感じだ。だけどそういえば、この間、夢でも推敲していた。一日の活動で一番よく使っている目は疲労困憊で、もっと活躍してもらわないと困る頭もそれなりに頑張ってくれてはいるので疲れているのだと思う。ふっと気を抜いた時に、そういうことを実感する。でもあれだけぐっすり眠ると疲れはけっこう取れている。疲れて眠ると元に戻るなんて、全く元気な体だ。有り難いことです。一日分の元気は一日で使い切って、寝て回復して翌日を迎えるというのが理想なので、今はそれに近い状態かもしれない。あとは、もっと体を動かさないといけないんだけど、今はPCの前から離れられないので、それだけは叶わない。でもだからといって、翻訳はやっぱり一人で机に向かってやる孤独な作業なのかというと、そうでもないんです。これまでにも何度かそう言われたことがあるんだけど、けっこうイヤな気分になる。もちろんPCを使った作業が必要なので机には向かうし、基本は一人だし、だから賑やかなはずはないけど、本を読んだり推敲したりする時は机に向かう必要はないし、部屋を出て電車に乗ってもいいしブランコに乗ってもいいし、推敲ならむしろ走りながらの方が捗ったりすることもある。そうだ、アクティブな翻訳家になろう。あるいはスポーティーな翻訳家。もしくはいっそのこと翻訳をスポーツにしてしまおう。好きなスポーツは?
翻訳です。みたいな。そのためにもまず運動不足を解消しないと。そして、こんなことでムキになるのはもうやめよう。
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| 2005年11月29日(火) |
| 音楽。 |
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小学校五年生か六年生の時に、音楽の授業で先生がピアノの鍵盤を二つ叩いて、どちらの音が高かったか当てるというゲームをやって、全然分からなかったことがある。当てた時もあったかもしれないけれど、自信を持って答えて当てたんじゃなくて、当たっただけだった。なのに、全問を軽々と正解する子もいたりして、ぼくには信じられなかった。その子はピアノと剣道を習っていて、ぼくはあんまり好きじゃなかったことを覚えている。どこに行っても何かと発言が嫌味な人というのはいるものだけど、彼もそんな一人だった。でも、こうして思い返してみて、その子の何が嫌味だったのか、どうしてあんまり好きじゃなかったのか、全く思い出せない。何か嫌なエピソードが一つでも二つでも残っていればいいんだけど、ただ「嫌な奴だったなあ」という感想しか残っていない。こうなると、ちょっと申し訳ない。理由もなく人を嫌っていたのかもしれない。理由はあったんだけど忘れてしまっただけだと思いたい。さらに、音楽室には入り口じゃなくて窓から入るのが位置的にとても便利だったので、ピアノの音の高低を聞き分けることが得意な彼も含めて行儀の悪い男子はみんなそうしていて、ある日ぼくがみんなに続いて窓から入ろうとしていると、ちょうどそこに先生が現れて、「どっから入ってるんや! 窓は出入りするとこやないやろ。やり直し!」と言って、窓からもう一度出て、そして入り口から入り直すように言われた。窓から入るのがダメだと言って、やり直しをするために窓から出させられたあの理不尽さも、ぼくの中では音楽と強烈に結びついている。今になって思うと、こんなしょうもない理由で音楽が好きになれなかったんだ。悔やみきれない。戻れるなら、あの頃だ。あの頃に、今になって嫌な思い出を思い出そうとしても思い出せない程度にしか嫌いじゃなかったはずの嫌味な剣士と仲良くなって、家に遊びに行ってピアノでも聞かせてもらっていれば、いま持っている音楽への関心を持てていたかもしれないのに。あるいは音楽の時間にハイドンの似顔絵ばっかり書いて過ごさずにもっと情熱的に取り組めたかもしれないのに。そうしたら今頃は調弦も楽々できて、シャワーの中で歌を思いついたら体も拭かずにギターとペンを手に取ったりしていたかもしれないのに。全く、ぼくはいつでも気がついた時には遅くなっている。でも、始めるには遅すぎる、なんていうことは基本的にはないと思っている。思い立った時に始めればいいんだ。だから、たとえあの頃に嫌味なピアノマンと仲良くなるチャンスは逃したとしても、窓から出てやり直しをさせられたのがぼくだけだったとしても、だからといって諦めたりせず、ピアノでもギターでも今から始めればいいんだ。よし、そうしよう。
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| 2005年11月28日(月) |
| 今日から年末までの目標。 |
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本当は、一日に今の三倍は活動していたい。やりたいことがいっぱいある。思っているだけで出来ていないことが気になってしょうがない。そんな鬱陶しい思いをするぐらいなら、一日に今の三倍の活動をすればいいだけの話だ。時間を三倍できればいいんだけど、できないので、それなら密度を三倍にしないといけない。なのに最近は朝が寒くてなかなか起きられない。30分から1時間はぐずぐずしている。ぐずぐずするなんていうことは後になってものすごく反省してしまう最たるものなのに、ぐずぐずしている時はものすごく気持ちよかったりするので厄介だ。でもさすがに1時間もぐずぐずしてしまうと、1時間もぐずぐずしてしまったからと思っていつもより集中することになって、その結果1時間分以上取り戻せたりすることもあるから必ずしも悪いとは限らない、というのはもはや言い訳としては最低だ。いずれにしても、翻訳に関しても翻訳以外のことに関しても、今できていないことでやりたいことがわんさかある(こんな歯切れの悪い物言いにも飽き飽きだ)。今は翻訳に集中して一気に色んなものを打破する時期だと思っているので、特に翻訳以外のことはどうしても後回しにしてしまうんだけど、だからといって翻訳に一日24時間、週に七日をあてられる超人的集中力もないので、気分転換として始めてみるぐらいのことをすればいいのに、一度に二つ以上のことをする器用さも持ち合わせていない。なんていうのも言い訳に過ぎず、ただぐずぐずしているだけのことだ。こんな調子で来年を迎えるわけにはいかない。幸い、時々瞬間的にものすごくやる気に満ち溢れてくることがあるので、その瞬間を引っ捕まえて二つ目のことをやり始めて、グズからの脱皮を図ろう。それがとりあえず、今日から年末までの、ものすごく抽象的な目標だ。具体的な目標としては、「朝のぐずぐずは15分まで」ということで。今年残りの1ヵ月ちょっとを無事に終えるだけじゃなくて、来年に入って一気に加速できるよう、助走をつけておこう。バテない程度に。
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| 2005年11月27日(日) |
| 締め切り1ヶ月前。 |
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普通、1ヶ月といえば人はどれぐらいのことができるのかなあ、なんて思ったりする。一日の時間の使い方にしても、だいたい3時間が一単位になっていて、それより短い一まとまりの時間をうまく使いこなせていないような気がする。締め切りまであと1ヶ月となり、1日でも1時間でも大事に使わないといけない時期に差しかかっていて、焦ってもしょうがないから焦ってはいないけれど、決して落ち着いているとも言えない。もちろんそんなしょうもない気分は無視しているし、それにここまで予定通り順調に来ていて、きっと来月の今頃には予定通り十分に納得のいく翻訳が仕上がっているはずなので焦る必要など全くないわけだけど、それにしても締め切り1ヶ月前はなんとなくソワソワする。全く無意味なソワソワだ。それなのに、締め切り前は緊張する。こういうメンタルな面でも成長していかないと、時間の上手な使い方なども含めて、本当のプロフェッショナルにはなれないと思う。何といってもぼくは本当のプロフェッショナルを目指しているからね。
