Diary
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2004年10月31日(日)
ハロウィン。

前に勤めていた会社でオーストラリアやカナダ、アメリカ出身の英会話講師と交流があり、顧客だった大学で彼らと一緒にハロウィン・パーティを開催したことがあります。
 日本ではあまり馴染みがないように思いますが、彼らに聞いた話では、日本で言うお盆の迎え火や送り火みたいな感覚のようでした。起源はケルト人の収穫感謝祭にあり、それが当時一年の終わりとされていた10月31日に行われていたようです。そして、この日の夜は霊界と自然界が接触できる時間帯であり、魔法が最も力を発揮する日なんだそうです。だからカボチャやとうもろこしなどの収穫物と、魔女やお化けの仮装が町を賑わすんですね。
 パーティを楽しみにする子供たちと、歴史的・精神的意味を知る大人たちとの間には、もしかしたら若干の温度差があるのかもしれません。それでも、亡くなった親族を想う気持ちは子供も大人も一緒だと思います。そう感じたのは、ジム・シェリダン監督の『イン・アメリカ』という映画を観た時でした。"Trick or Treat!" とはしゃぐ純真な子供たちと、精神世界に魅了され謎めいた雰囲気を持つ大人が出会い、愛する人を亡くした哀しみや喪失感を克服して共に再生していくという物語です。生死を越えた家族の絆と言い換えることができるかもしれません。
 海外からの友人たちと開催した大学でのハロウィン・パーティでは、バケツの中に浮かべたリンゴを手を使わずに食べるゲーム(Bobbing for Apples) などをして盛り上がり、学生たちにも好評のうちに終わりました。懐かしい想い出です。

2004年10月30日(土)
好奇心。

英語は中学生の頃から嫌いじゃなかった。高校生になると、英語で点を取るしか大学合格の希望が持てなかったのでそれなりに勉強はしたはずだけど、そんなに必死になった覚えもなく、でもそれは嫌いじゃなかったというだけで、傍目には勉強していた方なのかもしれない。その辺のところは自分では分からない。それよりも当時は、Bon Jovi の歌詞の方が大切だった。
 数学と化学は苦手だった。嫌悪していた。数学は、「右脳を鍛えるには左手を使うといい」とTVで見た翌日に、先生が黒板に板書したことを左手でノートに写しているのが見つかってノートを取り上げられた中学三年生の時に、その先生ごと嫌いになった。化学は、ただ理解できなくてついていけなくなった。
 今は肩を壊して野球どころかキャッチボールさえできなくなってしまったけれど、野球はかなり大きくなるまで趣味のレベルで一生懸命頑張った。でも小学校三年生で初めてチームに入った時は、21打席連続でヒットが打てなかった。それでも諦めずにまじめに素振りをして、五年生になる頃には野球が楽しくて楽しくて仕方がないようになっていた。
 何でも最初が肝心だと思う。最初はごちゃごちゃ言わず、勉強でもスポーツでも頭で理解するよりもむしろ筋肉に刻み付ける(注1)ように覚えることが大切な場合もあるけれど、それも分かるようになった自分とか、楽しめるまでうまくなった自分をイメージしながら好奇心を持続できている場合に限られる。好奇心の素が「試験に合格」のように外的な場合、持続させるのが難しい。だいたい試験みたいに人を試すような行為がぼくは嫌いだ(でもそれを乗り越える忍耐力も確かに必要だとは思う)。
 勉強を始める、あるいは始めさせられるタイミングもあるだろうし、もともとの素質みたいなのもやっぱりあると思うけど、必ずしも教える側の問題とか教えられる側の態度とかの問題ではないと思う。どちらかと言えば、教えられる側、これから始めようとする側の我慢が足りない場合が多いようにも思う(注2)。でも何よりも、好奇心を持てているかどうか。好奇心を持つということは新しいことを始めるということだから、すでに日常のあり方を確立した忙しい大人には持ちづらい。大きくなるにつれて好奇心が薄れていくのも、ある部分ではやむを得ないのかもしれない。でも、それは自分で成長を諦めてしまうことでもあるような気がして、ちょっと寂しい。
 子供時代のことで言えば、たとえば「分解されることを拒み、常に自分自身であり続け、美しさと引き換えに孤独を背負ったもの=素数」だと教えられたなら、ぼくは数学の虜になっていたかもしれない。そうなったら今とはまるで違う自分になっていたとまでは思わないけれど、少なくとも選択肢は一つ多かったはずだ。でもそのあったかも知れない選択肢が一つなかったおかげかどうかは分からないが、今は一つ、土手っ腹の奥底からマグマのように湧いてくる好奇心が抑えられず、周りの心配をよそにこんな生活を送っている。好奇心とは、適度に持つべきものなのかもしれない。

注1)
大学であろうことか商学部に入ってしまい、簿記に苦戦していたぼくを救ってくれたのは、「簿記は3級程度までは筋肉で覚えるんや!」という川嵜さんの一言でした。ありがとうござました。

