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| 2004年12月31日(金) |
| よいお年をお迎えください。 |
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阪神芦屋駅のホームに電車が入ってくると、「線路は続くよ、ど〜こま〜で〜も〜……」という曲が流れるのですが、するとぼくは途端に郷愁に駆られます。あの曲が持つローカルな雰囲気で汽車の旅をしたことがあるわけではないし、耳にして思い浮かべるイメージと故郷がダブるわけでもないのですが、ホームに立って、本を読みながら電車を待っていても人と話をしながら待っていても、あの曲がかかると一気に心を奪われて、遠くの方の空や山を眺めたりしてしまいます(だからといってよく知っている曲というわけでもなく、口ずさみ始めても途中からは歌詞を知らないために鼻唄に変わっています。それに、電車に乗らないといけないのでハッと我に返るため、いつまでも空想が続くこともありません)。
何がこうまでぼくを魅きつけるんだろうと思ったりもするのですが、明確な答えを見つけ出したくない種類の疑問のようにも思えて、あまり深く考えたことはありません。でもたぶん、知らない土地に対する憧れとか、今から考えると決して快適とはいえない汽車の旅が贅沢だった頃の控えめな気持ちとか、そういう素朴な情意を連想するんだと思います。自分の知らない時代に想いを馳せるなんて変だなぁと思うこともありますが、ぼくは(こんな贅沢を言うと厳しく叱られるかもしれないけれど)、もっとモノや色んなコトが豊かで複雑じゃなかった時代に生きたかったなぁと思うことがあります。
自分の弱い心を環境のせいにするつもりではないのですが、今は色んなことがシンプルじゃなさすぎるように感じます。時代遅れの男になりたいわけじゃないし、そんなことを言っても周りが許してくれないだろうけど、自分のことに関しては「極力シンプルに」と意識しています。だから、色んな考え方ができるけど自分が本当にこれだと思う方法を見つけたら2番目以降の考え方は最終的には放棄(我慢)するし、よっぽどのことがない限り1番目と2番目が覆ることはなく、1番目の選択肢を選んだことに納得できるまでは次の選択肢や次の関心事に本気で取り組むこともできません。なかなか融通の利かない困った性格です……。全部、翻訳の話です。
そんなこんなも含めてみなさんには今年も色々とご迷惑をおかけしましたが、おかげさまで無事に健康に過ごせました。色んな方と出会えて、色んなお話をお伺いすることができて、そんな全てがぼくを(比較的)大きく広く、深くしてくれます。ありがとうございました。来年はぼくが翻訳家としてできることをさらに追求し、それが社会的な意味・意義を持てるように頑張ります。そしてもちろんこのHPも、みなさんに楽しんでいただけていると信じて(!)鋭意展開していきたいと思っています。よいお年をお迎えください。ぼくは今日の夕方から来月の4日か5日まで帰省します。
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| 2004年12月30日(木) |
| 想定外の日々でも計画的に。 |
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思いがけず一日を余分に芦屋で過ごすことになり、朝から気分はゆったりとしていたのですが、思いがけず一日を余分に過ごすことになったからにはそれなりの理由があり、それほどゆったりとしている余裕はありませんでした。
というわけで、朝から小堀の運転で亜紀ちゃんの待つ大阪駅まで行き、そこでぼくは今では持ち主よりもぼくの方になついていたんじゃないかと思われるプレオと別れ(ついでに二人とも別れ)、買い物を済ませ、芦屋に戻ってきてからは髪をカットしてもらい、それからR.ストーンズのDVDを復習し……。結局夕方になってまた慌てふためいていました。尻に火がつかないと本気が出ないのはぼくだけじゃないということは昨日確認できたのですが、それにしても年末がこれほど具体的に慌しくなるとは思っていませんでした。やっぱりきちんと計画を立てて、どんな小さな予定でも軽んじることなく、一つ一つ片付けていくことが大切だと思いました。結局変更してもらったJRのチケットは明日の夕方に新大阪を出るやつで、だから余分に二日近くを芦屋で過ごすことになりました。
芦屋は引越したいと思っていたのに結局引っ越さなかったり、帰ろうとしても足止めを食らったり、ぼくにとってちょっとした曰くつきの土地になりそうな感じがする、というのは多分考えすぎだ。
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| 2004年12月29日(水) |
| 順延。 |
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明日に帰省を控えているというのに夜になって思わぬアクシデントが発生し、慌てふためいていたのですが、帰るのを明後日にすると決めたらちょっと余裕ができました。
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| 2004年12月28日(火) |
| いつもの朝。 |
