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| 2004年11月30日(火) |
| もしかしてチマ男? |
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家を出て、駅に向って歩いていると、鍵をかけたかどうか気になることがあります。電気を切ったかどうかが気になることもあるし、夏ならばクーラーは切ったか、冬ならコタツは切ったか、洗面所の電気は? 窓閉めたっけ? そして戻ってきて、ほぼ100%、何を消し忘れていたことも閉め忘れていたこともありません。車も、きちんとロックしたか、窓を閉めたか、ライトは消したか、それこそ声に出したり指差し確認をしたりしたいぐらいです。時々冗談半分にやっていますが、残りの半分は本気です。これは何なんだろう? と自分でも思います。性格か、過去の反省か、遺伝か。昔、家族で勝浦から車で本宮に向っていて、宇久井の辺りで母さんが鍵を閉めたかどうか気になると言い出し、父さんはぼくたちを近くの喫茶店で待たせておいて、一人で車を飛ばして確認しに帰ったことがありました。あの時父さんは、けっこう機嫌を悪くしていました。そのトラウマか。
いずれにしても、あまりスマートじゃありません。重松清の『チマ男とガサ子』という短編を思い出します。タイトルからだいたいの内容は想像してもらえると思いますが、面白いんだけど、ぼくなんかは笑ってばかりもいられません。でも誰にでも、ちまちました面とがさつな面が同居していると思います。ある点では神経質になり、そうかと思えば他のところでは大雑把になり、別にバランスを取ろうとかいうわけじゃないんだろうけど、そういうもののような気がします。何を大切に思い、何をどうでもいいと思うかによるのかな。だから、ある面だけを見てその人の性格を決めつけることなんてできないし、その人について語ることもできないし。きっとそうだ、そういうことにしておこう。気になるものはしょうがない。
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| 2004年11月29日(月) |
| 縁。 |
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最近また腰と膝を痛めてしまい、全然走っていません。久しぶりにエントリーする気まんまんで張り切っていたホノルルも断念し、今は失意の毎日を過ごしています……(ウソ)。ぼくにとって走ることと書くことはいわば慰めみたいなもので、走りながら色んな考えを整理し、走って色んな気持ちを置き去りにし、書くことで色んな想いに一区切りをつけ、とにかく書いて焦る気持ちを静めています。だから、走れなくなると半分分辛いです(でも書けないことで思い悩んだりすることもあるので、それを走って振り払って、それからまた書いて……となると、ちょっとした循環だったりもします)。以前はもっと多くのものに同じような慰めを見出していたように思います。たとえば野球だったり、夏場はカヌーだったり、気ままにホノルルに行ったりアメリカでグレイハウンドに乗ったり……。生活がじわじわと、それでいてコロコロと変わっていることには色んな事情があるのですが、でも今はこうして翻訳する時間を多く持つことに落ち着いています。でも、学校に休み時間があり、舞台に幕間があり、長距離バスにはトイレ休憩があるように、何をするにも気分転換が必要です。なので早くまた走れる体作りをして、「うほ〜っ!」と叫びながら西宮ヨットハーバーにでも走って行きたいなぁ。とにかく走らないでいると、澱んでしまいそうです。
それにしても、ぼくは中学の時に冬場限定の陸上部員だったり、駅伝に出たり、それからも時間を見つけて走ったりしてきたけれど、別に速いわけじゃないし、それに後で知ったことだけどぼくの膝の周辺の骨格は長距離を走ることに向いていないようだし、それなのに8年前にホノルルで走ることを思いついてしまい、そのまま出場してしまってからというもの、走ることをやめられません。縁かな?
と思ったりもします(たぶんただの趣味です)。追いかけても届かないものもあれば、思いがけず引き合わされるものもあります。すれ違うものもあれば、一度の出会いが一生の出会いになることもあります。縁とは不思議なものだなぁと思います。常に一期一会です。
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| 2004年11月28日(日) |
| All grown-ups were once children. |
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今日は夕方から梅田に出ました。日曜日ということもあって、ものすごい人でした。『ブラックレイン』のロケでも使われた阪急百貨店前のゴージャスな通りはすでにクリスマスの装いに彩られ、人通りもハンパじゃなく、楽しい人形たちがディスプレイされた阪急百貨店のウィンドウ前は、へばりつくようにして覗き込む親子連れで賑わっていました。ウィンドウの中で音楽にあわせて踊るように動く一つ一つの人形やぬいぐるみは、ぼくが見る限りではそんなに可愛くないのですが、そのウィンドウ全体のイメージや雰囲気は楽しげで、暖かで、子供たちはそういう部分に魅かれているのかなぁと思いながら、少し足を止めてその様子を眺めていました。
子供の関心の行方と、大人が子供に関心を示してほしいと思うものは必ずしも一致するとは限らず、プレゼントしたものを気にいってもらえなかったり、親としてはあまり気乗りしないないものをねだられたり、お子さんをお持ちの方は困ったことが一度はあるんじゃないかと思います。ぼくにはまだその苦労が分からないのですが、分からないなりに今こんなことを考えているのも、最近児童書の翻訳に挑戦しているからです。よく売れているという絵本などを見てもどこがどうウケているのかよく分からないものもあるし、翻訳対象の本の選び方の点で、これまでとは違った難しさを感じています。物語はもちろん子供の心に届いてほしいし、イラストも可愛い方がいいし、だけどやっぱり子供の関心の行方を見極めるのは大変です。でも、ぼくもかつては現役の子供だったので、当時のことを思い出しながら、ワクワクするような本を翻訳していこうと思っています。そう思うだけで、ぼくはすでにワクワクしています。
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| 2004年11月27日(土) |
| 予測不能の魅力。 |
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やっとU2のニューアルバムを買いました。一曲目は iPod のCMでも使われている "Vertigo" です。ぼんやり歌詞カードを見ながら聴いていて、冒頭の
"A feeling is so much stronger than
a thought." という部分でさっそく考え込んでしまいました。ぼんやりした頭と疲れた目で追っていたため、初めに
"A feeling is so much stranger than a thought." と読み違えてしまい、余計にぼくの思考は勝手な方向に広がっていきました。
「感情は思考よりもずっと強い」、あるいは、「感情は思考よりもずっと、予測不能……」。感情というのは何をどう考えたところで抑えられない場合もあるし、抑えないといけないと頭では分かっていてもどうにも湧き上がってきてしまうこともあります。そういう意味では「ずっと強い」。そして、時には自分でもびっくりするような感情に直面することがあります。普段の自分では考えられないような感情であったり、予想外に抑え切れない強さを伴っていたり、伴っていなかったり、それがどう展開していくかもその時点では分からなかったり、まさに「予測不能」です。自分の感情なのに自分で予測できないというのは面白いと思います。豊かな感情に振り回されて、身につけた思考と葛藤を繰り返し、でもたいていの場合、別に反社会的ではなくても、できるだけマイルドな流れに安心したいのか、 ぼくたちは感情を抑えて思考を優先させることで日々を過ごしています。だから、"vertigo〜眩暈〜" を感じることもあったり、ぼくたちの日常に刺激を与えてくれるのは思考よりはむしろ感情であることが多いようです。