注2)
ぼくは人格形成に大切な時期に21打席連続ノーヒットという辛苦を舐めているので、割と気長な方だと思う。

2004年10月29日(金)
救援物資。

新聞やTVのニュースで、新潟の被災地では水や保存食料などの救援物資が余って保管場所に困っているというニュースが目立つようになってきました。そうなると、ニュースでしか状況を知ることのできないぼくたちは、物の面では少しは落ち着いてきたのかなと思ってしまいますが、ボランティアの方たちの力が欠かせない現地では完全に統制の取れた連絡網は期待できないでしょうし、ひっそりと避難されている方もいらっしゃるはずです。我慢している人もいると思います。本当のところがどれほど把握されているのか、不安が残ります。毛布は間に合っていると言っても、仮設住宅が準備できるまでまだ一ヶ月以上かかるようですし、体育館や公民館に寝泊りされている方にとってはこれからの寒さを思うと、毛布は必需品だと思います。市町村レベルで充足している、余っているということは、必ずしも困っている人がいなくなったということではないような気がします。阪神大震災の時もそうでした。でも、ぼくの取り越し苦労であることを願います。
 効率よくなんてできないだろうし、ムダもいっぱいでると思いますが、それでも余るほどの物資を送ろうとする人はたくさんいるのですから、連絡網から漏れていない人がいないかどうか、きちんと確認してほしいです。TVや新聞の力は、時に大きすぎることもあります。孤独感じゃなく、孤立感を取り除いてあげてほしいです。

 ボランティアの方や消防署、市役所の方を含め、みなさんが寒さや疲労に負けないで、哀しみを乗り越えて頑張ってくださいますように、心よりお祈り申し上げています。

2004年10月28日(木)
「まぁみなさんっ、聞いてください!」

毎月定例の行事なのですが、駅前の銀行で家賃と駐車場代を振り込みました。別の銀行に口座を持っていたのですが、余計な手数料がかからないようにと思って昨年新たに口座を開設したのです。それなのに、今月から手数料改定ということで時間帯や振込金額に関わらず、手数料が発生するようになっていました。振込手数料が無料になるなどお得だということで口座開設時に勧められたインターネットバンキングが利用できる商品も、今回の改訂で同じく振込手数料がかかるようになっていました。
 資産価値があると言われ続けていたNTTの加入権が今さらのように財産権に当たるのかどうか検討されている問題と同じで、「ある」と言われていたものが(一般の利用者には全く関係のない事情で)「ない」に変更されたり、「手数料0円」という謳い文句で勧誘した商品の手数料がかかるようになったりというのは、変更そのものではなくて、変更の発表の仕方に問題があるんじゃないかなぁという気がします。いつの間にかHPで「振込みについて手数料を一律***円にさせていただきます。何卒ご理解を賜りますよう」と言われても、釈然としないものが残ります。勧められるままにインターネットバンキングを利用できる商品にしていたら、憮然としていたと思います(「責任者出て来いっ!」 という感じです)。事情があるのは察することができるので、居直ったような態度で変更を説明したり報告したりするのではなく、「すいません、けっこううちらも厳しくて……、でもこれからも頑張りますので」と言われたら、「そうか、しゃあないな」と少なくとも個人的には引き下がります。
 事情はもっと複雑で難しい問題を孕んでいるのだと思いますが、一人の利用者として単純にそんなふうに感じました。でも、偏屈なだけのように思われそうなので、ところどころ人生幸朗師匠風に書いてみました。

2004年10月27日(水)
『裏窓』。

気分転換に、ヒッチコック監督の『裏窓』を観ました。足を骨折して一歩も外に出られない男が、退屈しのぎに望遠レンズをつけたカメラでひたすら部屋の裏窓から向かいのアパートに住む住人たちの生活を覗き見るのですが、その中のある男に注目、事件を確信し ……、という話です。
 主人公が動けないため、シーンはその部屋の中か、望遠レンズ越しに見る向かいのアパートの部屋ということになり、大きな動きはありません。派手なアクションがあるわけでもなく、音楽も最低限に抑えられているのですが、それでも主人公が覗く向かいのアパートの住人たちの細切れの日常を紡いでいくことで、事件の予感はどんどん高まっていきます。カメラマンという職業柄か男の好奇心はどこまでも強く、さらにお節介な看護婦さんや男に気に入られたいと願う女も積極的に事件に絡んでいき、見ているこっちの方が「もうええにしといて」と言いたくなるほど、サスペンスは盛り上がりを見せます。あと、恋人役のグレース・ケリーがとにかく綺麗でした。
 実はヒッチコックの作品をきちんと観たのは初めてで、DVDのパッケージや色んな雑誌でよく見かけるヒッチコックの横顔を見ても、大滝秀二にそっくりだなぁ、という感想ぐらいしか持っていなかったのですが、さすがに卓越した手法で描かれていました。次は『ハリーの災難』が、脇のテーブルで待機中です。

2004年10月26日(火)
シエスタ。

今日は昼からシエスタの時間を取りました。シエスタというと――太陽が燦々と照り、潮の香りとともに風が吹きぬけ、近くのビーチではしゃぐ子供たちの声が聞こえてくる中、木陰のハンモックに寝そべって……というイメージが、正しいかどうかは別としてぼくの中にはあるのですが、あいにくこの部屋の窓は北向きで、朝でも晴れた日でも太陽の光が射し込むことはなく、洗濯物の室内干しは確実に乾きません。おまけに今日は朝から雨が降っていました。そんな中、芥川龍之介を読みながら1時間ばかりうつらうつらとしていました。
 今日のように、気がつくと1時間ぐらい経っているということもたまにありますが、たいていは15分とか30分で目が覚め、それだけで15分とか30分前と比べてずい分とすっきりしています。眠りが深いのかなとは思いますが、人間の体は深夜の12時を軸に前後数時間がやはり眠りに適しているということも聞きますし、それなのにこんなに気持ちのいいシエスタには摩訶不思議な魅力があります(ただのぐうたらの理屈ではありません)。
 平日に昼寝というと働くみなさんに申し訳ないと思い、少しでもそれっぽく聞こえるよう、シエスタという言葉を使ってみました。