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朝になり、街が動き出すと地球の体温も上がるのが分かる。人や、車や、草木までもが放熱を再開する。一日の始まり。体内に溜め込んでおける熱量には限界があるんだと思う。食べた分は運動をするように、蓄積されたものは外に出される必要がある。そして外に出した分は、また別の形で取り込む必要がある。その繰り返しが、生理的な意味で生きるということなのだろう。夜に静まり返って、朝に動き出す。昼にピークを向かえ、周期を重ねる。人も、草木も、そして地球も一緒だ。生きている。隣りに暮らす人の心の内が見通せないように、予測できない大振動が地球を震わす。百年に何度とか確率の問題じゃなく、常にそういう可能性を秘めた生命体の上にぼくたちは棲んでいる。自分たちも含めた自然の存在をどう受け止めたらいいのか、予測不能なことが起きて無力感に苛まれた時、何を覚悟して生きていけばいいのか。「(神に似せて造られた)人間が地を従わせ、(中略)……生き物を全て支配」すると考えるのは、ことばの真意を取り違えているはずだ。エゴだ。ぼくにはまだ、何の答えも見つかっていない。そして明日もまた、朝になればぼくは目を覚まし、いつものように一日の活動を再開する。
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| 2004年12月27日(月) |
| 乞うご期待。 |
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今日は、東京外大で一緒だった「もとさん」と約五年ぶりに会いました(あれから五年も経っていたなんて……)。休暇で彼女と一緒に神戸に来ていると連絡があったので三宮で待ち合わせ、三人でけっこうヘビィな昼食をとった後、北野の坂を上って新神戸までの散策路を歩きました。
外大に編入学した頃は、若干の後退も覚悟の上で新たな一歩を踏み出すことを自分で選択しておきながら、いざ新しい環境に身を置いてみると慣れないことの連続に弱気の虫が頭をもたげ、甘ったれた自分をずるい自分が正当化しようとしていました。外大には年齢も経歴もバラバラの同期編入生が何人かいて、ぼくなんかは新学期の五月ぐらいにすでに期待と現実のギャップに対応しきれずに屋上で昼寝とかばっかりしていたんだけど、もとさんはいつも前向きで、ぼくはそんなもとさんがいたおかげで、後になって後悔する必要のない外大生活をどうにか送れたぐらいです。だから、恩人です(それなのに今日はお昼をぼくの方がごちそうになってしまいました……)。
今日ももとさんの話を聞きながら、そして自分の話をしながら、当時のことを思い出していました。会社を辞めて、一から出直そうと決心した頃のことを。あれから五年かぁ(……え? もとさん、やっぱり四年じゃないですか???
いずれにしても)、色々あったけど、ちょうど一年の区切りとなるこの時期に振り返ることができたのは良かったです。そしてもちろん、五年ぶりにしろ四年ぶりにしろ、久しぶりにお会いできて嬉しかったです。来年八月の富士登山、楽しみです。
年末は思いのほか忙しくなってしまったけれど、新年からはまた本業をしっかり頑張りたいと思います。
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| 2004年12月26日(日) |
| 冬の月。 |
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冬の夜は、国道43号線に架かる歩道橋の上を歩いていても何だか静かな感じがする。あれだけの騒音とともに大型トラックや改造車が絶えず走っているのに、それでも全ての音が夜空に吸い込まれていくような、冷たい空気に閉じ込められていくような、そんな静けさがある。流れるテールライトやヘッドランプの光すら、幻想的に見える。月のせいかもしれない。あるいは月のおかげかもしれない。そしてぼくは口笛を吹きながら、自分の心に耳を傾ける。耳に届いた声が、共鳴するぼくの記憶を呼び覚ます。それがイメージになり、言葉になって現れる。何かが足りない絵画のように、音のない映画のように、少しの違和感とともに、さっと身体を通り過ぎてゆく。都会の真ん中で、ぼくに何かを訴えながら。
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| 2004年12月25日(土) |
| 本気さ。 |
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智に働けば角が立つ
情に掉させば流される
意地を通せば窮屈だ
ホント、そうだよ。前の千円札が懐かしい……。
虹を見て以来、一日に一つでも何かささやかな幸福を見つけようと意識しているけれど、目に映るのはイヤな面ばかりだ。ささやかな不幸を積み重ねて大きく憤り、ささやかな幸福を見つけても一つずつ使い捨ててしまう。楽な生き方に流されてしまっている証拠だ。我慢の足りないぼくは棚の上から周囲を見下ろしている。そんな自分が何よりイヤだ。角が立っても、流されても、窮屈でも、そこに本気さがあれば後悔はなく、そこに人を思いやる気持ちがあれば少しは住みよくなるだろう。そんなことは人生の基本だ。だからぼくたちは、人の世に棲み続けている。
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| 2004年12月24日(金) |
| Warm & Tender |
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この時期、たくさんの方からグリーティング・カードをいただいています。ぼくの場合、誰かと同じ職場に所属するということがないので、こうしたカードや普段のメールなどのやりとりがとても有り難いです。励みになってます。久しぶりに懐かしい友達から連絡があったりすると、嬉しくてウキウキします。
ぼくの心を暖かくて優しい気持ちにしてくれるのは決して街に賑わう音楽や装いではなく、こうした友たちの存在です。みんなありがとう。今年も残すところあと一週間です。飲みすぎ食べすぎに注意して頑張りましょう!