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| 2005年11月26日(土) |
| Material Boy ...Boy? |
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天気もよかったことだし、気分転換に神戸市垂水区の五色塚古墳に行ってきました。最寄り駅の山陽垂水駅で降りて、と思ってたのに乗り過ごしてその先の舞子公園まで行ってしまい、そこは前に日記にも書いた明石大橋のあるところで、そこから海辺の舞子公園を歩いて戻り、駅のすぐそばの丘を登ると、閑静な住宅街の中に全長194メートル、高さ18メートルの大きな前方後円墳が現れました。4世紀の終わりから5世紀の初め頃に築造されたもののようで、斜面には大きめの石が葺かれていて、その数は推定223万個、総重量にしておよそ2,784トンだそうです。円筒埴輪といって人形じゃなくて筒形の埴輪がずらっと並んだ頂からは、瀬戸内海や淡路島や明石大橋や沈む夕陽などが見晴らせて、絶景でした。パンフレットには「古代ロマンに思いを馳せてみませんか?」とあったけど、目の前に広がる海や、そこに生きたと思われる豪族の暮らしや、その一族から死者が出たために借り出されて223万個もの石を積まされたであろう人たちの暮らしなど、確かにそれは遥かなる物語だなあと思いました。ひとしきり遠い日々に思いを馳せた後で、今度はロマンとは遠くかけ離れ、マリンピア神戸でヘッドフォンやジーンズやジャケットなどを手に取って試して元に戻して帰ってきました。楽しかった。あの辺りはずっと海が広くて、紀伊半島を下って勝浦に帰る時の景色にちょっと似ているからか、どうやら落ち着くようです。そう意識したのは実は今日が初めてだったんだけど、そう考えるとこれまでにも好んで行っていました。芦屋から特急に乗って約40分、ちょっとした小旅行気分を味わいながらリフレッシュできました!
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| 2005年11月25日(金) |
| 読書。 |
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締め切りがひたひたと忍び寄ってきた。小走りぐらいで。本を読む時間もない。そうなると、読みたくなる。今は『モンテ・クリスト伯(3)』、『ボブ・ディラン自伝』、"The Old Man
and the sea", 『ヘミングウェイ全短編2』、"Charlie and the Chocolate Factory"を同時に読んでいます(同時には読んでいません)。寝る前に30分から1時間ぐらいどうにか時間を作っている程度なので、あんまり進まないし、5冊のうちのどれかに偏らないようにしているので、一週間ぶりに続きを読むなんていうこともあって、不器用なぼくの読書方法としてはどうかなと思っています。でもまあ、始めてしまったことなので、しばらく続けています。『ヘミングウェイ〜』は、「キリマンジャロの雪」だけが40ページぐらいあるけれど、あとの16篇は10ページ前後の本当に短いもので、胸の内でざわざわと蠢きながらどこにもどうにも発展していかないドラマを見ているような、読んでいて時々、ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』を見ているような感じがします。すぐに読めるからと言って次々と読み進めるのではなく、1篇読み終えるごとに本を閉じて一息つくと、じわじわじわ〜……、という感じで味わえる作品だと思います。それとは対照的に、『モンテ・クリスト伯』は三巻目に入って話はドラスティックに展開しています。どこに向かうんだろう? という感じです。気が抜けません。『ボブ・ディラン自伝』は、よく知らない地名や人名が頻出して詳しくは理解できない部分もあるけれど、全体的にとても面白いです。理解できない部分があるわりにはどんどん引き込まれます。"Charlie and 〜"は児童向けの翻訳の勉強をしようと思って、日本語の本と読み比べたりしています。"The Old Man 〜"はヘミングウェイとは長い付き合いをしていこうと思って英語でも読み始めたところです。そんなところです。
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| 2005年11月24日(木) |
| いつもの一日。 |
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たとえば口笛でも吹きながら、歩道の模様から模様に飛んで歩くみたいに、これまで楽しくポップな感じで移動してきたイメージがあった。その時その時の自分のジャンプ力と模様の好き嫌いを基準に飛ぶ先を決めて、だけどそのうち、今まで軽やかに飛び跳ねながら移動してきたつもりがさっきの場所からそれほど離れていなかったり、飛んだ模様を辿って描く絵が思っていたより面白味に欠けていたり、下手をしたらその場でピョンピョン飛び跳ねていただけだったり、結局さっきの場所に戻ってきてしまっていたり、もちろん踏み外して大怪我をしたこともあるし、途中でちょっと振り返ってみると、悪くはないんだけど予想とはどこか少しズレが生じていたといった感じがしないでもない。意識していたのは隣り合う模様と模様の距離だったけど、模様自体に奥行きとか深さとか高さとか、そんな上下の基準があったり、絵の具はきれいにグラデーションしながら並んでいるけれどいつの間にか全然違う色になっていたり、音楽をジャンルに分けてみたところで全てのルーツということになるとブルースに集約されたり、これまで基準としていたはずのものが必ずしも基準として成立していなかったのかもしれないという可能性に気づき続けている感じです。そんな繰り返しの中で、心地のいい場所を見つけてそこに居座ってみたり、立ち上がって遠くを眺めてみたり、たまにはそこから飛び出してみたり、だけど飛び出せていなかったり、そんな安住<冒険<失敗の日々に、今日もまた一日を積み重ねた。
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| 2005年11月23日(水) |
| 運動不足。 |
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以前会社の寮に入っていた時、けっこう立派なエアロバイクを買った。仕事が終わるのが遅くなってきて平日にランニングができなくなって、それなら部屋の中でバイクを漕ごうと思ったんだけど、あんまりそこまで必死になっていることがみんなに知られるのもなんだかイヤだなあと若かりし頃のぼくは思って、誰にも言わずにこっそり部屋に持ち込むつもりだった。だけど郵送されてきた日もやっぱりぼくの帰りは遅く、しかも大きなダンボールに入って寮の玄関にドン! と置かれていたので、言うまでもなくみんなにバレていたことは明らかで、しかもそのダンボールには35kgと書かれてあって、深夜だけに誰を起こして手伝ってもらうわけにもいかず、ぼくは仕事から帰ってきたばかりでもうクタクタだったんだけど、35kgもするエアロバイクの入った大きなダンボールを一人で抱えて3階の部屋まで上がった。いざとなるとすごい力が発揮できるものだなあと感心した。そして、漕いでみると想像以上に大きな音がして、これは隣り近所に迷惑だと思い、日を改めて両隣と下の部屋の先輩に事情を話しに行った。両隣の先輩は、「俺もけっこう遅くまで起きてるから気にせんでええよ」と言ってくれた。下の部屋の先輩は3回ぐらい行っても留守ばかりで、そのうちぼくも忘れてしまって、そのまま快適なエアロバイク生活を続けていた。しばらくして、本当にしばらくして、久しぶりに早く帰ってきて寮の風呂に入っていると、下の部屋の先輩も入ってきて、「あ、エアロバイクのこと言うてないわ」と思い出して事情を説明すると、「あ〜、そういうことか〜、なんか最近変な音してるなあ思いやってん」と言っていた。なんか最近変な音してるなあと思わせていたとも知らず、ちょっと申し訳なかった。だけど、ぼくのエアロバイクは寮内ではちょっとした人気者だった。今は勝浦の実家で父さんが使っている、と思う。最近はあの頃以上に運動不足だけど、ほとんど何にもしていないなあ。