2004年10月25日(月)
義援金。

埼玉県行田市が、昨年末に市の粗大ごみ処理場で見つかった現金3380万円を新潟県中越地震の被災地に義援金として全額送金することを決めたというニュースを読みました。久しぶりに、心の温まるニュースを読んだ気がしました。金額とかお金の出所とかじゃなく、全額、というのがいいと思いました。
 お金は余裕のある人もない人もいるので、募金活動を積極的にアピールされても、その一方でそれ故に辛い思いをする人もいて少し心苦しく思ったりもしますが、今回の行田市のような判断は、ホントにいいなぁと思いました。

2004年10月24日(日)
メカオンチ。

パソコンを立ち上げると「新しい更新の準備ができました」と親切なメッセージが表示されたので、新種・新亜種のウィルスが続々と悪さをしている昨今、システムは可能な限り新しい方がいいだろうと思い、ぼくは言われるがままに「今すぐ更新する」を選択しました。新しい更新が完了し、再起動してくださいと言われたので「再起動」ボタンをクリックすると、再起動後、妖しげな赤色を多用したウィンドウで、「コンピュータが危険にさらされている可能性があります」とピコピコとメッセージが出ました。毎年アンチウィルス・ソフトを継続購入し、毎週ウィルス・スキャンを実行しているのに! おそらく、今回更新した内容とアンチウィルス・ソフトがうまくリンクしていないだけだとは思うのですが、それにしてもPCを使っていて時折出てくるエラーメッセージの類は、一生懸命に読んでも結局どういうことなのか、どうしていいのか分からず、不安をかき立てられるばかりということがよくあります。
 裏を返せば、それ以外の大半の時間はコンピュータの何も分からないままににその恩恵に与っているわけで、ホントに便利だなぁと思います。クリック一つで文書が保存され、HPの更新ができ、メールを送信することができます。クリックしてからその機能が実行されるまでの間にこの薄っぺらいPCの中で何が行われているのか、ぼくにはさっぱり分かりません。便利さとは、(素人にとっては)危ういものだなぁという思いが常に感謝の気持ちの裏っ側にぺたっとへばりついているような感じです。
 だけど、どうにかこの技術の進歩にエンドユーザとして必要最低限のレベルででも付いていかないと。

2004年10月23日(土)
フェアプレイ。

今日はTVでJリーグのレッズvsアントラーズを観ました。レッズの攻撃陣は今日も絶好調で、エメルソンがドリブルで突破してシュートを放てば田中達也はこぼれ玉に反応し、永井がサイドをドリブルで駆け上がり、長谷部がボールを散らし、闘莉王は肩を怒らせながら前線から自分のポジションにすごすごと戻り、見ていて本当に楽しかったです。モチベーションの高さがビシビシ伝わってきました。
 一方のアントラーズも劣勢をどうにか跳ね返そうと小笠原選手が積極的にゴール前に顔を出したり、本山選手がドリブル突破を試みたり、そしてもちろん鈴木隆之選手は後ろからのチャージを何度も受けながらもボールをさばき、一進一退の攻防が最後まで続きました。
 でも、ところどころでレッズのDFがプレーとは関係のないところでアントラーズの鈴木選手の髪を引っ張ったり、途中から入ったアントラーズの本田選手が後ろから結構激しく削っていたり、ちょっと試合が荒れそうになった部分もあって、ちょっと残念でした。
 試合が終わって、決勝ゴールを決めたエメルソン選手がインタビューを受けている後ろの方で、アントラーズの本田選手がグラウンドになだれこんできたサポーターともみ合いになってゴールに蹴り込まれているシーンが写っていました。投げ込まれた空き缶を投げ返したそうです。
 「常識」という言葉はあまり好きじゃないのですが、どの世界にも「その世界の常識」みたいなのが存在して、サッカーで言えばピッチ上での少々のラフプレーや、興奮したサポーターと選手のもみ合いもそういう範疇に入るのかもしれませんが、その世界を出た時の常識ではないことは、やっぱりその世界だからと言って見ていて気持ちのいいことではありません。サッカーに限らず、ニュースとか見ていて最近よくそう思います。

2004年10月22日(金)
携帯電話。

知らないうちに携帯の調子がサイアクに悪くなっていて、メールを一週間ぐらい遅れで受信しているようです。果たして全てのメールを受信しているのかどうかも怪しいし、電話はアンテナマークが5本も(!)立っているのにつながりません。ということは……、何の役にも立っていない!!!
 元々いつでもどこでも連絡が取れる状態に自分を置くことにそれほど興味がなく、だけど携帯電話が圧倒的に普及してしまったために携帯を持っていないことを不便に思う人(あるいは不憫に思う人)が増え、ぼくの周りでもそういう人が増え、それで購入したのがニ年程前でした。この間にも携帯はさらなる発展を遂げ、ぼくの携帯は今ではどうやら見た目にも機能的にも旧式と呼ばれるにふさわしい部類に入っているようです。
 電話とメールが使えればそれでいいやと思って、別に買い換えるつもりもなかったのですが、携帯持ってますよ、と告知しておきながら実は電話もメールも使えなくなっていたとなると、それは周りの人に不便な思いをさせているというよりはむしろひどい不義を働いているようで、大変失礼致しました。近々買い換えますんで。