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| 2004年12月23日(木) |
| 荷物。 |
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年末の大掃除を前に、とりあえず本とビデオを整理しました。読み始めたものの途中で挫折して何ヶ月もそのままになっていた本と、好きで買ったけれど数回観ただけで後は場所を取るばかりだったビデオは、ブック・オフに引き取ってもらいました。ブック・オフは何ヶ月か前に初めて利用して、その時は大量の本やCDを持って行ったのでそれなりの金額で売れたのですが、今回は数も少なかったので、ぎりぎりお昼ご飯代になるかならないかというぐらいでした。
部屋に新しい荷物が増えた時や、引越しの時、そして今回のように少し部屋を整理しようと思った時に、改めて自分の荷物の多さに呆然とすることがあります。そしてその主な原因は、間違いなく本とCDです。でも前回と今回のブック・オフのおかげで、どうにか狭い部屋が落ち着くぐらいにまでは整理でき、しかも本棚とCDラックにはぼくの好きな本とCDだけが並んでいるという状態ができました! 心安らぐスペースです。それでもまだ部屋には荷物がいっぱいで、本当はどんどん減らして身軽になりたいと思いながら、なかなか捨てられないものも多く、困ったものです。そしてそれ以上に、贅沢な話です。でも、モノがあることの幸福に感謝し、誠実に活用していけばバチも当たらないだろうし、豊かに暮らせる要因の一つにもなってくれるはずです。と、自分に言い聞かせて、揃い過ぎているぐらいの生活用品に囲まれた一日を今日も過ごせたことに感謝して、じゃあ、そろそろお休みなさい。
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| 2004年12月22日(水) |
| 不思議。 |
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特に夜、一人で歩いている時のぼくはかなりの頻度で何か歌を口ずさんでいます。しかもたいていの場合、もう何年も聴いたことのない曲です。今ではすっかり聴くことのなくなった曲を、何の意識もせずに口ずさんでいるいうのは自分でも驚きです。しかも、たいてい長渕剛です。『俺らの家まで』や『二人歩記』などを歌っていた長髪の頃の曲が大好きで、中学生の頃も『勇次』とか『久しぶりに俺は泣いたんだ』なんかをよく聴いていました。それがいつの頃からか全く聴かなくなってしまい、だけど今でも夜に一人で歩いていると知らず知らずのうちに口ずさんでいるのが、
もしもやさしさが風ならば
百年だって吹かれよう
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ねぇ もう少し正直でいいんじゃないか
ねぇ もう少しひたむきでいいんじゃないか
と歌う『明け方になるまでにはケリがつく』という曲です。夜に一人で歩いている時にしか思い出しもしない曲です。今日も歌っていました。昨日も歌いました。不思議です。
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| 2004年12月21日(火) |
| 早寝早起きのススメ。 |
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今日も朝からいい天気でした。空気が凛と冷たくて、だけど日の光は暖かで、年末の慌しさとか、早く年賀状を書かないといけないということや、HPの衣替えをしたいと思いながらそのままになってしまっていることなど、日頃のモヤモヤみたいなのを全部忘れて、外に出かけたくなるような一日でしたが、それなのにスーツを着て、朝から晩まで仕事でした。そしてそれなりに疲れました……。
こんなことは久しぶりです。以前は仕事がある中で、時間がないといいながらどうにか隙間に空き時間を見つけたり、睡眠時間を誤魔化したりしながら自分の時間を見つけていました。だけど、丸々一日が自分の好きなように使えるとなってからは、その時間を有効に使うのがなかなか難しいことに戸惑っていました。おそらく絶対的な量としては有効に使えている時間は圧倒的に増えているんだけど、無駄に過ごしてしまっている残りの時間も増えてしまっているはずなので、そっちの方が気になっているんだとは思います。それはたとえば、「学校とかで受けるテストでも、できた時はできなかった問題のことが気になって手応えとしてはできなかったような気になり、できなかった時はそれでもできた問題もいくつかはあったと無意識のうちに自分を慰めていてできたと思い込んでしまっている状態」によく似ています、などど悠長なことを言っている場合ではなく、年の瀬になって今年を振り返ってみると、やはり少しのんびりしすぎていました。これはこの夏の終りにも反省したことです。また同じことの繰り返しだ……。
でもおかげさまで具体的にやりたいことにプラスして、最近は具体的にやらないといけないこともいくつかできてきて、だから時間も具体的に振り分けて使えるようになってくるはずです。そんなことを言いながら、今日もまた今日の日記のアップが「明日」になってしまいました。明日(今日)からは早寝早起きを心がけよう。
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| 2004年12月20日(月) |
| Like A Rolling Stone |
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ちょっと古い話ですが、先月、米紙『ローリングストーン』特別号で歴代ロック名曲500選が発表され、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」が一位に選ばれていました。ストーンズの「サティスファクション」やレノンの「イマジン」、プレスリーやビートルズを抑えて堂々の一位です。そしてディランは、「順位は時代とともに変遷するもので、このタイミングで一位だという事実にはそれほど興味がない」という主旨のコメントを発表していました。時代とともに変遷するとは言っても、「ライク・ア・ローリング・ストーン」が収録されているアルバム「追憶のハイウェイ61」が発表されたのはぼくが生まれる6年前、1965年で、その間、複数の世代から支持されてきました。時代の代弁者にはなりたくない、一人のロックンローラーだと言い切るディランに影響を受けた若者は大勢いるはずです。代表曲の一つに数えられるこの曲は、「以前は綺麗に着飾って、他人の忠告にも耳を貸さず、栄光の絶頂にあったあんたが今じゃひとりぼっちで、誰からも見向きもされなくなって、なぁ、どんな気持ちだい」と歌っています。ディランのコメントにある「変遷する」ということの意味がこの曲に、この当時から込められていたんだと思います。だからこそ、1曲のヒット曲、1枚の名盤、1時期の地位にしがみつくことなく、自ら今も転がり続ける人生を送っているんだと思います。その人が一流だとか二流だとか、そんな区分に意味はなく、ただその人の行動がその人自身の言葉を裏付けているかどうか――そう考えた時に、ぼくたちは魅力を感じたり、テキトーさを見破ったり、見破られたりするんだと思います。「言うは易し……」なんていう甘っちょろい言葉は不要です。思いを歌に託し続けるディランのように、何を飾ることもなく、何を誤魔化すこともなく、心のままに歳を重ねていきたいです。