この歌はそんなことを歌った歌じゃないけど、U2の歌詞には時々知らないうちにどこか知らない世界に連れて行かれるような感覚を覚えることがあります。深遠、妖麗、ミステリアス、といった感じ。良質の小説を読んだ時に似ています。それはおそらく、理屈ではなく、愛とか哀しみとか、深いところで感情が共感しているんだと思います。U2はそんな、予測不能の魅力に満ちている。
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| 2004年11月26日(金) |
| お年寄りの一人暮らし。 |
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今日の明け方、ドンドンドン! とドアを叩く音が聞こえて目が覚めた。向かいの部屋のドアだった。その後すぐにドアが開く音がして、「TVの音、もうちょっと小さくしてもらえませんかねぇ、壁越しにうるさくて、目が覚めてしまうんやわ!」と、おそらく斜向かいの人の怒声がした。そういえば昨日だったか、向かいにお年寄りが越してきていたのを思い出した。きっと耳が遠くなってきているんだろう。枕元の時計を見ると、5時だった。向かいのおばあちゃんは一人で越して来たのか、ご夫婦で来られたのか分からないけれど、昨日ぼくが夕方帰ってきた時は、訪問販売の人にしつこく食い下がられていた。その時も、誰かが来ると生真面目に出て応対してしまう人のいいおばあちゃんなんだろうなぁ、と思った。ぼくは、もしも明け方の諍いが長続きしそうなら間に入ってやろうと思って、ベッドから起き上がり、ボサボサの頭のまま部屋を出た。斜向かいの人がちょうど部屋に帰っていくところだった。どちらとも目が合うことはなかったが、ぼくは「おはようございます」と呟いて、部屋を出た手前そのまま引っ込むわけにもいかず、下まで下りていった。さすがにこの季節の午前5時は寒かった。小銭を持っていれば自動販売機でコーヒーでも買ったのだが、あいにく手ぶらで出てきていたのでそのまま部屋に戻った。
眠れず、コーヒーをこぽこぽと入れながら、お年寄りが一人で暮らすってどういうことなのかなぁと思っていた。向かいのおばあちゃんは一人じゃないかもしれないのに、そんな心配をされてはいい迷惑かもしれないけれど、別に向かいのおばあちゃんのことを考えていたわけではない。以前東京(というか千葉の松戸)に住んでいた頃、休日のマクドナルドにおばあちゃんが一人でおそらく夕飯を食べに来ていたことがあった。マクドナルドってお年寄りが一人で来て食事をするところじゃないよなぁ、と思っていると、若い女性の店員さんが「お待たせしましたぁ」と言いながらハンバーガーのセットを持ってきた。それから一言二言を笑顔で交わして店員さんは去っていったけれど、おばあちゃんはその一言二言が嬉しかったようで、その後もニコニコしながらハンバーガーを食べていた。一人でニコニコしながらハンバーガーを食べている様子だけを見ると変だったかもしれないが、その前の店員さんとのやりとりがあったから、ぼくはとてもいい気持ちになった。それでもやっぱり、どこか哀しく思えた。ぼくは小学校五年生になる時に本宮から勝浦に帰ってきて、そうしたら近くに一人で住んでいたばあちゃんも一緒に住むことになっていたんだけど、間に合わなかった。でも、離れて暮らすようになってから母は料理を作って持って行ったり、マメに電話をしたりするようになったと言っていたし、そういうこともあると思う。
だから、向かいのおばあちゃんの部屋も、月に一回でも二回でもいいから、(斜向かいの人に怒られない程度に)賑やかな日があればいいなぁと思う。
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| 2004年11月25日(木) |
| 寝かせる、あるいは寝る。 |
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この日記もそうなのですが、メールでも手紙でも報告書でも何か文章を書いてすぐにアップしたり提出したりすると、どれだけ慎重に吟味したつもりでも後になって後悔することがあります。日記なら後でこっそり修正したりといったことも実はたまにしているのですが、それでも趣旨をごそっと変えたりするようなことはできませんし、表現一つとっても例えば助詞が違うだけで与えてしまうインパクトはずい分と変わってきます。それで、日記に限らず文章は、しばらく「寝かせる」ことにしています。熟成するのを待っているのではなく、その間にほかの事をしたり、お風呂に入ったり、ただぼうっとしていたり、場合によっては実際に寝て明くる日以降にまた読み返すなど、なんせ別のことをしている間に、日記なら日記に書いたことについて、はっと思い当たったりすることを期待しているのです(あるいは感情に任せて書いてしまった場合には、頭を冷やすために一定時間を過ごす、という意味も時にはあります)。
以前世話になっていたF通研究所で、いろんなシステムやプログラムを開発している方に、そのプログラムにどうしてその名前をつけたのかと訊ねると、「天から降ってきた」という答えが返ってきたことがありました。書くことやプログラム開発に関してだけでなく、心を空っぽにしている時というのは、バカにできない想像力や創造力を持っているように思います。体系だってはいないかもしれないけれど、何かがひらめいたり、何かを思いついたりします。ああでもないこうでもないと考えを巡らせたり、がっついたりしてみても、わざとらしいものしか出来上がりませんが、非常に落ち着いた、くつろいだ状態の時にはそれこそ天から何かが降ってくるような感覚を覚えることがあります。全然自分に関係のないものが降ってくるわけではないので、それは普段からああでもないこうでもないと考えを巡らせたり、がっついたりしているからこそなのかもしれませんが、寝かせること、あるいは寝ることの効用は、頼もしい限りです。
そういうことに気づいてしまうと、今度は非常にくつろいだ状態を意識的に創り出そうとしてしまうのですが、そうするともうダメです。だから、微妙なバランスの上に成り立つぼんやりとした無意識の状態になるのを、何をしている時でもぼくはさりげないふうを装って、虎視眈々と狙っているわけです。
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| 2004年11月24日(水) |
| 自分から発信することば。 |
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昨日の日記でもちょっとメモ程度に書いたりしてみたけれど、日本語を「正しく」使うのは本当に難しいと、毎日痛感させられています。難しすぎて、脳みそがぷるんっ!
とよじれそうです。時々「未然、連用、終止……」と考え込んでしまいます。基本的に流行り言葉とかは好きじゃないんだけど、意図的にわざとくだけた言葉を使うことは結構あります。そのせいで何が正しくて何が間違っているかがごっちゃになってしまっているわけではなく、たぶん初めから「正しい日本語」というのがどういうものなのかを知らずに使っているんだと思います。母国語というのはもしかしたらそういうものなのかもしれません。だから文法と照らし合わせてこれは正しい、これは間違っている、と判断しようとしても、なかなかしっくりこないことが多いような気がします。小さい頃から周りで習慣的に使われている言葉を耳から聞き覚えるので、それは時に間違っていたり、大いに方言だったりします。田舎の言葉なんかは特に、昔の表現がまだ残っていることが多いように思います。丸っきり矛盾するのですが、以前うちの地元の方で使われている(というか父さんがよく使う)言葉の成り立ちを考えてみた時に、古文の活用を当てはめてみると縺れた糸がスルスルと解けるみたいに説明がついた例が二、三あって、それは大した発見でした。例えば、……が出てこないので説得力に欠けるのですが、また思い出したらここでお知らせします。
いずれにしても、少なくとも普段は文法を気にしながらしゃべっているわけではなく、何を正しい日本語とするかは誰が決めればいいんだろう、と考えることがあります。何を基準に考えればいいんだろう?