2004年10月21日(木)
TOKAGE。

なかなか納得できないようなことでも、経緯を聞くと「あぁ、なるほどね……」と一応は思えることがあります――というようなことを、台風のアジア名を見ていて思いました。
 先日の台風23号は「TOKAGE(とかげ)」、南の海上で現在発達中の24号は「NOCK−TEN(ノックテン)」というそうです。「なんだ、そりゃ???」というような名前が続くなぁと思っていたのですが、台風には発生した年(西暦)の下二桁とその年に発生した台風の通し番号二桁をあわせた国際共通番号(例えば2004年の台風23号であれば、「T0423」)というものがあって、さらに日本の周辺で発生する台風に関しては、それとは別にアジア各国とアメリカで構成するナントカ台風委員会というところが採用しているアジア名というのがあるようです。アジア名は委員会に加盟する12ヶ国2地域がそれぞれ10個ずつ名前を出し合ってあらかじめ決めてあって、全部で140あるそうです。たとえば中国から出された「ロンワン(銀の王)」、「フンシェン(風神)」、ミクロネシアからは「イーウィニャ(嵐の神)」とか「フィートウ(花の名前)」、ベトナムから「サオマイ(金星)」、「バービー(ベトナム北部の山の名前)」、フィリピンからは「ビリス(スピード)」、「ダナス(経験すること)」などなど。そして発生順にその140をどんどん使っていって、何年かかろうがその140を使い切ると、また1個目に戻るそうです。
 よく分からない名前があるのは、色んな国の言葉だからなんだな、と納得し、だけどそこで、日本から提案されたアジア名がどうして「TOKAGE(とかげ)」とか「KOPPU(コップ)」とか「USAGI(ウサギ)」なんだろうと思っていると、これは、日常頻出するような名前を使って色んな利害が絡んできたり、気象情報に誤解が生じたりといった弊害が生じないよう、なるべく「中立的な」名前にするために自然の事物である星座名を利用したそうです、しかも極力マイナーな。トカゲ座とかコップ座、ウサギ座というのもあるんですね。
 「へぇ、なるほど……」と思いながらさらにもうちょっと調べてみると、アジア名を使用する目的は、1)国際社会への情報に台風委員会が決めた名前をつけてそれを利用してもらう、2)アジアの人々になじみのある名前をつけることで人々の防災意識を高める、ひいてはアジア文化の尊重、相互理解の強化、連携の強化につながる、からだそうです。
 ここばかりは、「あぁ、なるほどね……」とは思えませんでした。こんな立派な大義が掲げられていなければ、「へぇ……、」で済んだような気もするのですが、こういう大そうな目的を列挙し、それを達成するための手段としてアジア名の利用が採択されたというのであれば、それはイマイチ腑に落ちません(もちろんアジア名を使う以外にも色んな対策は採っておられるのでしょうが)。おっ、今回の台風23号は俺たちにもなじみのあるTOKAGEだ、みんな戸締りをきちんとしろ! 防災意識は高めたか!? なんてことにはなりそうにないし、わざわざ調べてノックテンがラオスの言葉で「鳥」を表す単語だと分かったところで、それ以上ラオスの何も理解できません。色んな事情で外の様子を見に行って被害に遭われた方や、家の中にいてさえ家ごと被災された方は、台風何号であろうと、アジア名が何であろうと、様々な情報を頼りに自分で最善と思える判断をした結果のはずです。
 今までは何の関心も持ってなかったくせに今頃になって勝手に気になって勝手に調べたことに対して一人で何を怒っているんだ、という感じもしますし、台風委員会に言いがかりをつけているだけのように思われそうな気も少しはしますが、決してそんなつもりじゃないんです。でも、一般の生活レベルでの苦労とかけ離れたところで、マニュアル作っときました、みたいな感じがして、やっぱり納得がいきません。防災意識とかアジア文化の尊重とか言われても、「違うんだよ」という感覚が胸の内にこびりついてしまいます。少し哀しくさえなってきます。
 でも言いたいのは台風委員会の方たちへの文句などでは決してなく、「被害を受けられた方、どうか頑張ってください」ということなんです。

2004年10月20日(水)
お知らせ。

このHPに、BBS(掲示板)を設けようと思っています。ぼくが書く文章を読んでいただくだけでは物足りないかなぁと思ってはいたのですが、ここを訪れてくれるみなさんが書き込めて、みんなで楽しめる場になればいいなぁと思っています。
 ただ、あまり繁雑なものになってもいけませんので、「自分の好きな本の紹介」というテーマを設定したいと思います。みなさんがこれまでに読んで面白かった、若いモンもこれぐらいは読んどけ、これはぜひオススメ! といったような本を教えてください。小説でも絵本でも詩集でも何でも結構です。そして、それは自分も読んだぞ、うん、面白かった、という方はぜひ感想などを書き込んでください。まだ読んでないなぁ、という方にとっては次に読む本として参考になればと思います。
 近々設置する予定ですので、ぜひ、みなさんも好きな本を紹介する準備をしておいてください! 

2004年10月19日(火)
自分のことばで。

できるだけ色んな文章に触れるよう心がけています。波長の合うものだけでなく、鼻につくような文章でも、鼻につくからといって途中で投げ出すことはしないようにしているつもりです。これまでは好き嫌いで切り捨てるところがあったけど、そのラインはどこで何で引かれているのかを知りたいと思っています。ぼくはあんまり物事に意味とか理由を求めない方だと思います。理屈をこねられると理屈で返したくなって大いに理屈っぽくなることもあるけれど、基本的になんとなく、という感じでここまで来ているといっても、それほど大げさではありません。だけどその「なんとなく」という感覚は、非常に大切にしています。それを、最近は自分なりに解析したいと思っているというわけです。
 文章に限らず、人と話していたり、人が話すのを聴いていたりして、いや〜な気分になることがあります。理由を聞かれても、自分ではなんとなく分かっているんだけどイマイチ言葉にしきれず、だけどやっぱり受け容れられない……。以前は、それぞれに考えるところがあって、その焦点みたいなのが違うから話がかみ合わなかったりすることだってあるさ、みたいに思うようにしていたのですが、やっぱりそうでもないような気がしています。
 そうそう、ぼくもそう思ってたんよ、というようなことを的確な言葉で表現している本を読んで、目から鱗がぽろぽろぽろぽろ落ちるような経験をさせられたことが何度もあります。一方で、ぼくと同じように「なんとなく」的な流れで書かれた文章なんだけど、書いた人の心境が心のど真ん中に響いてくるような場合もあります。両極端に位置するような両者に共通しているのは、一つには「自分の言葉で書いている」ということがあると思います。ここをさらに掘り下げて考えていきたいと思っています。
 結局、今日の日記に結論めいたものも、そしてもちろん意味もなく、ただ、ぼくは今こんなことをなんとなく考えています、という報告でした。