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| 2005年11月22日(火) |
| 赤ペンで格闘中。 |
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とりあえずの翻訳を終えて、そこから完成までに何回推敲するだろう。とにかく赤ペンの消費量が半端じゃなく多い。推敲する時は何回目であっても紙に印刷してそこに赤を入れていくという古臭い方法を取っているんだけど、少なくとも2〜3回目ぐらいの時は、原稿の余白という余白が行と行の隙間も含めて真っ赤になる。そして無印で買った中性(ゲルインキ)ボールペン赤が1本なくなる。合計すれば、5本ぐらいは使っていると思う。安いけれど書きやすくて、推敲の際にはずっとこれを使っている。これだけ贔屓にしていれば、将来的には無印と提携ということもありなんじゃないかと思うぐらいだ。そのうち伊達モデルの赤ペンとか作ってくれたりして。そんなことよりも、推敲をしながら何度も繰り返し読んでいると、日本語がどんどんどんどん分からなくなってくる。色んなレベルで分からなくなる。本当に初歩的な文法に自信が持てなくなってきたり、どっちの漢字を使うべきかを迷ったりというのはまだいい方で、方言なのか標準語なのかが分からなくなったり、「〜なのだ」なんて書いてしまうとバカボンのパパにしか思えなくなってきたり、ゲシュタルトには体制も構造もなくなり、ただでさえ頼りないぼくの言語能力が音を立てて崩壊していくような感じがする。そういう時はもう赤ペンを置いて一度頭を空っぽにする必要があるんだけど、あんまり頻繁に休憩しても「軸」がぶれるかもしれないと思うと、そう簡単には休憩もできないし、今はまさに踏ん張りどころだ。嵐が去って晴れ間の広がる穏やかな一日が訪れることを祈りながら、そんなことに気を取られていないで1ページでも1行でも推敲を進めたい、そんな毎日です。
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| 2005年11月21日(月) |
| バックビート。 |
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大学生の頃、友達からギターを譲ってもらってちょっと練習していたことがある。いつまでたってもチューニングがうまくできなかったけれど、そこはなんとかごまかしながら、ストーンズやボブ・ディランなどのタブ譜つきスコアを買ってきてコード進行の練習をしたり、結構楽しかった。吉田拓郎の『イメージの詩』なんかもよく練習した。「これこそはと信じれるものが/この世にあるだろうか/信じるものがあったとしても/信じないそぶり……」と始まり、コードは3つぐらいしかないんだけど、歌詞は10番ぐらいまであって、和製ボブ・ディランと言われていた頃の、デビュー曲にして代表的な曲だ。哀しい歌だと言う人もいたけれど、ぼくはそうは思わない。ヒリヒリするような覚悟を決めた男の魂の唄だ。印象的な部分を書き出せば、おそらく全ての歌詞を書き写すことになるだろう。ぼくにとっては、言葉とメロディが合わさった時に持ちうる力の大きさを強烈に思い知らされた唄でもある。まさにイメージが溢れんばかりに浮かんでくる。寮を出る時に後輩に譲ってきて以来、ギターには触っていないけれど、あの時に感じたざわつきは折に触れて思い出すことがあって、それが最近になってぼくの心をとらえて放さず、梅田や三宮に出た時には楽器屋さんに立ち寄ることが多くなった。近々バンドメンバー募集の広告を出すかも???
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| 2005年11月20日(日) |
| ノンフィクションの翻訳。 |
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この間の『監視国家』に続いて、今回の翻訳もノンフィクションです。これまでフィクションとノンフィクションの違いを強く意識したことはなかったけれど、翻訳をする上でぼくにとっては大きく違うなあというのが今のところの感想です。題材にもよるとは思うけど、ノンフィクションを翻訳する際のイメージとしては、原作者と一緒に少しずつ積み上げていく感じがします(ノンフィクションの場合は深く掘り下げていく感じで、矢印の向きが逆のイメージです)。原作の一文一文には、リサーチの結果を含めた原作者の知識に基づいた意識の流れがあると思うけれど、その基となった知識や感性の全てを獲得することから翻訳が始まるような感じです。それがなければ、全体の流れを掴んだところで何も理解できていないということさえあるように思います。まだまとまった感想ではないけれど、なんとなくそんなことを感じています。なかなか興味深いです。
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| 2005年11月19日(土) |
| Just Wanna Have Some Fun ! |
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昨日、TVの音楽番組でシンディ・ローパーを見た。日本のジャズ・インストグループのPE’Z(ペズ)と共演していた。PE’Zの音楽を聴いたのは初めてだったけれど、とても楽しそうで、シャイで、素敵な人たちだった。シンディに負けないぐらい、PE’Zの音楽もファッションも非常に個性的だった。世界的大スターを前にしてかなり緊張していた様子だったけれど、演奏となるとみんな生き生きとしていて、音楽が好きで好きでしょうがないといった様子が伝わってきた。イマジネーション豊かで、エネルギッシュで、何より楽しそうだった。トランペット、キーボード、ドラム、ウッドベース、サックスの五人組のPE’Zは、元々路上ライブから始まったらしいけれど、ぼくもそこを通りかかれば確実に足を止めていたと思う。通り過ぎる人の注目を集めるということが、エンターテインメントの根本にはあると思う。基本的に他者は、通り過ぎ行くものなのかもしれない。そこにどういう手段で自分の存在を主張していくか、それは音楽に限らないけれど、手段として何を選ぶにしても、まずは自分がその素晴らしさを体全体で感じて、楽しんで、そこから表現ということになるんじゃないかなあと思う。通訳を介して対談をしているのを聞いていても、お互いに好きなものが一緒だとか、音楽に対するスタンスが似ているとか、何か共通するものがあれば、極端なことを言えば言葉を交わさなくても共鳴しあえるということの証明のようにも思えた。ぼくたちの毎日は、仕事とか対人関係とか冬の寒さとかすきま風とか、大変なことが目白押しだけど、基本は楽しんで過ごすことだと思う。そうじゃないと、自分と一緒に仕事をしたり、一緒に過ごしたりすることを周りの人に楽しんでもらえない。幸せとはどこかに向かう道の途中にあるのではなく、道そのものらしい。ボブ・ディランがおばあちゃんにそう教わったと書いていた。
もうすぐクリスマスですが、クリスマスアルバムとしてぼくのオススメの一枚は、シンディの"Merry Xmas...Have a nice life!"(1998)です!