たとえばぼくは「ら抜き言葉」にかなり抵抗があるし、コンビニやファミリーレストランで使われている言葉にも違和感があるけれど、そんなのは人によって違うだろうし、今はまだ抵抗していられるとしても、もしも圧倒的多数の人が「ら」を抜いて話し出したら、それでもぼくは一人で「ら」を抜かずに話すだろうかと考えると(今以上に頑固に「ら」を抜かずに話しそうですが)、基準にはならないような気がします。じゃあ何かを話したり書いたりする時の目的は何かと考えると、やっぱりそれは伝えたいことを伝えたい通りに伝えることだと思うので、ぼくは自分を基準にしています。自分の呼吸とか雰囲気とかも含めて伝えられるとするならば、それは自分の文体と呼べるものを確立する必要があると思うからです。こうして日記などを書いていても、考えている時のリズムや表情をそのまま文章にすることができていません。特に敬語なんかは文法的にも正しい日本語を使いたいという思いが強いのですが、文法はあくまで「伝えられる日本語を使うために気をつけるルールの一つ」、ぐらいの感覚でいこうかなぁと思ったりもします(文法がしっかりしていない文章は読んでいて書いた人の何かが疑われるだろうし、それはぼくも求めていないので、求めていない限りは文法もしっかりしたい、ということになるのですが)。一方で、読者に優しい翻訳、ということも常に念頭に置いています。それはまたいつか機会があれば、書いてみたいと思っています。
などと書いているこの文章も、大いに誤解を招きそうな気がしています。こういうテーマは、もっとしっかりとした考えを確立してから発表するべきかなと思いましたが、でもやっぱりそうではないはずです。まだ強く主張できるほどしっかりとした考えが確立していなくても、確立していないなりに発言しているという立場を逸脱しないように気をつけて、それぞれの段階で伝えたいことを伝えられる言葉を身につける努力をサボっちゃいけないんだと思います。
そんなぼくの日記にいつもつきあってくれて、みなさんありがとうございます。
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| 2004年11月23日(火) |
| 勤労感謝の日。 |
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朝晩かなり寒くなってきましたね。みなさん風邪など引いておられませんか?(← この日本語って正しいのかな???)
ぼくは羽毛65%のあったか布団が心地よすぎて、目が覚めてからもなかなかベッドから起きられません。これまで以上に気を引き締めていかないと、ぐうたらになってしまいそうです。ぐうたらに過ごそうと思えば過ごせてしまえる環境は、背水の陣的スリルがあって嫌いじゃないです(←
これは正しくは「嫌いじゃありません」、かな……)。でも、別に落ち着いて考えればそれほど忙しくもないのに何かと気ばかりが慌しくなる年末を前にして、本当にちょっとずつ、(それでいてもしかすると加速度的に)忙しくなってきそうな予感がしています。そんな匂いがぼくの周りでぷんぷんしています。有り難いことです。感謝すべき、あるいはされるべき勤労をしていないと、新嘗祭を起源とし、勤労を尊び、生産を祝うことになっている今日を祝日として過ごすことにちょっとした罪悪感を感じてしまいます。
ぐうたらになってしまう余裕があるはずもなく、ぐうたらになる気もさらさらなく、それなのにヘラヘラとこんなことを書いてしまう自分はあんまり好きじゃありません。照れ隠しみたいなもんです。でもそんな自分への対処法も、本当は分かっています。こんなことを考えていると、自分自分と言っている時の自分が自分ではないようで、それは肉体と魂の関係とかそういうことなのかもしれないし、そうではないのかもしれないけれど、ぼくのために自分に課せられている様々なものに真面目に取り組んでくれている自分に、ぼくは感謝しています。
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| 2004年11月22日(月) |
| 冬支度。 |
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この間、コタツを出しました。65%ぐらい羽毛の入った布団も買いました。去年ぐらいまでは本当に何もない部屋だったのですが、今ではそこそこ落ち着ける部屋になっています。あんまり落ち着く部屋にしてしまっても、こんなところとはさっさとバイバイしてもっといい部屋に住むぞ! という気概みたいなのがなくなっては困ると思っていたのですが、冬になるとどうしても外から帰ってきた時に「うぉ〜、でぇらい寒いげ」とか言いながらコートを脱いでコタツをつけて、ひとしきり手とか足をしゃかしゃかと擦り合わせて、紅茶でも飲みながらふぅ〜、と一息ぐらいはつけた方がいいと思って、この間コタツを出して、65%ぐらい羽毛の入った布団を買いました。去年ぐらいまでは本当に何もない部屋だったのですが、今ではそこそこ落ち着ける……。
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| 2004年11月21日(日) |
| 『アラバマ物語』。 |
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原作となったハーパー・リーの小説『To Kill A Mockingbird』はピューリッツァ賞を受賞、この映画はアカデミー賞三部門受賞。そんな肩書きがなくとも面白く、肩書きがあるならそれもそのはずと納得させられるぐらい面白かったです。
1932年 夏、人種差別の残るアメリカ南部の町で起きた一つの裁判を通じて、グレゴリー・ペック演じる正義感の強い弁護士アティカス・フィンチが古い社会の戒律に真っ向から立ち向かう様子を、二人の幼い兄妹の視点から描いています。幼くして母親をなくし、父の言うこともきちんと聞くが意思表示もしっかりできて、それでいて子供ならではの好奇心も旺盛な10才の兄と、その兄を慕っていつも後ろにくっついている無邪気でおてんばで負けん気の強い6才の妹が成長していく姿は、見ていて微笑ましいです。
原題の『To Kill A Mockingbird』〜ツグミを殺すということ〜については、銃を欲しがる息子に父が話して聞かせる場面で、「ツグミというのは人の庭や畑を荒らすこともなく美しい声で鳴く鳥だ」と言っています。銃を持てば初めは空き缶を撃つことから始めるかもしれないけれど、そのうち鳥を撃ちたくなったり、色んなものに狙いを定めたくなり、人間の勝手な欲望の犠牲になる「もの」の中には、ツグミのような存在のものもあります。そんな勝手な人間さえも、アティカス・フィンチは「貧困と無知の犠牲者」だとしています。
最後は町の噂から始まったファンタジーのような部分もありますが、全編を通じて父と子の清らかな愛情、社会に警鐘を鳴らすヒューマニティの溢れる作品です。父の願いとか、幼い兄妹の純粋な想いとか、思いやりや愛情に満ちたものは伝わるべきだと思いました。伝わってほしいです。幼い兄妹は父にとっての希望で、二人が朝になって目覚めるのを待つ父は、二人にとっては太陽みたいな存在でした。
アメリカ映画協会が去年選出した歴代ヒーローの1位が、このアティカス・フィンチでした。ちなみに2位はインディアナ・ジョーンズ、3位がジェームス・ボンドです。
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| 2004年11月20日(土) |
| 記憶の引き出し。 |
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時々周りの人から、昔のことをよくそんなに覚えているなぁと言われることがある。自分ではそれほど意識したことはなかったけれど、何度もそう言われるうちに、なるほど確かにそうかも、と思うようになってきた。
幼い頃の記憶が鮮明に残っているのは、幸せな幼少時代を過ごせたかららしい。そう言われると、少しの照れ臭さと共に、とても嬉しく思う。両親や友人や、近所の人や色んなおじさんやおばさん、とにかくぼくの周りにいてくれた人、いてくれなかった人たちに感謝したくなる。でも一方で昔のことばっかり覚えているのも、なんだかおじいちゃんみたいで喜んでばかりはいられないようにも思う。記憶を引き出しに例えて、古い記憶は古い引き出しに、そして新しい記憶は新しい引き出しに収納されるというようなことを聞いたことがある。若いうちはそれでいいんだけど、歳を取るにつれてだんだん新しい引き出しを作れなくなるらしい。それは痴呆、いや、認知症とは関係なく、正常な高齢化の進展だそうで、新しい引き出しを作れなくなって、しかも古い引き出しがいっぱいになってしまった状態は、いわば記憶が飽和量に達したということになる。ならば引き出しの整理をするしかないが、その辺はどうなっているのだろう?