2004年10月18日(月)
挑戦を諦めない。

TV大阪の『ザ・ヒューマンD』というドキュメンタリー番組を見ました。取り上げられていたのは今月一日に西宮から単独無寄港世界一周の旅に出た堀江謙一さんでした。今回の旅にまつわる色んな人の協力の模様が紹介されていて、あらためて堀江さんの人徳のようなものを感じました。堀江さんは自身の著書『太平洋ひとりぼっち』でも書いていますが、「孤独と孤立はちがう」ということを身をもって体験されている方なんだと思います。
 『太平洋〜』では、1962年、堀江さんが23歳の時の太平洋横断の様子が詳しく描かれています。何度も台風に見舞われたり、フカの群れに遭遇したり、まさに悪戦苦闘の壮絶な94日間なのですが、それをしかも平然と語っているところなどには、堀江さんの底知れぬスケールの大きさを感じます。堀江さんのヨットが「マーメイド」と名付けられた経緯なども分かります。ぼくの手元にあるのは最近になって復刊された版で、帯には「挑戦を忘れたニッポン人へ」とあります。
 堀江さんは来年の五月に帰港予定です。ぼくはそれまでに何を成し遂げることができるだろう。挑戦を諦めずにいようと思いました。

2004年10月17日(日)
電車に乗っていると。

東京で大学に行っていた頃、片道約20kmの道のりを週に半分は自転車で通っていました。朝は晴れていても授業が終わって夕方になると雨が降っているということも何度かあって、そんな時はずぶ濡れで帰ることになるのですが、でもそれはそれで楽しかったりしました。さすがに今ではぼくもそこまで子供じみてはおらず、よく電車を利用します。
 電車に乗っていて一番腹が立つのが、つり革に掴まって立っていて、ぼくよりドア寄りのつり革に掴まっていた人が降りる時にドアの方に向かいながらけっこう最後までつり革を放さず、もう降りるという頃になってようやくつり革を放すことです。そんな位置で放されたつり革は当然ぷらんぷらんとこっち目がけてスウィングすることになり、注意していないとおでこの辺りに命中することは自明の理です。ちょっと考えれば隣りに立っている人間に迷惑がかかるということぐらい分かりそうなものなのに、それにそもそもどうしてそこまでつり革を放さないのか、ああいう人にはかなり腹が立ちます。おじさんにそういう人が多いです。あと、一人で三つも四つもつり革を集めて両手で持っていたり。ったく、最近のおじさんは……。

2004年10月16日(土)
娯楽としての読書。

読みたくて買った本と観る予定のDVDを、机の脇のテーブルに置いています。それが山になり山脈をなし、崩れ落ちそうになってきました。DVDを観る速度はさすがにみんな一緒だと思うけど、本を読む速度は人によって差があると思います。ぼくはゆっくり読みたいのだけど、次のページが気になってさっさと読んでしまいます。それなのに次のページを読んでいる時は、さっきさっさと読んでしまったページが気にかかり、さらにはその次のページも気になっています。いや、気になっていました。過去形です。自分のそんなところを反省して、最近は時間が許す限り、じっくりと味わいながら読むことを心がけています。
 書かれたことはすでに書いた人の手を離れてしまい、読み手がそれをどう受け止めるかにはどうしても個人差がありますが、書き手としては「そんなつもりじゃなかった」ということはできるだけ避けたいはずです。高尚な文学の時間では、そんな読み方じゃいけないのだ! と一喝されることもありますが、基本的に読書は自由な娯楽でいいと思っています。どんな読み方も「あり」だと思います。でも最近はぼくなりに書いた人のことを最大限に尊重して、プロットだったり全体的なイメージだったり、著者が目指していたんじゃないかなぁと思う方向に追いかけながら読もうと心がけています。でも、それすらもぼくの独断ですし、しかも結構疲れるので、もっと気楽に読んだりもします。その方が多いです。やっぱり読書の基本は娯楽だと思います。

2004年10月15日(金)
ココアを飲みながら。

コーヒーをよく飲むという話をこの間日記に書いたばかりだけど、今日はココアにしました。牛乳を切らしていたので、お湯で作りました。ココアを飲みたくなるなんてまるで冬だ、と思いながら、めっきり寒くなったここ数日のことを振り返ったりしました。余裕のないはずの時に限ってこんな余裕を見せるぼくは、誰とも交わしていない約束を一人で守ったり、水曜日と木曜日をわざと間違えて一日分焦ってみたりすることもあります。