楽しくて、温かくて、とても豊かです。
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| 2005年11月18日(金) |
| サイクリング。 |
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京都でサイクリングをしてきた。デリバリバイク屋さんに京阪の三条駅までレンタル自転車を持ってきてもらって、先日買った「京都自転車マップ(まちなか版)」を片手に、東山区から左京区にかけて南禅寺、哲学の道の辺りを北上し、銀閣寺の辺りで西に折れて鴨川に出て、途中で雨が降ってきたので出町柳で終わりにした。出かける時から空は灰色だったんだけど、もう冬の空なんだな……なんて思って、雨が降るとは思いもしなかった。距離にして15キロぐらいだったと思うけど、どこも観光客がわんさかいて、路上駐車している車も溢れかえっていて、ほとんど押して歩いたので4時間ぐらいかかった。デリバリバイクは一日1500円でどこにでも持ってきてくれて、どこにでも乗り捨てしていいということで(今日は観光シーズンだからか持ってきてくれる場所は限定されていたけれど)、とても便利だった。ただ、人も車も多い京都の町を自転車で走るのはけっこう気を遣った。そして、紅葉ももうちょっとまだだった。その上、とても寒かった。もう少し自転車ならではのコースを考えればよかったんだと思う。何回か利用すれば京都に詳しくなりそうだ。今は車よりも自転車だ。時代はおそらくシンプルに向かっていると思う。
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| 2005年11月17日(木) |
| 煩悩 #023/108。 |
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音楽は昔からよく聴いているけれど、ラジカセやステレオの音質にこだわったことはない(こだわろうにも、違いが分からないだけだけど。……だけだけど)。BOSEの立派なやつがあるにも関わらず、iTunesを使っているのでPCの薄っぺらいスピーカーで聴いているし、カーステレオのついていない車に乗っていた時も古いラジカセを後部座席に乗っければそれで十分だった。でも、電車に乗ったり街の本屋さんに入ったり、そういう公共の場でイヤフォンを使っていると、音漏れがして周りの人に迷惑をかけていないかという一点だけは、非常に気になる。いつも、まずイヤフォンをする前に再生ボタンを押して音漏れチェックをしている。でもそうすると、おそらく音漏れレベルよりは若干小さいボリュームで聴くことになって、電車に乗っていると電車の轟音にかき消されて聞こえなくなる。だからといって轟音に対抗すれば、停車して轟音が止んだ時に確実に音が漏れる。と思って、あんまり外出時にまで音楽を聴くことはない。電車では本を読めばいいんだし、イヤフォンは耳に悪いような気もするし、別に困ってもいなかったんだけど、@航空機や電車などの乗り物を利用した時に耳に飛び込んでくる様々な騒音を減衰し、その結果生じる精神的疲労から開放します。A受験勉強や締切直前の創作時など、気が散る原因となる雑音をカットし、集中力、記憶力をアップさせることができます。B道路や航路、工事現場、カラオケスナックの近く等、騒音環境に住んでいる方の心理的ストレスになる騒音を低減させます。と宣伝しているハイテク・ヘッドフォンの存在が昔から気になっていて、そんなものは必要ないといくら言い聞かせても、忘れられない。
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| 2005年11月16日(水) |
| 奇蹟とか魔法とか。 |
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この間たまたまある出版社のHPをのぞいていて、新刊書を紹介するコーナーで知った名前を偶然見つけた。東京にいた頃に、一緒に翻訳の勉強をしていた人で、ぼくがこっちに来てからは連絡も途絶えていたんだけど、その人が有名な翻訳家の先生と共訳という形で大手出版社から本を出していた。みんなどうしてるんかなあ、と思う時の「みんな」の筆頭に来る人なんだけど、もう何年も交流はなくなっていて、翻訳を続けているのかどうかも分からなくなっていた。それが一時期だけの縁だったとしても、変わらずに頑張っている仲間を見つけたような気がして嬉しかった。周りで翻訳をしている人がいないので、最近はちょっとした一人ぼっち感を味わってもいたんだけど、今回の思いがけない発見は刺激的だった。なんだかソワソワしてきて、狭い部屋の中をウロウロするぐらい刺激的だった。知っているんだけど疎遠になってしまった人とか、目指している未来の自分とか、そういう、「間に距離を持つ二つのもの」をかろうじて繋ぎ止めているのは、何かを信じる力だったり、諦めない力だったり、何かしら無意識のうちの力のような気はする。でも、離れていた二つがどういう形にしろ出会う時、それは力とか努力とかそんな大層なものではなく、魔法とか奇蹟とか、そんなレベルの話でいいと思う。「報われる」という発想を、極力排除していきたい。
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| 2005年11月15日(火) |
| オリオン座。 |