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| 2004年12月19日(日) |
| 長堀通りを歩きながら。 |
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今日はけっこう夜遅くに長堀通りを歩きました。堺筋と交差するところに立つ茶色い八角形の立派な建物を見上げると、何フロアーかに電気が点いていました。日曜日だというのに、保険会社の人は夜遅くまで働いているのです。ぼくもそこに勤めていた頃は、日曜日も祝日もよく出社していました。野球の後、みんながファミリーレストランで反省会という名の楽しい会合を持っている間も、一人抜け出して地下鉄で長堀橋駅を目指したこともありました。あの頃は、たとえば今日のようないい天気の日に一日中オフィスにこもりっきりで仕事をしていることにもったいなさを感じたり、朝早くから夜遅くまで働きづめる毎日に焦りのようなものを感じたりしていました。天気のいい日は外で遊びましょう! もっと一日を健全に過ごしましょう! 保険会社の仕事にやりがいを見出しながら、生活にリズムを作りきれていなかったのです。
でも、今はそこを離れたからかもしれませんが、そういうふうには感じません。幸せには色んな形があって、その辺にごろごろと落ちているのでもなければ、初めから幸せとして存在しているのでもなく、自分の視点をどう持っていくかによって、幸せになり得るものも平凡に見えたり、平凡と思われるものにも幸せを感じられるようになったりするのです。
富士火災を離れて7年、色んな形で人と接していますが、ぼくが今でも社会人としてどうにかバランスを保っていられるのは、大学を出た頃に富士火災で学んだことが大いに役立っているからです。あの頃にお世話になった方には本当に感謝しています。ぼくの生活や人生が富士火災を始め、一つの会社の中に落ち着くことはなかったけれど、そこでの経験はぼくの中で確実に生きていて、ぼくを支えてくれています。
みんな元気かな? どうか無理をせずに頑張ってほしいです。そして、またどこかで会えればいいなと思います。
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| 2004年12月18日(土) |
| ラララ。 |
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今日は、靄と呼ぶにも霧と呼ぶにも中途半端に空気が濃かったというか、煙たかったです。図書館に行ってきただけなのに、高地を歩いているような感じがしました。手で払いのけながら歩きたいぐらいでした。でも、おかげで遠くに見える六甲山系が、くすんだ青色のような灰色のような単色に見え、雰囲気がありました。手前の方から後景に向かってだんだんと色合いが淡くなっていく山並みには、なんとなくホッとします。ぼくは小さい頃から山に囲まれて育ったせいか、山のない環境というのがどうにも落ち着かず、四年ほど東京で暮らしていた時も背景に山がないことにオロオロしていました。行ってすぐに違和感を覚え、やがてそれは山が見えないからだということに気がつきました。それまでは那智山、神倉山、甲山、六甲山と、いつも視界には山がありました。それが、東京では通勤電車内から富士山が見えたり、神奈川県の川崎市から新宿の高層ビルが見えたり、視界を遮るものがなく、一番向こうが山ではなく、視力の限界でぼや〜っとなっていって終わりなのです。あの雰囲気には、四年いても慣れませんでした。
ぼくが育った熊野地方の山脈は、昔から滝や川、岩などに神が宿る信仰の聖地とされてきたそうです。確かに車で二十分程走って那智山に入っていくだけで鬱蒼とした大自然に囲まれ、そんな中で人間が些少な存在だということを思い知らされます。人間なんてララ〜ラ〜ララララ〜ラ〜です(でもそれは卑屈になるという意味ではなく、謙虚に、ということです)。
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| 2004年12月17日(金) |
| 冬の空。 |
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最近は夜になってから外に出ると、一気に体の芯まで冷えてしまいます。でも空はとても澄んでいて星もきれいに見えるので、ついつい上を向いて歩きながら、口笛でも吹きたくなります。今日はそんな感じでオリオン座とか眺めながら、斉藤和義の『空に星が綺麗』を口ずさんでいました。「いろんな事があるけど 空には星が綺麗/懐かしいあの公園にちょっと行ってみようか/最近忘れてること なんか思い出すかも……」というやつです。
広い視野を持つというのは、自分の周囲だけでなく、「現在」の周囲、つまりちょっとした未来やそれなりの過去のことも考慮に入れるということだと思います、最近忘れてたことなんかも思い出しながら。自分と、周囲の人たちや環境。今の自分と、過去の自分、将来の自分。ぼくは時々、自分の周りだけ時間が止まってしまっているように感じることがあります。今を基準にして考えるとそれは過去であり、自分を基準にして考えると自分が過去で止まってしまっているだけに周りの人の周りでは時間がどんどんと過ぎていくような感覚です。昼休みにみんながドッヂボールをしに運動場に出て行くのに、ぼくだけまだ給食を食べていて置いていかれるような……。ホントに時間は誰にも平等の速さで流れているのかナ? ぼくはゆったりと流れる時間の中で、一人ドタドタと慌しく駆けずり回っているように感じます。
冬の空を見上げていると、ずぅ〜っと昔まで続いているように思えてきます。夜空を見上げていて続いているように感じるのは、未来ではなく昔です。未来につなげるのは、空じゃなくって自分だということですか?