ぼくは結構収納上手と言われている。この間、両親が来た時も母さんがしきりに「あんたきれいにしたぁるねぇ」と言っていた。初めてホノルルに行った時は、日帰り旅行なみに小さいカバンで行って呆れられた。だけど、記憶に関しては覚えておきたいことを必ずしも覚えているわけではないし、忘れてしまいたいことをいつまでも引きずっていることもあるし、忘れちゃいけないことまでいつの間にか忘れていることもあるし、自分の都合のいいようにはできていないようだ。
こういうことは、ある程度以上の知識は欲しくない類のものだと思う。じゃあどうすればいいとか、何を食べれば引き出しがたくさん作れるようになるとか、そんな情報はその気になればいくらでも収集できそうだけど、そんなことをイチイチ知っていればすぐに効率ばかりを求めてしまいそうだ。それに、必要な情報ばかりが記憶されていると、きちきちに詰めすぎて中のものを取り出したくても取り出すのがかえって面倒くさくなってしまった几帳面な人の引き出しみたいだ。ムダがあって隙間もあって、効率の悪い生活ぐらいが結果的にちょうどいいような気がする。でもそれは「結果的に」そうであることがいいのであって、そうであることを目指してしまえば、ムダだらけスキだらけになってしまいそうだから気をつけよう。
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| 2004年11月19日(金) |
| 用語の見直し。 |
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厚生労働省の検討会が「痴呆」という表現に侮蔑的な意味があるとして、「認知症」という代替用語を採用したという。
あるヘルスケア・センターで高齢者を対象に痴呆予防の仕事を導入しようとして「痴呆の予防にいろいろなことをやってみましょう」と言ったら、「なんだ、俺たちは痴呆とは関係ないぞ、バカにするな」と反発されたことがきっかけらしい。……それは「痴呆」という用語に問題があるんじゃなくて、言葉を使う人間の方に問題があるんじゃないかと思う。「認知症」という用語を使うことにしたこと自体は別にいいと思うけど、それだけでこれまであった問題がなくなるわけじゃない。言葉を変えるだけで態度まで改まるなら簡単な話だ。これまで侮蔑的な態度を取ってきたのが使っていた用語のせいだと考えているなら、何の解決にもならないと思う。これをきっかけに、ということであれば、まぁいいけど。
どういう表現を使うかは、誰に向けて何を話すか、あるいは書くか、ということによると思うし、それを踏まえてなお難解な用語や侮蔑的な用語を使うような人に、言葉の規制をしてもあんまり意味がないような気がする。要は意識の問題だ。そのせいで、言葉がだんだん使いにくくなっている。こんなことを言っているぼくは意識が低いと言われるのだろうか?
あえて言ってみた。
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| 2004年11月18日(木) |
| 実は怖がりなだけ??? |
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あ〜ぶく立った、煮え立った、煮えたかどうだか食べてみよう、ムシャムシャムシャ、まだ煮えない……。
今日は夕飯に鍋の用意をしながら、気がつくとそんな歌を口ずさんでいた。幼稚園の時にこの歌を唄いながら遊んだことがあるけれど、あれは鬼を一人決めて、他のみんながその周りを回りながら囃したてるように唄い、最後は「トントントン、(何の音?)
お化けの音〜」という鬼の合図でみんながいっせいに逃げ出し、鬼ごっこが始まるという遊びだった。好きじゃなかった。今あらためて思い返してみると、当時もうすうす気づいていたおどろおどろしさが、はっきりと甦ってくる。
普通の鬼ごっこよりも「鬼」のイメージが具体的だし、それをみんなで捕まえて取り囲んでいるシーンから始まるわけだし、煮て食べようとさえして、さらには鬼がお化けになって出てくる。童歌は時に残酷で、その真意も知らずに形だけがぼくたちの心に、しかも幼い頃の遊びなだけに結構深い部分に刻まれ、記憶として確実に残る。それで子供の尽きない想像力が悪い方向に走ってしまわないようにいう意図でもあったか、それとも伝説の名残りとかが色々あって時の経過とともにあんな童歌ができたのかなとは思うけど、いずれにしても怖がらせて言うことを聞かせるということだったのなら、あんまり良くないんじゃないかなぁと思う。日本では昔から各地で、本気で怖いお面をつけた人がやって来て「泣く子はいねぇかぁ!」とか言う行事があったりするけど、それよりは優しいサンタのおじさんの膝の上に乗せられて、頭を撫でてもらいながら「いい子にしてたかい?」と訊かれる方が、地域のみんなで子供を見守る温かさみたいなのがあるような気がする。でも伝統行事というのは、形だけでも残っていることで何かを振り返るきっかけになることもあるし、それだけで心が豊かになるのかもしれないとも思う。
青梗菜(ちんげんさい)のつもりで間違って小松菜を買ってきてしまったという話にもっていくつもりだったのに、ついつい真面目なことを書いてしまった……。
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| 2004年11月17日(水) |
| 芦屋はこんな町3。 |
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今日は阪急芦屋川駅に用があり、芦屋川に沿って北に向って歩きました。この辺りでは阪神電車とJR神戸線、それと阪急神戸線が平行して走っていて、それぞれ徒歩10分ずつぐらいの間隔になっています。ぼくの部屋からは川に沿って山の手を目指して北に歩くと5分ぐらいで阪神の芦屋駅があり、それからJRを越え、阪急の芦屋川駅に到着です。その間、阪神沿線以南とはまた違う芦屋の風景があります。海外の小説でしか読んだことのないdrivewayのある邸宅があり、一階の一角を利用した洒落た雑貨屋があり、今頃の時期になるとクリスマス用のデコレーションを盛大に施した家並みがあり、川は城壁のようにきっちりと護岸され、川床には小さな丸石が敷き詰められ、3メートル、2メートル、1メートルとところどころに段差が設けられているために滝のように水が落ち、その音が山に吸い込まれていきます。ジョギングする飼い主の足元で戯れる犬は、みんな一様に小さくて毛がモコモコしていて、あるいは大きくて足がすらっと長くて顔がしゅっと尖がっていて、多分カタカナの名前がついているようなカッコいいやつばっかりです。
田辺聖子さんは、「京都で学んで、大阪で儲けて、神戸に住むのが関西人の理想だ」みたいなことをおっしゃっていたそうです。ぼくは、西宮で学んで、大阪で儲け損なって、フラフラと東京に行って、帰ってきて、芦屋に住んでいます。……で?