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今日は久しぶりにお酒を飲んだ。以前少しの間だけ語学学校で翻訳講座の講師をしていた時に知り合った方と、アイリッシュパブで近況報告のようなことをしながら。いつも前向きな方で、新しいことを始めるにあたって不安を感じながらもワクワク感とかドキドキ感を大切にする方で、一緒に話をしていてとても刺激を受けた。何かをしようと思い立った時に、やっぱりそれはまた今度にしようとか、果たしてそれは自分にできるのだろうかとか、思いとどまる理由はいくらでも思いつくけれど、実際に実行に移す段階になると、思い立った時以上に勇気が必要になってくる。でもそこで勇気を奮い起こさないと何も新しいことは始まらないし、勇気を奮い起こすべきタイミングがあるとするなら、まさにそういう時だと思う。初めてのことだらけで戸惑いとかもあるだろうし、実際に始まってしまうと戸惑いは現実のものになってしまうかもしれないけれど、そういう困難を乗り越えた時に、何か一つ身につけることができるのだと思う。ぼくは躊躇してばかりだ。ずっと一歩を踏み出せずにいる。帰り道、少し酔った頭を醒まそうと夜風に吹かれながら川沿いを歩いてみた。空には月がまん丸くて、オリオン座も輝いていた。オリオンの語源は「天の光」だとどこかで読んだ記憶がある。こういうタイミングでオリオン座を見たということに何かしら意味を求めたくもなるけれど、外的な要因は慰めやモチベーションにはなっても、最終的に自分の将来は自分の責任でというのがやっぱり基本だと思う。理屈をこねくりまわしている場合じゃない。
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| 2005年11月14日(月) |
| 目を休める。 |
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眼鏡が合わなくなってきたのか、PCの画面をじっと見すぎるのか、すぐに目が疲れるようになってきた。目の周りはあんまりマッサージをしすぎてもよくないような気がするので、そういう時はしばらく目を休めることにしている。目を休めるつもりでPCを離れても、本を読んでいたら目を休めることにはならないし、じゃあどうしようかと思って、最近は潔く寝ることにしている。30分経ったらピピピピと鳴ってくるようにしておいて、だからどうせ寝るんだから早く寝てしまわないと、と思いながら寝るんだけど、そんな心配は無用なぐらいあっさり寝てしまう。そして30分経って起きて、またしばらくして、今度は左眼を休めよう、とか言いながら次は45分寝たりする。
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| 2005年11月13日(日) |
| 加味。 |
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CDを聴いていると、時々シークレットトラックが収録されていたりするけれど、そんな子供が喜びそうな楽しみをおまけしてくれる感性が好きだ。ボーナストラックの場合は普通に曲名とかも明記されていて買う前からその存在が分かっているので、ボーナストラックと言われなければボーナストラックだとは思わないし、本来のアルバムの構成なんかを考えると蛇足だなあと思ってしまったりすることもあるぐらいで、むしろそれをボーナストラックだと言われることにちょっとした押し付けがましさみたいなものも感じてしまったりするけれど、その点シークレットトラックは、もう終わったと思っていたら急にまた始まってきたりして、別に大した曲ではなかったり、曲でさえなくてアーティストがぼそぼそ呟いているのが録音されているだけだったりするのだけど、それでも何だか楽しい。ボーナストラックが「これもつけといたれ」だとすると、シークレットトラックは「これもつけといたろ」のような感じを受ける。何をするにしても人を幸せにする方法をちょっと加味するような余裕があればいいなあと思う。「調味料を加えること、趣を添えること」を"seasoning"というけれど、 "seasoned"と過去分詞形なると「たくさんの経験を積んだ、熟練の」というニュアンスが出てくる。味わい深さを加味する余裕を持つには、年月をかけて経験を積み重ねることが必要なのかもしれない。もちろん、翻訳に関しては原文にないものを加味することはできないけれど。
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| 2005年11月12日(土) |
| 泣いてたまるか! |
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今日は頑張った。8時に起きて、その30分後には部屋を出て、40分後には阪神電車に乗って、1時間後には梅田の改札を出たところにある「チケットぴあ」に並んだ。年末に京都の磔磔である麗蘭のライブのチケットを取り損ねるわけにはいかないからね。チケットぴあの営業は10時からで、9時過ぎには到着していたのにすでに30人ぐらいは並んでいた。だけど、並んだ順番に番号のついた用紙が配られて、希望する公演名や日時などの必要事項を記入して回収され、10時になるとその番号順に処理されていったので、思っていたよりスムーズに列は流れていった。店頭に並んでチケットを取るのは初めてだったので、けっこう緊張した。なんせ磔磔は小さい会場で枚数がそもそも少ないだろうから、並んでいる全員が麗蘭のチケットを求めてやってきたわけではないだろうけれど、前の方でチケットが思い通りに取れなかったからといって拗ねたような態度で店員さんに食い下がったりされると、気持ちは分からないではないけれどそんな無意味なことをしている間にも売り切れてしまうかもしれなくて、気が気じゃなかった。そして、順番が回ってきたのは10時20分ぐらいで決して遅い時間ではなかったのに、「売り切れました」と言われた。えーっ!