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| 2004年12月16日(木) |
| 今日の幸福。 |
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図書館に行った帰り、ぽつぽつと雨が落ちてきました。洗濯物を出してきたことを思い出し、でもまぁえっか、と思ってそのまま歩いていたのですが、雲行きを確かめようと空を見上げると、虹が出ていました!
しかも途中で切れているようなハンパな虹じゃなく、左から右まできれいに大きな弧を描いているやつです(思わず足を止め、携帯していた携帯で写真を撮ってみたのですが、写りはイマイチでした……)。つい先日も見たばかりで、その時は虹を見るなんて久しぶりだなぁと思ったし、めったに見られる現象じゃないような気さえしていました。でもそうではなく、ぼくが虹を見つけられなくなっていただけなのかもしれません。
人に会えば良くも悪くも何らかの影響を受けるように、外に出るとそれだけで何か発見があるのかもしれません。影響とか発見とか、外的なものに端を発するように思いがちですが、実は自分の心の透明度とか曇り具合と密接に関係しているようにも思います。外の様子がどうであれ、自分さえフラフラしていなければ、どこかにステキなものを発見できるんじゃないかなぁと、過度に希望的な観測かもしれないけれど、そんなことを考えます。それに、以前どこかで、「ため息をビニール袋に入れてそれを金魚鉢にぶくぶくと入れると、金魚はあっけなく死んでしまう」というようなことを読んだことがあります。ぼくは金魚よりは体力があると思うけど、それでもため息とか恨み節みたいなもんは極力持たないに越したことはありません。だから、些細な幸福に敏感でありたいと思っています。とりあえず今日の幸福は、虹を見たことです。
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| 2004年12月15日(水) |
| ジャンル。 |
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ここ1、2年、自分が読む本の「ジャンル」が気になっていました。ベストセラーになっているような本に無関心だったり、作りたい本は売れるからという理由で恋愛ものとミステリー限定だと言い切る作り手に寂しさを感じたり、ハリー・ポッターが出てくるとそれにファンタジーが加わっていたり、自分も読者の一人だと考えた時に、読者の意識と作り手側の方向性のギャップを思わずにはいられません。だから、そのギャップを埋めるべく、自分の興味の幅を広げ、積極的に関心を示せない本も手にとってみたり、その基準として「ジャンル」が気になっていたのです。
でも最近になって、「ジャンル」というのはあくまで便宜上のものでしかないのかもしれないと思うようになりました。作家はおそらく読者ほどにはジャンルにこだわっていないんじゃないかなぁと。何か伝えたいことがあって、それを伝えるために構成とか文体とか設定を考えた結果、辿り着いたのが例えばファンタジーと呼ばれるスタイルであったり、ミステリーであったり、ということのような気がします。考えてみると、ぼくの大好きな『不思議の国のアリス』や『青い鳥』もファンタジーだし、『木枯し紋次郎』にも実はミステリー的要素が満載です。
入れ物よりは中味です。入れ物は中味に合わせて用意されるはずであって、入れ物を決めてから何を入れるか考えるわけではないと思います。本に関しても(というか本の話をしているのですが)、どういう形で伝えるかということよりも、何を伝えるか、ということがまず先にあるのだと考えれば、ジャンルにこだわる必要はないと思うようになりました。何かにこだわる/こだわらないということは、一方ではそれ自体が不自然なことだという側面も持っていると思います。だから、あんまり振り回されるのはやめようと落ち着きを取り戻した感じです。ただ、だからといってぼくの読書が偏っていることに変わりはないので、やっぱり幅広く本を読むということを心がける必要はありそうです。ちなみに今は芥川龍之介を読んでいます。
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| 2004年12月14日(火) |
| ウォーキング。 |
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今日は朝からいい天気で、暖かい一日でした。特に朝などは陽射しもやわらかで、久しぶりに歩くことにしました。散歩です。腰の調子もイマイチだし、膝の具合もまずまずなので、最近は全然走っていません。だけど、ヘルニアは歩けば治ると吉川晃司が言っていたそうなので、歩いてみることにしました。コースはいつもの臨港線〜西宮ヨットハーバーです(以前マップルで計ってみて8km程度だと思っていたのですが、どうやら13〜15kmぐらいありそうです)。芦屋から西宮にかけては洒落た家が多く、並木道も綺麗で、空は真っ青だし、今日みたいな日は歩いていてとても気持ちがいいのですが、欲を言えば、もうちょっと落ち葉とかをザクザクと踏みしめたりドングリを拾ったりしながら歩きたかったです。足元もアスファルトよりは土の方が、歩いていて気持ちがいいです。