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| 2004年11月16日(火) |
| 『ファウスト』 読了! |
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というより、全てのページをめくり終えた、というのが正直なところです。さっぱり分かりませんでした。みんなはどんな感想を持っているのだろうと思って、Amazon のレビューなどを見てみたのですが、誰も彼もが五つ星をつけていて、名著だ、美しい、心が安らぐ、などと大絶賛していました。どんな天才読者たちなんだ!? と少しびっくりしました。
五幕構成になっていて、新潮文庫では第一幕が一巻目に収録されていて、第二幕から第五幕までが二巻目に収録されています。第一幕ではファウストとメフィストフェレスが出会い、なるほどなるほどと頷きながら面白く読めたのですが、第二幕に入って以降は聖書や神話に出てくる人物や悪霊たちが大集合! といった感じで、それぞれの分野に関する基礎知識どころかかなりの専門知識がないととても美しいなどと悠長なことを言っている余裕はなく、どうして急にこの人が出てきたのか、そもそも誰なのか、何を言おうとしているのか、まるでちんぷんかんぷんでした。さらに『ファウスト』は元々16世紀後半のドイツに流布した伝説が下敷きになっているようで、その辺りのことも知らないと、いくら慎重に読んでも本書だけでは理解できない気がしました。
どこでやめようかと何度も思いながら、それでも全体像がぼんやりとでも浮かび上がってくることを期待して最後までゴリ押しすることを選んだのですが、文庫本の背表紙にあるちょっとした解説を上下巻分と、上巻の巻末にある解説を読んでから、第一幕と第五幕を読めば、とりあえず何となく把握できそうです。ぼくもそうすれば良かったと思ってみたところで後の祭りなのですが、それぐらい第二幕〜第四幕は「???」でした(第一幕と第五幕は面白かったです)。
あと新潮文庫の場合、表紙が上下巻ともちょっと面白いので、書店に行って文庫本コーナーに足を運ぶことがあれば、ついでに見ておいていいかもしれません。これは蛇足かもしれませんが、他でも聞いたことのある名前の登場人物が頻出するのですが、それがことごとく自分の慣れ親しんだ表記と違い、かなり気になりました。たとえば、ポセイドンはポセイドーン、アフロディーテはアプロディーテー、トリトンはトリートーン、アポロンはアポルロン、といった具合です。象を「ぞー」じゃなくて「ぞう、ぞう」と読んでいるみたいで、とても気になりました。
最後にちょっとだけ(本当にちょっとだけ)真面目な感想を書くと、ファウストは「世界の根源を究めようとする超人的欲求」の持ち主で、それを満たすために悪魔であるメフィストフェレスと契約を結ぶのですが、時々「ないものねだり」をしている子供のように思えました(こんなこと言っていいのかな?)。 追究の精神はいいけれど、いま持っているものへの感謝の気持ちを忘れたらダメだなぁと思いました。ゲーテが60年(!)かけて完成させた大作に対してこんなことしか書けないことを申し訳なく思いますが、とにかく読み終えて(めくり終えて)ホッとしています。
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| 2004年11月15日(月) |
| 珍しい話題。 |
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今日は、オススメの食べ物やさんを2店紹介します。
まずは、阪神西宮駅に隣接するエビスタ西宮内にある「はがくれ」というさぬきうどんのお店です。メニューも豊富なのですが、中でもオススメなのが生じょうゆうどん。ぴちぴちつるつるの麺に大根おろしとネギをたっぷり乗せ、酢橘を搾った上に生じょうゆをさらりとかけて食べます。初めて入った時に「食べ方はご存知ですか?」と訊かれ、かなり緊張しました。が、今では慣れたものです。定食についているかやくご飯もおいしいです。いつ行っても店の前には行列ができていますが、それほど待たされることなく入れるのは、駅を利用するお客さんが多いことと関係しているのかもしれません。唯一の難点は、禁煙じゃないことです。
そして2店目はホワイティ梅田内にある「cookhouse」というパン屋さんです。ちょっとだけですがテーブル席もあって、店内で飲食できます。サンドイッチとデニッシュパンがとても美味しくてオススメです。細長いドーナッツみたいなデニッシュパンは、表面がカリッとしていて中はモチモチです。阪神梅田駅や谷町線の東梅田駅からだと近いのですが、他の各駅からはちょっと遠いかも。
あと梅田のDTタワーの1階にあるシアトルズ・ベスト・コーヒーもいいです。ソファが快適で、ゆったりと座れるところがオススメ。コーヒーは、まぁ、普通においしいです。
ぼくがこんな日記を書くなんて、「伊達、どしたん?」と言われそうなぐらい珍しいはず……。
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| 2004年11月14日(日) |
| 漢字。 |
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何の気なしに、簡単な漢字クイズを20問ほどやってみました。何年生レベルか分からないけれど、カタカナで書かれた単語は耳にも口にも目にも慣れたものばかりだったにも関わらず、いざ書こうとすると、え? あれ? という感じで、初めは半分の10問ぐらいしかできませんでした。それからうんうんうなりながら縺れた記憶の糸を奥底まで辿り、どうにか最後の1問まで来たのですが、結局「(意思の)ソツウ」という字が書けませんでした。
これだけ日常で使われている言葉だし、しかも漢字にはそこそこ自信があっただけに、かなりショックでした。大学生になってワープロを使い始めて以来、自分で実際にペンを持って書く機会が激減し、そういう時代に読めても書けなくなっているという状態が危惧されていることはもちろん知っていましたが、だからこそそれなりに意識してスクリーンの上で変換される文字を見ていたつもりだったので、自分は例外のつもりでした。恥ずかしい話です。猛省しています。
それよりもむしろ、日常使っているような言葉で、だけど漢字にするとどうにもしっくりこなかったり、耳には心地よくても書いてみると漢字や平仮名が連続するために見た目が変だったり、だからといって読点を使うとリズムがおかしくなったり、漢字と平仮名の比率によるぱっと見のページの白さ(黒さ)とか、そういったことの方に気を遣っていました。翻訳にしても日記にしても、イメージを活字にする際にはどれだけ辞書を使ってもいいので漢字テストを受けて度忘れしてしまった時のようなもどかしさはないのですが、それ以上に漢字や日本語の奥深さを思い知らされます。それが楽しくもあるのですが。
今日の日記の中では、「縺れた(もつれた)」という字が自分では書けなかった漢字です。でも覚えたので今後は書けるはずです。
*「(意思の)ソツウ」は「疎通」です。
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| 2004年11月13日(土) |
| 芦屋はこんな町2。 |
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東京では木枯し1号が吹いたというニュースを聞きましたが、芦屋では散りそびれた木の葉がさらと揺れるほどの微風が吹く程度で気温もそれほど低くはなく、快適な一日でした。
夕方、久しぶりに市立図書館に行ってきました。途中、コミュニティ道路という名前の路地があるのですが、そこは少し石畳風になっていて瀟洒な雰囲気があり、どっしりとしたレンガ造りのマンションが並び、両サイドにはクスノキやイチョウの木が植えられたプチ・ゴージャスな通りです。コミュニティ道路と名付けられているのは「人と車との調和」を目指すという意図があるようで、だいたい5メートル間隔で左右交互に花壇が設置されていて、車は通れるんだけどスピードを出せないようになっていました。いいアイデアだと思いました。以前雑誌で、オランダかどこかでは住宅街を抜ける道路にこのようにして花壇ではなく駐車スペースをとることで、無理に違法駐車を禁止するのではなく、住民とドライバーとの共存を図るといった試みが成功したというレポートを読んだことがあります。それで歩行者が通れなくなるほどの違法駐車はなくなり、円満に解決できたというのです。なんでも頭ごなしに禁止するのではなく、可能な限り皆が納得のいく解決策を模索するのは素晴らしいことだと思います。