と思うよりも先に「他の日もですか?」と訊くと、「あ、他の日は大丈夫です」ということだった。「他の日もですか?」と訊かなければ、「あ、他の日は大丈夫です」とは言われなかったわけで、危うくずっと楽しみにしていたライブをふいにしなくてもいいのにふいにしてしまうところだった。親切の悪い人だ。とにかくチケットが取れてよかった。「泣いてたまるか!」というのは年末の麗蘭のツアーの名前です。これを楽しみに、あと一ヵ月半の翻訳を集中して頑張ろう。
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| 2005年11月11日(金) |
| グローバリゼーション。 |
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以前オーストラリアから日本にやってきていたアランが、「仕事とプライベートは区分するというより、自分の人生における二つの要素だと思っている」みたいなことを言っていた。いつも礼儀正しくて、自分の方が年下だし、日本では目上の人のことは「さん付け」で呼ぶのが普通だと聞いたからと言って、結構いつまでもぼくのことを「じゅんさん」と呼んでいた。「巡査」と呼ばれているような気がするということもあって「junでええよ」と何度も言った。アランに限らず、若い頃から異国である日本にやってきて、仕事を見つけて生活している人は偉いなあと思う。たぶんそんなふうに思っている時点で世間知らずなのだろうとは思うけど。英語が母語ならどこに行ってもほとんど困ることはないと言っていた友達もいるけれど、たとえそうだとしても生活の面で何かと困ることもあるだろうし、だけどそんなことを言うと、むしろそんなことを気にしているぼくがとても優しい人のように思われたりもした。アランの話では、オーストラリアではoverseas experience(海外での経験)という言い方がOEと略されて通用するほど、大学在学中か、大学を卒業して仕事に就く前、あるいは大学院に進学する前に、海外で数年生活するのはごく自然な選択肢の一つとしてあると言っていた。日本でいう留学よりは、もっと広く普及しているような印象だった。もちろん日本だけに滞在するのではなく、色んな国を周っていて、最初の行き先は別になった友達と何ヶ国目かで合流するんだとか言っていた。ゆったりと、じっくり逞しく生きることを知っているんだなあと思ったことを覚えている。生きる力をつけるには、そういう経験が必要だと思う(本当はその逆で、色んな経験をすることで生きる力がつくんだと思う)。ぼくなんか未だに空港で行われるよく分からない各種手続きにドギマギする。
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| 2005年11月10日(木) |
| 分からないとすぐに文句を言う。 |
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DVDプレーヤーの調子が悪くて、ぼくの元気の素であるDVDが観られない日が続いている。買ったのは一年前ぐらいだったかな、DVDというとハイビジョンだとか、ブルーレイだとかHD DVDだとか、デジタル放送がどうのこうのと、とにかくなんだかよく分からなくて、とりあえず再生専用で安いのを買ったのが良くなかったのかもしれない。いつもは、どうせそれなりに高い買い物をするんだったら高くても長く使えるいいもの(もしくは勢い余って、あるいは確信犯的に自分には分不相応なぐらい高価なもの)を選ぶ傾向があるんだけど、この時は魔が差したとしか思えない。そうは言いながらも、今回調子が悪いのは本当にDVDプレーヤーなのか、それともTV側の端子なのか、つないでいるケーブルなのか、そこのところがはっきりしないので余計に買い替えを戸惑ってしまう。いっそのこといい加減古くなってきたTVごと買い換えたいと思ってしまうのも、ぼくの悪いところだ。なかったことにしてしまいたい病だ。さらには、最近TVのCMでもやっているDVDとプロジェクターが一体になったエプソンのdreamioを買おうかとちょっと本気で思ったりしている。この一点豪華主義的買いもん癖はどうにかして治さないといけない。いずれえらい目に遭うはずだ(それにしても
dreamio EMP-TWD1は魅力的だ)。
そんなこんなで、とりあえずコンビニで「デジタル製品購入ナビ、冬のボーナスでこれを買いたい!」みたいな雑誌を買ってきた(ボーナス???)。おそらくきちんと整理して分かりやすくまとまっているんだろうけれど、全くちんぷんかんぷんだ。隅々まで読んでも、よく分からない。読む前までは、これを読めば大体分かるだろうという救いがあったんだけど、読んだ後でこの状態はヤバい。それにしても小難しくて、言われるがままの部分が多分にあって、次々と新しいモデルが発表されて、新しい規格への移行期にどうしていいか分からない。他にも、デジタル・ミュージック・プレイヤー(DMP)をさんざん紹介していたと思ったら次のページでは音楽再生機能つきの携帯を紹介していて「もうDMPはいらない!」みたいな感じのことを書いていたりして、本当に消費者の利便性を考えているのかと思う。全く世の中は経済中心だ。消費者として置いてかれないようにそれなりに必死になっているつもりだけど、そろそろ限界が近づいてきた感もある。もう諦めそうだ。何かの階段を一歩登ろうとしているのかもしれない。
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| 2005年11月9日(水) |
| 夢かもしれない。 |
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経験を積んで、その分野に関してはプロだと言える人はすごいと思う。周囲の評判じゃなく、過剰な自意識でもなく、そして何よりもその業界の事情通なんていうことではもちろんなく、自分が今までやってきたことを見つめた時に自信を持って自分のことをプロだと思える人を、すごいと思う。ぼくは途中で会社を辞めてしまったけれど、あのまま続けていたら、そろそろプロとしての自覚を強く認識するようになる頃かもしれない。認識するというか、実感するというか、とにかくわざとらしくないプロフェッショナルというものが見え始めている頃なんじゃないかなあ、なんて少し希望的すぎるかもしれないけれど、そんなことを思ったりする。あるいは、経験ゆえに自分の未熟さを痛感していたり。4年足らずで辞めて、それからもう7〜8年になるから、ぼくと同期で入社した友達は社歴が11年とか12年になっている。新入社員だった頃に、社歴が10年を越える先輩はとても大人に見えた。今はぼくの同期たちがそういう立場になっているというのは、少し感慨深い。もちろん年数だけの話じゃないんだけど、継続するということはそれだけで大変なことだ。立派なことだ。ぼくは会社を離れてしまったけれど、別のところで別のことをしていただけで、同じだけの時間は過ごしてきたわけだから、時間の感覚はある程度共有できていると思っている。そして、すごいと思う。語弊があってもイヤだし、恥ずかしいからぼくはおそらく口が裂けても言わないけれど、同期で今も会社に勤めている友達のことを、すごいと思っている。他に言いようがない。すごいと思う。絶対に言わないけれど。だけどそういう同期が実は少なくて、辞めて次の仕事をしている、あるいは次の仕事を目指しているという友達が多い。そして会社で知り合った友達以外にももちろん友達はいて、だから色んな職業に就いている色んな友達がいる。だから、みんなで力を合わせれば色んな可能性が開けてきそうだ。将来的にあの人に声をかけたいな、あの人が普段プロとして考えていることを聞いてみたいな、と思う人が、自分の周りを見渡しただけでたくさんいる。ぼくが将来、あんなことをするようになった時に、あの人が協力してくれたらあんな経験が活きてくるだろうし、あの人はあの人であんな経験をしてきたみたいだし、一緒になったらあんなことやあんなことができそうだ、と可能性はどんどん広がる。そんなプロの集団、普通とか、常識とかを超えて、プロフェッショナルな仲間と一緒に仕事ができたら、きっとサイコーだ。そのためにも、頑張らないと。