ぼくは手頃な運動としてランニングを取り入れているのですが、腰の悪い人がやってはいけないスポーツの代表らしいです。それは病院でも言われたし、言われなくても走っていて腰に悪そうだなというのが自分で分かります。だけど病院に行っても治してもらえないので、自分の体と対話しながら、無理をしない程度に走ることにしています。最近では、控えめにしておこうと思った場合には今日のようにウォーキングに切り替えたりもできるぐらい大人になりました。いつもは夕方に走るのですが、朝の方が体の隅々までじんわりとほぐれるように目覚めていくがよく分かって、その後の活動のためにもいいように思いました。今日は途中で大切なメールが入ったために早く部屋に帰りたくて仕方がなくなってしまったのですが、ウォーキングの場合は膝にもそれほど負担がかからないし、これからはもうちょっと距離を伸ばしていこうと思っています。
ちなみにデューク更家さんとは同郷です。
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| 2004年12月13日(月) |
| コンビニ無法地帯。 |
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近くのコンビニで、よく利用するところが二箇所あります。今日もそのうちの一つに行きました。ちょうど近くに高校があって、夕方には学校帰りの高校生もよく利用しているところです。コンビニといえば、併設された駐車場に若者がぺたっと座り込んでたむろしていたり、改造したバイクが並んでいたり、といった光景とセットになってしまっている店舗もよく見かけます。ぼくが大学の時にバイトしていた西宮のコンビニもそんな感じでした。
で、今日の場合は、店内がそれに近い状況でした。入ってすぐのコピー機の隣りにあるアイスクリームのコーナーに高校生が十人ほど群がって大きな声で話したり笑ったり軽くどつきあいをしたりしていて、彼らに囲まれる形でコピーをしているおばさんは迷惑そうで、雑誌のコーナーではまた別の若い男性が下の方に積まれた雑誌の上に自分の荷物をドカッ、ドカッと置いて立ち読み中で、成人雑誌のコーナーでは小学生の女の子が二人ソワソワしていて、でもぼくはアイスクリームにもコピーにも雑誌にも用がなかったので、自分の買うものだけを買って帰ろうとすると、ちょうどアイスクリームに群がっていた高校生たちもぞろぞろと帰ろうとするところで、通路をふさがれる形になりました。すると、その中の一人が仲間たちに、「おい、どけよ、お客さん通れんやないか!」とぼくに通路をあけてくれました。
時に傍若無人で、でも本当は礼儀もわきまえている若い人には、これまでも何度か出くわしたことがあります。匿名になれる環境では行儀が悪くなって、個人的に対面したりすると妙に如才なくふるまったりするというのは、もしかしたら最近の流行りなのかもしれませんが、あんまり好きなパターンじゃありません。インターネットなどの世界でもそんな傾向が見られますが、それは現実の反映なのかな、という感じです。ぼくは自分より若い子にはかなり甘いのですが、それでもこういったふらつき加減には少しの不安を感じたりもします。でもまぁ、ぼくも多分そんな感じの高校生だったのかもしれません(当時はコンビニなんかなかったけれど)。
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| 2004年12月12日(日) |
| ホノルルマラソン。 |
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今日、ホノルルでは「JALホノルルマラソン2004」が行われました(行われたはずです)。古座川下りや少年野球、関西学院大学がぼくのこれまでの中で大きなウェイトを占めているのと同じように、ホノルルマラソンもぼくにとっては大きな大きな思い出となっています。96年に初めてホノルルマラソンに出場して以来、日本でも何度か色んなレースに参加しましたが、それらは全部がホノルルに向けての調整のためでした。
ホノルルマラソンに参加することになったのは「たまたま」で、何でもよかったというのが正直なところです。富士登山になっていたかもしれないし、熊野古道踏破という目標になっていたかもしれないし、日本(もしくは琵琶湖)を自転車で一周するというのもよかったかもしれません。当時考えていた言葉で言えば、「(自分にとっての)極限に身を置く」ことができれば何でも良かったのです。でもそれでは日頃から体力づくりにそれほど勤しんでもいないクセに表現が偉そうなので、もっと日常に照らして言い換えるなら、「無心、あるいは無欲になれる環境づくり」だったような気がします。そうすることで、本当に自分が大切にしたいと思えるものが何なのかが分かると思ったのです。だから、毎回「FINISHER」と書かれたTシャツを受け取りながら、まだ何もフィニッシュなんかしていないということを痛感していました。それでも、どこに自分の目指すゴールを置くかということは、ホノルルで走るたびに明確になっていったように思います。
当時は何に不満があったわけでもないのですが、そうかと言って、やりたいことがやれているわけでもなく、とにかく毎日が不完全燃焼だという思いがとても強く、一日一日の活動は順調だったにも関わらず、内心は焦っていました。社会人になってしまっていたので、不完全燃焼の日常を送ることに慣れてしまうと、それがぼくの一生のベースになってしまうような気がしたのです。ぼくはもっと目をキラキラと輝かせたかったのです。