そんなコミュニティ道路を呑気に歩いて図書館前まで来た時、おそらく近所に住むお母さんと思われる女性が二人、自転車を停めてなにやら話し込んでいました。その横を通りかかると、「あの、すみません、いま何時でしょうか?」と訊かれ、ぼくは「3時半です」と愛想よく答えました。小さなお子さんたちが足元にまとわりつき、昔ながらの井戸端会議は、心和むいい風景でした。
図書館では新聞を5紙ぐらい一通り読み、『マミー』の存在を確認し、吉田修一の『パークライフ』を読み、5時過ぎに退館すると、まださっきの二人のお母さんがいました! 向こうもぼくに気づき、少し照れながら会釈してきました。衛星のように付かず離れず遊ぶ子供たちをほったらかして1時間半、ぼくが通りかかる前からだとするともしかすると2時間以上の立ち話です。どっちかの家に誘ってお茶でも飲みながら話せばいいものを、と思いつつ、ぼくも会釈を返して立ち去りました。
図書館はこれまであまり有効活用できていなかったのですが、天気のいい日には歩くのにもちょうどいい距離だし、これからはもっと頻繁に通ってみようと思いました。……っておじいちゃんみたいな理由やな。
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| 2004年11月12日(金) |
| 器の違い。 |
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毎日楽しみにチェックしているウェブサイトの一つが、二度目の単独無寄港世界一周にチャレンジしている堀江謙一さんのHPです。ご本人からの一言メッセージが毎日更新されていて、航海予定図や現在位置なども分かります。明日の午前中には赤道を通過される予定のようです。
↓ ココです。
http://www.suntory-mermaid.com/
堀江さんにここまで魅かれるのは、飽くなき冒険魂というのもありますが、それ以上に、自分にはどうすることもできない自然の大きさを落ち着いた心で受け容れる平常心に憧れているのだと思います。自分基準の尺度で自然をとらえていないように思います。何かを諦めないと見えてこないものもあると思いますが、その何かとは自分がこれまでかかって築き上げてきたちっぽけな信念だったりして、なかなかぼくなんかは諦めが悪くていつまでもウジウジしていたりします。だから、堀江さんのような大きな方を見ているとスカッとします。
言葉を飾っちゃいけないということも、堀江さんの文章や本を読んでいると痛感します。文章を書く目的を時々見失いそうになるぼくは汗だくになって必死で走るんだけど、堀江さんはその横を涼しい顔をして軽やかにジョギングしていくようなイメージです。ならば小さい器なりに、何回でも何回でも繰り返すことで満たされるまで頑張ろうと思っています。
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| 2004年11月11日(木) |
| The Hour of Bewilderbeast |
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久しぶりの雨でした。翻訳文の推敲をしたり、HPにアップするための文章を書いたり、本を読んだり、昼すぎからはほとんど部屋の中で過ごしました。最近BGMとしてへビィに活躍してくれているのは、Badly Drawn Boy の "The Hour of Bewilderbeast" です。日本では『アバウト・ア・ボーイ』のサントラで有名になりましたが、その前作です。空が白み始めた頃、朝露に濡れた森の中を散歩しているような曲に始まり、世界が目覚めて、賑わい、日が落ちて人々が家路を急ぐ時間帯に感じるちょっとした疲れなど、一日のうちに経験する感覚をそのまま音楽にしたような清々しいアルバムです。ソローの『森の生活』を読む時のBGMとしてもいいかもしれません。
昨年だったか一昨年だったかに来日した時にはオール・スタンディングのクラブ・クアトロに足を運びましたが、彼なりのファン・サービスなのかダラダラと4時間近いライブとなり、足は疲れるし腰も痛くなるし、大変でした。ライブよりもCDで聴いている方がいいと思える数少ないアーティストです。でもその分(?)CDは本当に心が洗われるようなしっとりとした素敵な曲ばかりです。秋の夜長にオススメです。
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| 2004年11月10日(水) |
| 大人の対応。 |
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初めて新千円札をお釣りでもらいました。野口英世の目の焦点が合っていないようで、ちょっと不気味な感じがしました。もう前の千円札が誰だったかを忘れそうです。二千円札の図柄は忘れました。今回50億枚が刷られたと聞きましたが、お金が増えたことにはならないのかな? 刷った分だけ古いのを回収したんだろうな。新札の発行は偽札対策とは言うけれど、きっともっと複雑な狙いとかもありそうだな、たとえば……。
そんなことを考えながら家に向っている時に、交差点で自転車に乗ったおばさんに道を尋ねている年配のご婦人二人組を見かけました。二人ともロマンスグレーの髪に上品な服装で、いかにも芦屋の美術館か谷崎潤一郎記念館までちょっと出かけてきましたの、といった感じでした。どこまでの道を尋ねていたのかは聞こえなかったのですが、その自転車に乗った方のおばさんは、「方角的にはあっち(東)なんですけど、わたしも詳しくないので、このまままっすぐ(南に)行ったところにある派出所で確認された方が確実です」と丁寧かつハキハキと答えていました。ぼくは、このまままっすぐ行ったところにある派出所ってけっこう遠いなぁと思い、東の方角と言えばぼくの部屋のある方だからもしかしたら知っているかも、と思ってその二人組のおばさんたちにどこまで行くのか聞こうとしていたのですが、おばさんたちはすでに、「あっち(東)やのにこのまま南に行けって、あの人もあれやねぇ、ぷんぷん」と言いながら迷わず東への道を歩き始めていました。自転車に乗ったおばさんに対しては「ご丁寧にどうも」と深々と頭を下げていたのに、自転車のおばさんが行ってしまうと急に違う人のようでした。ぼくは何も話しかけることができず、ロマンスグレーの髪も上品そうなお洋服も、イメージなんかにだまされないぞ! と思いながらそのまま部屋に帰りました。
でも、そんなものなんだよなぁ。自転車のおばさんは何も悪い気をさせられることなく去っていったわけだし、二人組のおばさんたちも親切にしてくれた人に対してはそれなりの礼儀で答え、本心は自分たちだけになってから吐露しただけで、ただ、偶然(ほとんど)全てを見てしまったぼくだけがちょっと嫌な気持ちになっただけなんだ。ちょっとずつズレるとそれなりに問題も生じるだろうけど、そうならないようにとの配慮があったんだから、むしろこれで良かったんだ。そういうものだ。
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| 2004年11月9日(火) |
| 夢から醒めて。 |
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海賊の幽霊みたいなのに追いかけられる夢を見ました(この間『パイレーツ・オブ・カリビアン』については好意的に書いたはずなのに……)。海に沈んだ巨大な宮殿跡のような回廊を必死で走っているんだけど、相手のほうが慣れた様子でひょいひょいとぼくの行く手に現れ、それはそれは怖かったです。
夢はどれだけ長く見ていたようでも実際はほんの一瞬なんだ、というようなことを聞いたことがあります。もしそうだとしたら、怖いなぁ。以前ぼくは一日が30時間あれば、みたいなことを日記にも書きましたが、それとは次元が違います。今日の夢では半日近く追いかけられていたはずなのにそれが一瞬だったとするなら、一日は120年ぐらいに相当します。夢と現実との間で時間の軸がよじれてしまったら、120年生きてようやく明日を迎えることができることになるのです。逆・浦島太郎みたいで、それはさすがに辛いはずです。
夢判断とかに興味を持ったことはないけど、全然知らないはずの場所で知らないはずの人やら幽霊やらと一緒になってあり得ない行動を取ったり、といった映像を生々しく描けるというのはどういうことなんだろう?