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| 2005年11月8日(火) |
| 掘った芋。 |
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アメリカン・フラワーがメリケン粉になって、ソーイング・マシンがミシンになるなど、耳に聞こえた音をそのまま表記したものが日本語として定着したものは、他にもたくさんあると思う。江戸時代の人だろうか、明治の人だろうか、必死だったんだろうなあと思う。言葉や概念や制度など、とにかく色んなことを吸収しようとしていたんだと思う。最近になって氾濫しているカタカナ語とは少し訳が違うような気がする。言葉が意味するモノや概念を抜きにして言葉は存在しないだろうから、まずは言葉としては耳が捉えた通りに表記するという方法を、当時は取ったんだと思う。でも今は、概念やモノはあるけれど、それを言い表す言葉がないという状況が日本では「主流」になってきているんだと思う。ITの世界なんかではそれが顕著だと思うけれど、そういう分野では普通に英語を共通の言語として使っていて、しかもそれはおそらく文献などの文書化されたものが多いだろうから、耳から吸収するのではなく、まず目で触れることになって、英語を見た目で読んだような(いかにも日本語的になってしまっているというか、本来の英語の発音とはかけ離れた)表記として定着してしまうこともあるんだと思う。たとえばユビキタスとか。だから英語のつもりで使っても英語を母語とする人には通用しなかったり、元々の英語が意味する広い範囲の狭い部分しか意味しないカタカナ語になってしまっていたり、ということもたくさんある。
ぼくたちの日常生活がここまで便利になったということは、以前なら専門家じゃないとちんぷんかんぷんだったことにまで、一般のぼくたちがある程度までは踏み込んでいけるようになったということだと思う。だけどその時に、専門用語という名の超特殊な言語の壁が立ちふさがってくる。そんなことを踏まえた上でカタカナ語の語源を考えてみると、もう少し自由に使えるボキャブラリーが増え、さらには色んな時代の物語に思いを馳せることもできると思う。それにしても、言葉はやっぱり、母語にしても外国語にしてもコミュニケーションの中で覚えていくというスタンスを基本にできればいいと思う。
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| 2005年11月7日(月) |
| 夢想。 |
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年末が近づいてきて、だんだん慌しくなってきた。……と今ぐらいから思っておけば大丈夫かな。何よりも今年は翻訳の締め切りを控えている。前回の締め切りから六ヶ月あったわけだけど、そのうち前半の四ヶ月は校正があったり、他のリーディングをしたり、複数のコトを並行してやっていたので、あっという間に過ぎてしまった感がある。翻訳を始めた頃、四ヶ月で一冊のペースを維持できるようになったらいいかなあ、なんて夢の中で考えていたことがあって、そのためにも翻訳のスピードを上げないと、と思っていたんだけど、実際には翻訳のスピードだけじゃなくて、もっと色々具体的な作業の効率とかも考えて過ごさないといけないということが、今回改めてよく分かった。だけど、それにしても、仕事があるっていうのは有り難いことだ。ホントにそう思うよ。現状に満足したくはないけれど、一つ一つに感謝の気持ちを忘れちゃいけないなあと思う。しみじみとそう思う。そう思うんだ。そんな呑気なことを言っている場合じゃないということも分かっているけれど、とにかく今は、こうして翻訳をしていられることがたまらなく嬉しい。
以前、翻訳を仕事にするとは言いながらも、それがどこまで実現可能なものなのか、自分でも半信半疑のところがなかったわけではないような気がしないでもないけれど、それがこうして細々とでも落ち着いてきた今、さらに実現可能かどうかは別として、将来に向けてのアイデアが色々と浮かんでくる。企画倒れに終わらせたくないことばかりだ。今やるべきことをしっかりやりながら、合間には将来の構想なんかもイメージとして描きつつ、そんな夢想をとりあえずは日々のやる気に変えて、なんだかんだ言いながらも、今日も明日もぼくは翻訳をする。明後日も翻訳をするために。それに何よりも、年末までに仕上げないといけないからね。
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| 2005年11月6日(日) |
| 『激突!』? |
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国道43号線で、地面すれすれまで車高を低くしてボッボッボッボッとマフラー音を響かせる車に、軽自動車が煽られていた。軽自動車は確かに交差点での右折時にちょっともたついたりもしていたようだけど、あんなのに後ろに付かれたら面倒臭いだろうなあと、ちょっと同情した。そしてぼくはそのまま駅前の書店に入り、ひとしきり文庫本や雑誌を立ち読みした後で書店を出ると、さっきの軽自動車とシャコタンがちょうど前の道を走っていった。さっきの交差点から2ブロックぐらいしか離れていないのに、しかもさっきの交差点の方に向かって走っていった。ぼくが立ち読みをしていた間、二台で仲良くどこをどう走っていたのか、シャコタンも軽自動車を抜けないのか抜かないのか、相変わらずぴったり後ろにくっついて走っていた。知り合いだったのかな? それとも陰湿な嫌がらせが続いていたのか。たぶん後者のような気がする。ドライバーのみなさん、気をつけて運転してくださいね。
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| 2005年11月5日(土) |
| 小さい傷。 |
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爪を切っていて皮の部分をちょっと切ってしまって、逆剥けみたいになってしまったので、指でつまんで、ぴっとちぎろうとして失敗して、本格的な逆剥けになってしまった。長さにして3ミリ程度なのに、ぴりぴりするし、水に濡れるとしみるし、けっこう気になる。小学校五年生の時、少年野球のチームに千住(せんじゅ)という友達がいて、ノックの時に二人でサードを守っていて、ぼくが手首のところをスパイクで蹴ってしまって、大した傷ではなかったんだけど、それがひりひりとけっこう痛くて、「おっきい怪我するより、なんかこんなちっちゃい傷の方が痛かったりせえへん?」と千住に言うと、「アホか、おっきい怪我したら血とかどばっと出んねんぞ」と言われたことを、小さい怪我をするたびに思い出す。
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| 2005年11月4日(金) |
| まだ続く。 |
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そんな心境になったのは、やっぱり「もっと知りたい」という気持ちからだと思う。RCや鷺沢さんの作品の魅力は、そのままご本人たちの魅力なんだと思う。色んなエピソードを知るたびにため息がこぼれ、作品の理解もその分だけ深まり、そして広がり、これがノンフィクションを目指すということなのかなあと思った。作品や人柄に憧れ、もっと掘り下げて知りたいと思う。なるほどなあ。確かに魅力的な作業だ。ぼくはこれまで、とにかく自分のことで精一杯だった。それは、何でも自分に置き換えたり関連付けたりして考えるといった前向きな姿勢というよりは、たとえば自分の仕事であったり、自分の夢であったり生活であったり、とにかく直接自分に関わることを最短距離で成し遂げたいと願う思い上がった頑迷な態度だった。だけど今は、自分のことをしっかりやることと、もっと広く周りに目を向けるということは二者択一ではなく、矛盾する行為でも優劣をつける対象でもなく、どちらも達成を目指すべきことなんだと、強く思う。どっちを欠いてもダメで、それぞれが互いを補完する役割を担っていて、それで初めて自分の成長につながり、だけどそうは言っても、頭で理解していることに体がついていっていない部分が、やっぱりどうしてもある。あんまり深く考えたり悩んだりすると、余計にバランスを失いそうだ。だからこうして、意図せずに実感として湧いてくる気持ちは、大切にしたいと思う。