2004年10月14日(木)
Handsome Devil

梅田に出たついでにタワーレコードに寄り、Jim Bianco のアルバム "Handsome Devil" を買いました。数ヶ月前に、「村上春樹のファン」という触れ込みのポップとともに並んでいるのを見つけ、その時は試聴もできたので聴いてみると、ぼくの好きなトム・ウェイツを思わせるしゃがれた声で歌う楽しいメロディが流れてきました。だけど最近はCDを買いすぎていることを反省して自粛していたので、その時は試聴だけにしておきました。それからも何度かタワーレコードに行く機会はあって、だけどあの日以来このアルバムは試聴コーナーから消えていました。他の何十万枚、何百万枚ものCDと同じように黙って棚に並ぶ Jim Bianco を手にとっては、「だいたい『村上春樹が(も)ファン』っていうのならまだしも、『村上春樹のファン』って言われても、それでこのアルバムの何の説明になってるわけでもないしなぁ」とか、「トム・ウェイツに似ているから気に入ったのなら、家に帰ってトム・ウェイツを聴こう」、「でも自主制作で出しているっていう姿勢が好きだな」、「ここまで惹かれるのも何かの縁かもしれないし……」ということで今日買うことになりました。
 さっそく聴いてみると、「夕暮れ時、人の少なくなった海辺の遊園地で、音楽が好きで好きでたまらないといった人たちがアコーディオンやピアノ、ギター、サキソフォンを持ち出してきて演奏している風景」が思い浮かびました。おもちゃ箱を開けたような時のような嬉しさと楽しさと、そして最後の曲を聴いた後にはおもちゃ箱が夢だった時のような寂しさがありました。

2004年10月13日(水)
キンモクセイ。

夜、散歩に出かけると、風に乗ってキンモクセイの匂いが漂ってきました。匂いは記憶に直結しているといいますが、ずっと思い出したこともなかったようなことが匂いを媒介としてすっと思い出されるのも、記憶が映像やその時の心境だけでなく、匂いという要素も含めて成り立っているからだと思います。古いアルバムを見返したり、昔の友人と再会したりして思い出す場合とは趣が若干違って、匂いの場合は無意識のうちに記憶が甦ってきてしまうわけで、それは不意をつかれるだけにこっちは無防備だし、必ずしも懐かしい記憶ばかりではなく、思わず泣きそうになったり、胸が締め付けられたり、あるいは別に思い出さなくてもいいようなことだったりすることも少なからずあるように思います。いつどこでどんな匂いに遭遇するか知れないという不安定要素を考えると、匂いが記憶に及ぼす作用には、結構ハラハラドキドキされられます。
 今日はキンモクセイの匂いの中を歩きながら、本宮で暮らしていた頃のことを、思いがけず思い出していました。

2004年10月12日(火)
ほどけた靴紐を結んで。

ランニングシューズに、時々読んでいるマラソン雑誌で買ったシューポケットという小物入れをひっつけています。靴紐の部分が隠れるぐらいの控えめなサイズで厚さもそんなになく、少々の雨が降ったりドリンクをこぼしたぐらいでは中にまで滲みこまない素材でできています。紐状のマジックテープを靴紐に通して甲の部分に貼り付けるように装着し、千円札を小さく折りたたんで入れておいたり、万が一の時のために名前や連絡先、血液型を書いた紙片を入れたりして使うものです。
 今日も走ってきたのですが、信号に引っかかったところで靴紐がほどけかかっていることに気がつき、しゃがんで結び直し、何の気なしにシューポケットのマジックテープをばりばりと剥がして中を見ると、500円玉発見!!! 
 ぼくは時々、忘れた頃に見つけて喜ぼうと思って名刺入れのポケットやなんかに千円札を忍ばせておくことがあるのですが、たいてい忘れません。絶対にその千円札も含めて所持金総額を算出しています。が、今回ばかりはいつ入れたのかも思い出せないぐらい、すっかり忘れていました。500円あれば文庫本一冊ぐらい買えますし、飛び上がって喜ぶほどのことではないにしても、いつもよりは心なしか、すいすいと帰ってきたような気がします。

2004年10月11日(月)
夜中に飲むコーヒー。

眠気覚ましを兼ねて、よくコーヒーを飲みます。業務用みたいな大きな缶に入った1kg入りの安いコーヒーです。お湯を沸かして、ペーパーフィルターをセットして、こぽこぽとお湯を注いでいる時間も、気分転換にはいいです。カップはミッドナイトブルーといった色合いのガラスのマグカップを使っています。飲み干す時にカップの底越しに目の前を見ることになりますが、そんな時はたとえばPCのスクリーンに並ぶ文字や、本棚にならんだ文庫本の背表紙、食器棚にしまってあるお皿やお茶碗なんかがミッドナイトブルーに染まります。色合いが変わると見える景色の雰囲気も変わり、口に当てたカップを傾けたまま、おそらく傍目には妙な格好だと思いますが、ミッドナイトブルーのPCや文庫本、食器類にしばらく見入っていることがあります。
 海に潜るとこんな感じかなぁと思ったりすることもあります。数年前に『エンドレス・サマー』という映画を観てからはサーフィンに憧れたりもします。実はマリン・スポーツは経験がありません。大阪などからわざわざサーフィンやスキューバ・ダイビングをしにやって来る人もいるぐらい「いい海」の近くで育ったにも関わらず、地元では海水浴もあまりしたことがありませんでした。
 もちろん、マグカップの底越しに狭っ苦しい部屋を見回したぐらいで海に潜った気分になんかはなれませんが、夜中、一人で行き詰ったりしていると、波打ったマグカップの底が演出するフィルター効果に、若干嬉しくなったりしています。そういえば、カーテンやベッドカバーを青にしたのも部屋を海のイメージにしたかったからだし、以前は風呂場の電球まで青いのに替えて同じような効果を楽しんでいました。いつか、バーチャルではなくて本当の海に遊びたいと思います。