と気にはなります。全く無の状態から無意識のうちに創造しているとは思えません。前世とかも含めて自分が経験したり思ったりしたことがどうにか夢になって現れていると考えるのが、やはり妥当なように思えます。
もしかすると、そうやってどんどん想像が広がり、それこそ夢のような世界を体験できるのがファンタジーとかSF作品の面白いところなのかなと思いました(ぼくのはまさしく夢だったんですけど)。ぼくは色んな場面で頑固で、興味があればそれなりに追究しようとするのですが、一方で興味が持てないとなると全く関心を示そうとしないところがあります。だから読書の幅も制限されてしまっています。流行りのミステリーにもファンタジーにも、ぼくは無頓着でした。でも、そうじゃないんだということに最近気づきつつあります。一面しか見ていなかったんだと思います。気づいてはいたのだけど、それでも頑固が勝っていたのです。どこから眺めれば自分にとって興味深い側面を見せてくれるのかと積極的にキョロキョロしてみれば、たいていのものには興味が持てるんじゃないかということを、頭の中で考えただけで終わらせちゃいけないと思えるようになりました。そういうプロセスを飛び越えて、これはイヤだとか興味がないと言うのはダメです。
何でも批判したり嫌ったりするのは簡単ですが、評価するのは難しいです。でもそれは、自分の心がけの問題でもあるように思います。自分だけ棚の上にでも登ったようなつもりで周りを見ていては、何も見えてこないはずです。ようやく夢から醒めました。
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| 2004年11月8日(月) |
| Just Like A Rolling Stone |
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大学の頃とか大学を出たばかりの頃、たとえば電話をする時に「○○のダテです」と所属クラブ名や社名を言うのがイヤでした。若さゆえの奢りです。今は言うべきどこにも所属していないので、そういう点では望み通りの生活をしているのですが、そうなると今度は、なかなか色んな事情を説明するのが厄介になります。一から電話の主旨を説明すると厄介になる場合でも、社名やクラブ名を付けるだけでスムーズに本題に入ることができていたのです。ちっぽけな例で申し訳ないですが、会社とか団体になった力の大きさの証明でもあると思います。
でもそれはとっかかりの部分で生じる些細な不都合であって、本質ではありません。厄介でもその説明を済ませて本題にさえ入れば、あとは自分が思っていることを伝えるだけです。会社に勤めていた時は、会社の決定を覆すには至らずに自分では思ってもいないことを無理にでも納得して伝えないといけないこともありました。どちらが苦痛かと言えば、圧倒的に後者です。もちろんこれだけで個人と組織という関係を論じるつもりはありませんが、色んな場面でやっぱり個人という立場はそれだけでナメられると感じることが多く、一旦仕事の話を離れたらこっちが消費者という立場にもなるということを忘れてるんじゃないかと思えるような対応をされることもあります。だからといって一人で細々と不買運動をしたところでぼくの選択肢が狭まるだけだし、組織に勝てない個人という構図をどうしても頭の中に描いてしまいがちでした。でも、こうやって考えてみると大したことじゃないように思えまてきました。過剰なまでに気を遣ってみたり、引き下がってみたりといったこともしてしまいますが、それでも基本は自分の思っていることを自分の判断で伝えたり推進したりということが可能です。個人だから大変だというようなことは、今のぼくの力が足りなさ過ぎるということに過ぎません。
頼るべきものが他にない個の真髄は、背水にあると思います(ぼくが水陸両用とか、そういう冗談ではなく)。ぼくが頑張るしかぼくが生きる道はないんだし、ちょっと見方を変えてみればそれなりに清々しい環境にはいるわけだから、奢っていれば鼻を挫かれるだろうし、億劫がっていれば色々窮まるだけで、退くつもりがないなら前に進む道を模索するだけです。
特に独白とかいまさらながらの決意表明とかではなく、ちょっとこの場を利用して自分に言い聞かせてみました。
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| 2004年11月7日(日) |
| 芦屋はこんな町。 |
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芦屋に住んで2年8ヶ月目を迎えています。一つのところに2年以上住んでいるのは、大学を卒業して吹田の社員寮で3年と9ヶ月間暮らして以来です。それからはだいたい2年単位で引越しを重ねてきました。今のところ引っ越す予定もないので、このままだと吹田での記録を更新しそうです。
芦屋というと、えらいお上品なところにお住みなんですね、という感じでとらえられることが多いのですが、ぼくの場合はお上品なイメージの山の手からは少し離れています。それでも川沿いに立つ邸宅は大きく(というよりも巨大で)、大きな黒い車がゆったりと走っています。芦屋に来た当初一番驚いたのは、交差点を曲がる車が横断歩道を渡っている人を待とうともせず、かといってすごいスピードを出しているわけでもなく、ただただマイペースで走っていたことです。轢かれそうになって慌てるぼくを尻目に、その車は悠々と走り去っていきました(ぼくは新参者として芦屋の洗礼を受けたのかな、と思うことにして、とぼとぼと家に帰ったものです)。その運転手は車の左側に座り、膝の上に乗せたネコの頭を撫でながら片手でハンドルを握っていました。よくできた話です。
北を向けば六甲山系の山並みが美しく、数十分も歩けばウリ坊に会えます。南はすぐそこまで海が迫っていて、フナムシがわさわさいます。山と海を結ぶ芦屋川沿いには、ジョギングしたり犬を散歩させたりする人が絶えません。落ち着いた感じの住みやすい町です(コンビニがあんまりないのが不便といえば不便です)。最近ではようやくぼくも、芦屋の町に溶け込んできたかナ???
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| 2004年11月6日(土) |
| 『ハリーの災難』。 |
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シャーリー・マクレーンのデビュー作としても知られるヒッチコック作品です。原題は
"The Trouble With Harry"。ハリーにとっても、ハリーに関わった人たちにとっても、とんだ災難が待ち受けています。
秋の田園風景が息を呑むほどに美しく、そのせいか、そこに住む人たちが一人残らず度を越して呑気です。ハリーというのはそんな町にある森の中で発見された死体なのですが、それを発見した人がことごとくみんな、自分が殺してしまったと信じて疑わないのです。みんなそれなりにそう思い込む理由はあるのですが、それでどういう反応を示すかというと、とりあえず右往左往しながらも、木の陰に隠れて次に人が来るのを待ちながら眠ってしまったり、家に帰って紅茶を飲みながら死体の処理について語り合ったり、それよりもレモネードをいれることに忙しかったり、といった具合です。
小さな町なのでみんなが顔見知りで、だけど密かに恋心を抱いていたり、保安官代理だったりと、庇おうとする立場に出ようとする人もいれば真実を暴こうとする人もいて、長閑なサスペンスです。一人だけ子供が出てきて、「明日っていつ? 明日って今日だよね。明日の昨日っていつだか知ってる? 明日の昨日は昨日だよ」といった子供ならではの会話があり、それが最後に効いています。
DVDのパッケージによると「絶品のブラックユーモアが冴えるヒッチコック流殺人コメディ」ということですが、とにかく呑気で、それなりにハラハラし、時々心が温かくなる作品です。
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| 2004年11月5日(金) |
| サッカー日本代表 シンガポール戦。 |
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ワールドカップ・アジア地区一次予選の最終戦となるシンガポール戦のメンバーが発表されました。カズ選手やゴン選手たちの名前はなく、海外でプレーする選手を除いたいつものメンバーに、プラス大久保選手といった顔ぶれでした。カズ選手たちを招集するという案そのものにはぼくも賛成なのですが、でもやっぱりそれ以上に、それならこれまでベンチでモチベーションをキープし続け、出場選手を叱咤激励してきた選手たちがプレーするところを観たいです。
例えばアレックス選手がいる限り永遠に出番がないようにさえ思えてしまう三浦淳宏選手は、四月のヨーロッパ遠征時には途中交代で出場し、それまでの鬱憤を晴らすかのようにものすごいチェイシングで相手ボールを奪い、そのままゴール前に切れ込んでいってシュートを放つといったシーンがありました。ものすごい迫力でした。今回もドカドカと得意のドリブルや、魔法のようなFKが見たいです。
先発が予想されているキーパーの土肥選手も、先日のナビスコカップで大活躍したように絶好調みたいなので、楽しみです。土肥選手といえば、いつだったかTVで解説をしていたSジオ越後に「ベンチでヘラヘラ笑ってちゃいけません」みたいなことを言われたことがありました。楢崎、川口といった年下のスーパー・ゴールキーパーがいてなかなか出番に恵まれませんが、それでもベンチのムードを盛り上げ、試合の状況を観察して的確なアドバイスを出場している選手に送り続ける土肥選手のほんの一面をとらえて「ヘラヘラ笑っている」だなんて、失礼にも程があります! この間のレッズ戦に引き続き、その実力を思う存分に発揮してもらいたいです。
さらに大久保選手は、スペインのマジョルカへの移籍が噂されています。勢いをつけてほしいです。大久保選手は82年生まれの22歳(82年というとぼくは11歳で、第一期黄金時代を迎えていた頃かな……)。
最近は特に、観ている者を熱くさせるのは何もプレーだけじゃないんだなと思うようになりました。ベンチで試合の形勢を見守っている控えの選手たちの表情にも、心を揺さぶられるものがあります。ぼくはいつも、そうやって色んな形でエネルギーをもらって、自家発電だけではちょっと足りない部分を補っています。でも外部から注入されたエネルギーは切れるのも早いので、やっぱり自分の中から沸々と湧いてくる方を絶やさないようにしないといけない。今のところ、その心配はなさそうなのでその点は一安心です(もちろん安心なんかしている場合じゃないんだけど……)。
シンガポール戦は11月17日(水)19時20分キックオフ予定です。お仕事がある方もみんな早く帰って、TVの前で応援しましょう!