今、もしかしたらあの頃から歯車が狂い出してしまったんじゃないかという一抹の不安も抱えながら、どうにか目をキラキラと「輝かせられるはず」の環境にいることができています。あとは自分次第です。だから、ホノルルはぼくの恩人です。来年こそ! という想いを、今朝の五時からずっと、強くしています。
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| 2004年12月11日(土) |
| バイトと言えば……。 |
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学生の頃はクラブ活動で時間が取られて普段はほとんどバイトが出来なかったので、夏休みに二週間とかまとまった期間、いわゆるリゾートバイトをよくしました。会員制の高級ホテルみたいなところに行ってしまって、お客さんには愛想がいい分、バイトを含む従業員はやたらこき使われたり、そこそこいい部屋を使わせてもらっていたからか、知らないうちに諸経費をバイト代から引かれていたりしたこともありました。
中でもサイアクだったのは長野県の山奥にある旅館で、リゾートとは名ばかりでテニスコートのネットは穴だらけだし、布団部屋は一般家庭の物置みたいだし、ぼくはもう何年も使ってなかったやろ! というような離れ(正確には「離れすぎ」)をあてがわれ、荷物を置くと着替える時間も与えられずにさっそく蜘蛛の巣だらけの台所や階段や廊下の掃除をし、布団を全部干し、アカやカビだらけの風呂を掃除し、ゴミを捨てる時にゴミ袋ごと捨てたと言って怒られ、終わったと思ったら大根を一気に10本ぐらいすらされたり、今まで自分たちがサボっていた分をまんまとバイトにきたぼくに全部させてやろうとしか思えないような感じでした。それでぼくは、数日後に合流する予定だった友達に電話をして、来ない方がいいとアドバイスし、一人ぼっちで一日が終わるたびに手帳に×をつけ、三日目ぐらいからは朝の仕事が終わって×をつけ、昼の仕事が終わって二つ目の×をつけ、夜の仕事が終わって三つ目の×をつける方式に変更し、そうやって帰れる日を指折り数えながら契約期間を全うしたのでした。
でも、帰ってからクラブの合宿などでみんなに話すとかなりウケたし、イヤな経験の振り払い方として「あ、こういうのもありかな、」とは思いました。誰かに話してしまえば笑い飛ばせるようになるという効果は確かにあると思います。だから、誰かの愚痴を聞くことも、そのお返しとして大切なことです。ただ、両親は電話をかけて抗議でもしかねないぐらい本気で怒っていました。
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| 2004年12月10日(金) |
| Friendship is the finest flower in the garden of life. |
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今日は阪神芦屋駅前に比較的最近できたスーパーで買い物をしました。特に高級食材や珍しいものが並んでいるわけでもなく、高くもなく安くもなく、入り口の左側のドアが出口専用で右側が入口専用なので慣れていなければ出入りする時に若干戸惑う、ということ以外は普通のスーパーです。でもお客さんたちはコートの襟を立て、ファッショナブルなブーツを履き、バッグはぴかぴかで、はしゃぎまわる子供たちの姿なんかは見られません。だから、鮮魚コーナーや揚げ物のコーナーで声を張り上げている店の人の掛け声には、大いに照れ臭さが感じられました。店内の大半を占めるお客さんたちがおしとやかなのに、店の人間が喚き立てるわけにもいかないだろうなぁという感じです。店の人たちも大声を出すことがそもそも苦手そうに見えました。
ぼくは学生の頃、大阪駅の近くにあるカレーショップでバイトをしていたことがあります。たしか初めてのアルバイトでそれなりに張り切っていて、駅に近くて賑やかだったということもあって、ぼくは元気よく「いらっしゃいませ!」とか「ありがとうございました!」と挨拶するよう心がけていました。だけど普段は大きな声を出す方じゃないし、大きな声を出す時といえば野球をしている時ぐらいだったからか、挨拶が球児のようになっていたらしく、店長から「ちょっと恐いな。お客さんビビるぞ」と言われました。そういう店長は池乃めだかにそっくりで、店はカウンター席だけでカウンターと奥の壁との間は人がようやく一人通れるぐらいの狭さだったのですが、店長はそこでちょこちょこと歩き回り、かなりコミカルでした。「恐い」と言われたぼくは、基準がコミカル寄りなんだと思い込んでしまって、それ以来ちょっと気持ちのどこかで挨拶に笑いを追求するようになっていました。店を閉めた後はみんなで残ったカレーを食べてから帰ったり、それなりに楽しいバイトでした。人と会えば、何らかの印象が残るし、それは自分に何らかの影響を与えるし、大切なことだなぁと、芦屋のフツーのスーパーで買い物をした帰り、考えながら歩いていました。