2004年10月10日(日)
赤いヒゲ。

時々、一本だけ赤いヒゲが生えてくることがあります。周りは黒いのに、一本だけです。何代か前のぼくの知らないご先祖様に赤毛の人がいて、その遺伝子が世を隔てて一本だけぼくに赤いヒゲを生やしたのかもしれないと思うと、人体って不思議だなぁと思います。
 そんなことはないにしても、なんでもかんでも科学的に解明しようとしたり理屈で説明をつけようとしたりせずに、世の中の事象とは基本的に人智を超えて不思議なものだという認識をしていれば、謙虚でいられるような気がします。勉強して色々分かっていこうとする努力や、自分の力でどうにかしてやるという意気込みももちろん必要ですが、謙虚な姿勢というのも、それと同じぐらいか、もしくはそれ以上に必要だと思います。

2004年10月9日(土)
アナグラム。

このHPでは、"My Song"のページでそれぞれの文章の最後に数行の英詩を書いているのですが、各行の頭のアルファベットだけを縦につなげると、その文章に関連のあることばになるようにしていました(こういうやり方は、「アナグラム」といって言葉遊びの一種なのですが、アメリカの学校などではクリエイティブ・ライティングの授業でも取り入れられているそうです)。それが、先日アップした "Simple Twist of Fate"では断念してしまいました。文章を通してテーマとしたかったことを踏まえて、「NO FATE」という言葉を考えていたのですが、納得のいくものを作りきれず、文中に出てきたタンポポについて綴ったものを使用しました。
 アナグラムのようにかなり厳しい制約の中で何かを書くという作業は、難しいのですがとても楽しく、創作に興味のある方や、よっぽど暇な時間ができたという方にはオススメです。
 「NO FATE」でいいのができたら是非お知らせください! ちなみに昨日の日記ではありませんが、「NO FATE」というのはぼくの長年のモットー(の一つ)でもあります。

2004年10月8日(金)
安全第一。

雨の合間に、一駅向こうのビデオ屋さんに行ってきました。その間の国道43号線沿いには鉄工所や整備工場があったり、最近では工事中のブロックもあり、何度も「安全第一」という標語を目にします。この標語は第二次世界大戦当時、生産性の向上をひたすら追究していた時期に事故が多発していることを反省したアメリカの鉄鋼会社が初めて掲げたものだと言われています。そしてそれが功を奏し、事故は大幅に減少し、さらに生産性も向上したそうです(ぼくが目指している「悠々と急ぐ」精神も、こんな感じです)。
 標語とかモットーというものは、掲げる時点では達成できていないから掲げるのですが、掲げて意識すると(あるいは意識して掲げると)、達成に近づくためにはどうすればいいのかということを常に考えることにつながるという利点があると思います。
 結局ビデオは特に見たいものが見つからず、明日は台風が上陸するかもしれないということで、帰りにスーパーに寄って色んな食材を買いこんできました。先の台風以来、避難所での生活を余儀なくされている方もまだいらっしゃると思いますが、どうぞご自愛ください。何事もなく台風が過ぎ、またぼくたちの頭上に青空が広がりますように。

2004年10月7日(木)
かばんに学ぶ。

出かける時は基本的に手ぶらが好きで、何でもかんでもジーンズのポケットに押し込んで、文庫本だけ手に持って電車に乗ったりします。だけど、ちょっとのんびりと喫茶店で時間を過ごすことが予想され、ちょっとした仕事でもしようかと思う時は、何年も前にもらった紀陽銀行のトートバッグに一揃いざっくりと入れて出かけます。
 もともと濃い水色だったのですが、乱暴に何年も使い込み、洗濯に洗濯を重ね、日にも褪せ、今ではかろうじて水色が残っている程度になっています。それでもどこも擦り切れたりすることなく、ぼくが身に付けるものとしてはリーバイスのジーンズの次ぐらいに使用頻度が高くなっています。
 とは言ってもパーティーやなんかに持っていくわけにはもちろんいかないのですが、普段持つカバンに備えていてほしい要素としてこれ以上求めることはありません。これ以上シンプルにできないほどシンプルに描かれたライオンのイラストも、下手なのか上手なのか結構微妙ですが、何年も付き合っているとそれなりに愛着が湧いてきます。
 この水色のトートバッグにゴージャスなファーがついている必要がないように、自分の「分」にあった存在感とか、存在価値を求めていけば、自分に必要なものとそうでないものとが意外と明確になってくるのかなぁと思いました。

2004年10月6日(水)
大山崎山荘美術館。

久しぶりに青空が広がり、京都の山崎まで車を走らせて大山崎山荘美術館に行ってきました。ずっと国道を走ってきたのでそれなりに時間がかかったのですが、ようやく辿り着いたそこには心地よい風が吹いていました。広い敷地に入ると深い緑の紅葉が空を覆い隠すように生い茂り、もっと葉っぱが赤く黄色く色づく頃はきっと綺麗だろうなぁと思いました。
 大正時代に建てられた洋館で、増改築を繰り返し、現在は美術館として利用されています。落ち着いた色合いと控えめなたたずまいは周囲の閑静な景観と調和し、内に入ると磨きこまれた木の風合いや趣のある暖炉、重厚な柱時計などが時を越えてそこに在り、大正時代にタイムスリップしたかのような不思議な感じがする一方で、大変居心地の良い空間になっていました。夏目漱石も訪れたそうですが、当時の著名な人々がもしかしたら座っていたかもしれないソファに深々と落ち着けば、葉巻の一本でも吹かしたい気分になりました。