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| 2004年11月4日(木) |
| ロケンロー。 |
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来年二月から、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の続編の撮影が予定されているそうです。しかも、キース・リチャーズが出るみたい。一作目はジョニー・デップが見たくて映画館に足を運び、今度はジョニーとキースの共演が楽しみで、また映画館に行くことになりそうです。一作目の時はジョニー・デップの存在感が決め手だったし、その内容にはそれほど満足しなかったのに二作目をまた観に行こうとしているのは、やはりジョニー演じるジャック・スパロウ船長のあくまで我が道を往くという凛々しさです。そして今度はさらにキース。ステージの上ではキースの指で怪しく笑うドクロのリングが、銀幕の中に舞台を移し、今度はどんな表情を見せてくれるのか。とても楽しみです。ジャンルを問わず、作品の是非を越えて魅きつけるものを持つというのはすごいことだと思います。
「1,000の言葉よりも3分間のロックンロール」と言ったのは佐野元春ですが、キースのソロアルバム「Talk
Is Cheap」もそんなニュアンスだと思います。そしてそれを自ら実践しているから、言葉の真意が伝わってきます。
ぼくもジョニーだキースだとワーワーキャーキャー言っているだけじゃなく、早く自分の存在を確立させないと……。
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| 2004年11月3日(水) |
| 無心。 |
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ヒゲを剃るのに1時間近くかかりました。理由あってここ三週間近くヒゲを剃っていなかったのですが、それにもそろそろ飽きてきて、まず眉毛カット用のハサミで短くして、それから電気カミソリで一気に剃るという段取りを決めました。髪の毛と同じく剛毛で、最初の眉毛バサミの段階でチョキチョキとかジョキジョキとかじゃなく、ザクッザクッザクッ、とかなり迫力がありました。そうやってある程度短くしてから、電気カミソリでバリバリバリッと行きました。3週間ぶりにつるつるになった顔の下半分が出てきた時は、「よっ、久しぶり!」という感じでした。
初めのうちはザクッザクッとやりながら、その時間を利用して色んなことを考えていたのですが、いつの間にか無心でハサミを動かしていました。瞑想をしたり、深呼吸をしたり、普段から無心になりたくて試してみることは色々あるのですが、気がつくと無心だったなぁ、というのは、これまでなら走っている時ぐらいでした。走っていると、特にランナーズハイとかじゃなくても無心になることがあります。でもペースが知らないうちに上がってしまっていたり、下がってしまっていたり、まだまだダメです。今日は思いがけず無心になるという経験をしましたが、そのためにまたヒゲを三週間伸ばすというのは、イマイチです。
無心になるとどうなるのか、何かいいことがあるのか、よくは分からないのですが、とにかく無心になりたい、無心でありたいと願うことはよくあります。無心になったらなったで今度はどうすれば元の状態に戻れるのか、意識的に戻れるのであればそれは無心じゃなかったんじゃないか、とか色々疑問もありますが、「無心」という境地は一時的でもいいから、経験してみたいものです。
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| 2004年11月2日(火) |
| 「初めに言(ことば)があった」。 |
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絶対的な神の存在を前提としない限り、この含蓄ある言葉を一般的に使いまわすことはなかなか難しいと思いますが、聖書の中での意味は一旦置いといて、自分の身の回りのことだけに限定して「初めに何があるのか」と考えてみると、言葉ではないことが分かります。
言葉には本当に苦戦させられます。書いては消し、消してはまた書き、消すために書いているような、書いたり消したりすること自体が目的のような、そんなおかしな錯覚に陥りそうになったりもします。口にした次の瞬間にその言葉を回収したくなることもあります。言葉に自分の思った通りの意味を付与させることができたなら、もっとスムーズに、ストレスのない毎日を送れるような気さえします。でもそうなると、今度は付与させたい意味が問題になってきます。だから、言葉よりも意味が初めにあるのかなと思います。でもここでもやはり、じゃあ自分の発言や行動の全てに意味があるのかと考えてみると、必ずしもそうではありません。いつもいつも意味を見出しているわけじゃないことは、むしろ当然だと思います。でも、意図なら在るかも知れません。意図は意味よりも感情的というか、無意識のうちにでも付随していることがあるように思います。無意識ではあっても自分が積極的に関わっていることに変わりはないような……。意味を問い出すと、それを肯定したり否定したりされたりすることも出てきますが、意図はそういう類のものではありません。たとえば田舎の両親がみかんを送ってくれることは、こっちでも近くのスーパーに行けばいくらでも売っているということを考えると意味はないかもしれないけれど、両親の意図は痛いほどよく分かります。そしてそれは、確実にぼくの心に届き、意味は、否定されます。意図は時に無意味で無目的なものなのかもしれません。
意図が頭で意味などを考えた上で持つものでないとすると、初めにあるのは意図かなぁというのが、今のところのぼくの考えです。それを伝えたくて言葉を駆使し、相手にも分かってもらうためにそれっぽい意味を後から考えて付け足したりして……。だけど無邪気な意図が人を傷つけることもあります。だからといって意図について考え出すと、意味を介して考え始めてしまったり、そうなると本末転倒です。そのうえ、「意図」という言葉にぼくが付与したい意味が付与されて伝わるかどうかという問題も残ります。その辺は多分、バランスの問題です。あ、でもその前に意図を生む素地となるものとして、経験や環境という大切な要素があるか……。
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| 2004年11月1日(月) |
| 青い目覚まし時計。 |
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今日未明、床に置いてあった目覚まし時計を派手に踏んづけてしまいました。ガッシャーン、ゴロゴロゴロォ〜、ドカッ! と負けじと派手に転がった目覚まし時計は、アラームの針が外れてしまっていました。時計の機能はどうやら無事のようだったので、そのまま時計としてだけ使い続けようかとも思ったのですが、修理することにしました。
こういう時に何かと便利なスイスアーミーナイフでネジを外し、分解し、どうにか元通りにしました。……書いてみるとこれだけのことなので別に大したことじゃないように思われそうですが、プラスのドライバの山が頼りなくなっていてネジを外すのに結構手間取ったり、眼鏡の修理用のもっと細かいドライバを使ったり、ぼくなりに頑張ったんです。思えばこの目覚まし時計も部屋に海のイメージを持ち込もうと思って買った透明ブルーのお気に入りだし、チャップリンの『キッド』や『自転車泥棒』を見てものをもっと大切にしようと気持ちを入れ替えたばかりだし、メカオンチを克服するためにも、構造の単純な目覚まし時計はとっかかりとしてちょうどいいと思ったのです。これまで日記などで書いてきたことが口だけじゃないということを自分に対しても証明するために頑張った、と言うと、もちろん言い過ぎです。
便利になればシンプルな生活がいいと言い、シンプルな生活をしているともっともっとと多くを求め、何かが壊れるとすぐに買い換えようとするぼくは、とても贅沢で自分勝手です。それに、ネジを外して針を付け直してネジでまた留めたぐらいで頑張ったと言っているなんて大した甘ちゃんです。それを、この目覚まし時計の修理をきっかけに、改善していけたらと思っています。
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