「逃れようのない 凡庸なる人間の姿は 全てである」 尾崎豊
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| 2005年11月3日(木) |
| 昨日の続き。 |
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鷺沢萠の『私の話』という私小説を読んだ。92年、97年、02年頃に身辺に起きた出来事をベースに綴った三篇が収録されていて、当時鷺沢さんがどういう心境で日々を送っていたかを、小説という形ではあるけれど、知ることができる。小説家やバンドマンなどの活動を初期の頃からずっと追いかけ続けているということはぼくは少なくて、何かをきっかけに知った後でそれ以前の作品を読んだり聴いたり、ずっと聴いていたのにいつからか聴かなくなったり、あるいはいくつかの作品を知っているだけというパターンが多い。鷺沢萠さんも実はそうで、デビューした頃に初期の作品集が兄の部屋に置いてあったような記憶はあるんだけど、その頃ぼくは吉川英治に夢中だった。鷺沢萠さんは小説だけでなくエッセイも書いているし絵本の翻訳もしているし、多作という印象があるけれど、ぼくは自分が初めて読んだのがどの作品だったかも、それがいつだったかも覚えていない。初めて読んで以来ずっと新作を楽しみにしてきたわけでもない。今でも全部の作品を読んだわけではない。不埒なファンだ。だけど、書店でパラパラとめくって面白そうだと思った作品を読んでいるからかもしれないけれど、今まで読んだ作品は全部面白い。笑えるし、泣けるし、大いに考えさせられる。
ぼくはこれまで、小説でもレコードでも、世に出したならその時のアーティストの事情に関わらず、作品だけで完結して評価されるべきだと思っていた。考慮するとしても、前作との関連ぐらいで十分だった。今もそう考える部分はあって、それは小説に説明がいらないと思う気持ちに通じることでもあるんだけれど、だけど結局そんなことは読者なり視聴者なりの勝手でよくて、つまりどうでもよくて、ただ、個人的にものすごく魅かれ、関心を持ったアーティストに関しては、一つの作品を完結した世界としてだけでなく、その周辺の事情なんかも知ってみれば、もっと楽しめるんだなあと思うようになってきた。これは初めて経験する感情だ。無意識のうちにある程度関連づけていたりはしたかもしれないけれど、これまでどちらかと言えば単発で楽しんできた作品を、アーティストの個人的・社会的背景や一連の流れをもっと意識してみようと思う。そう思うと、だんだんワクワクしてきた。
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| 2005年11月2日(水) |
| 物語の続き。 |
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高校生の頃、「早すぎる伝説」というタイトルで尾崎豊のライブ映像がTVで放送されたことがあった。それをビデオに録って、何度も何度も見た。そればっかり見ていた。小さなライブハウスで、激しすぎるライブ・パフォーマンスの合間に、「まだギターも歌も下手だけど、もっともっと練習して頑張ります」と言っていたのが印象に残っている。そしてぼくが大学生の頃に行われた最後のツアーの最終日には「また会いましょう」という言葉を残してステージを去っていった。そして、また会うことのないままに、それがファンに向けた最期の言葉になってしまった。
ジェームス・ディーン(1931-55)、ジョン・レノン(1940-80)、ジミ・ヘンドリックス(1942-70)、ジャニス・ジョプリン(1943-70)、松田優作(1949-89)、尾崎豊(1965-92)、鷺沢萠(1968-94)、リバー・フェニックス(1970-93)……、早すぎる死を迎えたアーティストたちが、もし今も生きていたら、と思うことがある。そんなことは思っちゃいけないんだろうなあと思いながらも、65歳になったジョン・レノンが今の世の中を見たらどんな歌を作るかなあとか、奔放な生活を送りながらも繊細な心遣いで周囲との距離を意識していた鷺沢萠さんは40歳を目前にした時にどういうスタンスを取っただろうとか、ジャニス・ジョプリンは40歳になっても50歳になってもあの迫力を維持していたのかなとか、松田優作とデ・ニーロの競演は観たかったなあとか、あんまりいい趣味とは思えないけれど、ふと思ってしまう。この間はジョニー・デップの映画を観ていて、リバー・フェニックスと少しダブった。
歳を重ねるというのは、一体どういうことなんだろう? 人生を全うするというのは、一体どういうことなんだろう? 年数自体にそれほど大した意味はないとは思うけど、歳を重ねればそれだけ生きる時間が長くなり、考える時間が増え、多くのことを経験できるということでもある。でも一方で、上に述べたような人たちは、短いながらもぶ厚い人生を生きたんだと思う。仲井戸麗市さんが、「作品よりも人生だ」というようなことを言っていたのを読んだことがある。作品に惚れたファンは、そのイメージをいつまでもアーティストに求めてしまいがちだけど、作品が人生という土台の上に成り立っているということを思えば、共感できる作品を創り出したアーティストの人生を想うことも、その作品を理解する上で大切になってくると思う。アーティストの成長や成熟と共に作風が変わってくる場合もあるだろうし、そうすればそこに勝手な反発を感じてしまうかもしれないけれど、そういうことも含めて知って、受け止めたいと思うほど魅力的なアーティストに出会えることは、とても貴重な経験だと思う。そしてその続きが知りたいなんて勝手なことを思ってしまったりするのも、愛すればこその心理だと思う。そしてそんな想像を働かせてみることは、ちょっと楽しい。
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| 2005年11月1日(火) |
| 繊細、かつダイナミックな読書。 |
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翻訳が楽しいと思い続けていられる幸せを感じています。楽な仕事ではないけれど、辛いとは思わないし、賢くもない頭をぐるぐる回して、色んなことを考える。そんなことは翻訳じゃなくてもできるし、翻訳じゃない方ができるという人もいるだろうけれど、ぼくには翻訳があっているみたいだ。本を読むのは昔から好きだったけれど、大学に入って読んだ吉川英治の『宮本武蔵』が決定的だった。でも、きちんと本が読めるようになったのは翻訳をするようになってからだと思う。それまではただ字を追って、面白い面白いと言って楽しんでいただけにすぎないような気がする。それでもいいんだけど、作者や作中人物など、自分ではない人間の心の襞まで掬い取るつもりで彼ら彼女らの立場に自分を置いてみることが本を読む楽しみの一つだとするなら、翻訳というのはその練習方法としても理想的だと思う(もちろん、ぼくにとっては、ということになるんだと思うけど)。日記を毎日書くようになって思うのは、自分でも分かっていない自分の気持ちが多すぎるということで、書こうにも書けないことが多い。そして改めて自分と向き合うということがしょっちゅうある。そうやって僭越ながら書く側の立場に立ってみると、最終的に選んだ一つの表現に込めた気持ちがとんでもなく深い場合が普通にあるということが分かる。読む側の立場で言えば、作者の真意を本当の意味で理解することは簡単なことじゃないということだ。「何か」を見落としている可能性が必ずある。本を読む醍醐味はそんなところにあるのかなと思う。
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