2004年10月5日(火)
毛布の思い出。

朝晩すっかり涼しくなりましたね。みなさん、お変わりございませんか? 気温も一気に20℃前半にまでなっているようで、明け方などは必死に布団を探しています。
 昨日までは薄い掛け布団を一枚ベッドの上にほったらかしていただけだったのですが、今日は毛布を一枚洗濯しました。どうかなと思いながら洗濯機で回したのですが、小さい頃は風呂場でタライに入れて、足でジャブジャブと踏むのを手伝った記憶があります。今でこそ、「そんなこともあったな」と懐かしく振り返っていますが、もしかすると当時はタライの中の毛布を足でジャブジャブと踏んでと言われてイヤイヤやっていたかもしれません。面倒くさくて、母親に文句の一つや二つ、あるいは三つ四つぐらいは言ったかもしれません。自分に都合の悪いことはすっかり忘れて、都合のいい思い出にしてしまっていることもきっとたくさんあるはずです。過去に自分がどんなだったかも忘れて、今の自分にいい気になっていたり(幸い? 最近はそんなことはあり得ませんが)、自分ひとりで大きくなったかのような態度をとってみたり……。そんな態度をとっていられるうちに立派な人間になりたいと願いながら、今日まできてしまいました。
 朝晩すっかり涼しくなったというだけなのに、こんなに反省してみました。

2004年10月4日(月)
信号待ち。

普段走っているコースにはいくつか交差点があるのですが、そこに差し掛かるともちろん、信号が青なら進むし、赤なら止まります(黄色の場合は基本的に、注意しながら進みます)。そして、その時にだいたいその日の体調が分かります。体調も良くて順調に走れている日は、信号が赤に変わって止まらないといけなくなるともどかしく思うのですが、「赤になれ、赤になれ、」と呪文を唱えるように心の中で呟いている日もあって、そういう時は、しんどくて止まりたくて、だけど一旦止まってしまうと次に走り出すのが余計にしんどいということも分かっているし、それに、それなのに止まってしまう自分の弱さを認めるのもイヤだし、だから止まらざるを得ない理由を外部に求めている時です。「うわぁ、赤や、しゃあないな、止まるか」と嬉しそうに止まるのです。
 走っていると、そういうどうでもいいような気持ちの移り変わりも含めて、知らず知らずのうちに色々なことを考えたりしていて、時にはもうじっとしていられなくなるようなアイデアが浮かぶこともあり、そしてもちろん、どんどん夕焼けていく空を見ながら走るのはやっぱり気持ちいいし、平凡な日常の中でそれなりの刺激を味わいながら過ごしています。

2004年10月3日(日)
うわっ……。

日本ハム、サヨナラ負けや……。

2004年10月2日(土)
259。

平凡な打率かと思うようなこの数字は、今シーズン、イチロー選手が今日までの159試合で放った安打数です。1920年にジョージ・シスラー選手が記録した257本を今日の試合で一気に抜いて、84年ぶりに大リーグ記録を塗り替えました。84年といえば、ぼくが今まで生きた年数分だけもう一回生きて、さらに三回目に入って大学に入学したぐらいです。
 第一打席でさっそくタイ記録に並ぶヒットを打ち、三回裏に回ってきた第二打席でセンター前に抜けるクリーンヒット、新記録達成です。イチロー選手が一塁に到達した時点でベンチから選手や監督が飛び出してきて、イチロー選手をもみくちゃにしながら祝福していました。みんなが自分のことのように喜んでいる表情が印象的でした。イチロー選手はシスラーさんたちとも笑顔で握手を交わしていました。
 チームが低迷する中、個人記録に挑戦するということはさすがのイチロー選手にとっても孤独感とかプレッシャーとかがあったと思いますが、打席のたびに満員のセーフコ・スタジアムがスタンディング・オベーションでイチロー選手を鼓舞したり、昨日の試合ではキャプテンのマルチネスが、ネクスト・バッターズ・サークルでストレッチをするイチローの物真似をしてみんなを笑わせたりするなど、周囲もなんとかイチローの力になろうと一つになっていたように思います。
 そしてイチロー選手の記録達成が現実味を帯びてきた先月は、色んなメディアでタイ・カッブ、チャック・クライン、ロジャーズ・ホーンスビーといった往年の名選手の名前が目につきました。それは過去の記録とか栄光といったこととは別に、先達への敬意という意識があるように思います。
 イチローが新記録を達成した3回の裏、勢いに乗ったチームは7連打で6点を奪い、逆転に成功、試合にも勝利しました。マリナーズ本来の得点パターンがこの時期になってようやく見られたというのも皮肉ですが、もくもくと仕事をしてチームを一気に盛り上げるイチロー選手は、やっぱり偉大だと思いました。

2004年10月1日(金)
寝坊……。

今朝、海洋冒険家の掘江謙一さんが、新西宮ヨットハーバーから単独無寄港世界一周の旅に出られました。今年で64歳になるそうです。出港式は参加がオープンだということだったので、ぼくも応援に駆けつけるつもりでいたのですが、なんと! 寝坊してしまいました……。
 夕べもちょっとしておきたいことがあったので徹夜してそのまま行くつもりだったのですが、しばらく不規則な生活が続いていたということもあってか、思わぬ時間帯で睡魔に襲われてしまいました。目が覚めて時計を見て、ものすごくやりきれない気持ちになりました。きっと晴れやかであろう笑顔を拝見して、勇気のヒトカケラでもお裾分けにあずかってこようと思っていたのに、よりによって寝過ごすなんて……。でも、まぁ、堀江さんが寝過ごすよりいいか、と思ってみたところで何の慰めにもならず、昼ぐらいまでそんな悶々とした気持ちを引きずった後、昼からはきちんと仕事をしました。
 堀江さん、お気をつけて行ってきてください!

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