かつてぼくの The GoodFella が色んな経験を振り返って、「やっぱり一期一会やね」という内容のメールをくれたことがあります。自分がそんなことを言うタイプじゃないからぼくが驚くんじゃないかちょっと心配だ、とちょっと照れ臭そうなメールでしたが、ぼくはもちろん、驚きなんかしませんでした。ぼくの大切な友達はみんな、それを言葉にするかどうかは別として、自他のバランス感覚がいいというか、人との出会いや周りの人間のことを大切にする人ばかりです。ぼくはそれが嬉しくて嬉しくて仕方がありません。毎日色々と腹の立つことも多いけれど、人を軽んじるような発言をしたり自分のことしか考えていないような行動を取る人に、一番腹が立ちます。でももちろん世の中もぼくの周りもそんな人ばかりじゃないので、なんとか理性を保っていられます。古くからの友達と新しい出会いには本当に感謝です。
ぼくはよく、話の展開が急だと言われます。今日の日記なんかもそうなのかな??? でもぼくの中では密接につながっているのです。もちろんただの連想で話をすすめていることも、たまにはあります。
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| 2004年12月9日(木) |
| たまには(?)ゆっくりと。 |
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今日は『不思議の国のアリス』を英語でちょっとだけ読みました。邦訳は何度も繰り返し読んだのですが、英語で通して読んだことはまだありません。いつも一部だけを拾い読みです。今日も冒頭の数パラグラフを読んだだけです。なので、ついでに邦訳も該当部分を読んでおきました。
以前はよく、すでに翻訳がでている本を原書で買って、部分的に原文と訳文を読み比べたり、自分で翻訳をして読み比べてみたりしていました。『赤毛のアン』や『若草物語』、『ボーダー・ミュージック』なんかはそんな読み方をけっこう繰り返しました。5、6年前のことです。でも今はもうそんなにゆっくりと時間をかけて翻訳の練習をする時間がとれず、常に「作品」として完成させることを考えてしまいます。翻訳されていない本を探して、読み込んで、翻訳して、推敲して、推敲して、ちょっと寝かせてからまた推敲して、原作を読んで、原作を読み返して、推敲して、そんなことをしている間に他で翻訳が出ないことを祈りながら、ヒヤヒヤしながら、推敲して……。もしかすると以前の方が翻訳に対して純粋に取り組んでいたのかなぁと、ちょっと思ったりもしました。そして、あっという間に2004年も終わりそうです。
今日はふとしたことから "Alice's Adventures in Wonderland" と『不思議の国のアリス』を読むことになり、そんなことを考えていました。そして、自分の翻訳に対する考え方や、あり方や、翻訳力そのものについて、たまには考えてみることも大切だなぁと思いました。あんまりぐだぐだと考えてばっかりいるよりも、やってみないことには始まらないという基本的な考え方は変わらないのですが、こうしてたまにはゆっくりと「そのもの」について考えを巡らせてみるのもいいもんだ。
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| 2004年12月8日(水) |
| 便利なソフトウェア。 |
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PCを使っていると、急に再起動が始まって、エラーメッセージと呼ぶにはあまりに威嚇的かつ自分勝手なメッセージが出ました。別に大きな負荷をかけていたわけでもないのですが、「ナントカカントカのために、システムがクラッシュ!してドウノコウノ……」というような感じで、そのくせ、すぐに画面が切り替わって「システムは深刻なトラブルから快復しました」みたいなメッセージが出て、そして何もなかったかのように元の画面に戻るのです。ということが二度もありました、今日一日だけで。パソコンみたいなハイテクは何がどうなっているのか、ぼくには全然分からないので、とりあえず保存している大事なデータの保存にはこれまで以上に気をつけようと思いますが、基本的にはお手上げです。
以前、メーカーのサポートセンターのようなところに電話したことが何度かありますが、そのたびに、ああいうところに勤める人はまさにプロフェッショナルだなぁとホレボレしました。実際に横にいるみたいに、分かりやすく手取り足取りサポートしてくれます。そうかと思えば、言われた通りにやってもおかしかったことが一度あって、「時間をおいて今の通りにもう一度やってください」と言われ、言われた通りに時間をおいてもう一度も二度もやって、やっぱりダメだったので再度電話すると、「これでいいはずなんですけどねぇ……」と言ったきりダンマリを決め込まれたこともあります。マニュアルか何かがあって、それでたいていは解決できて親切な応対をしてくれるんだけど、それでどうにもならないような滅多にない場合には、意外と親切じゃなかったりするのかなぁ、と思った記憶があります。
いずれにしても、今回のクラッシュ!は今のところ実害がないので、PC自体はそのままにしているのですが、早速梅田に行ってUSBフラッシュメモリを買ってきました。初めて使うのですが、シャーペンの芯入れぐらいの大きさ、形状で、それを直接USB端子に突っこんでデータを保存できるというものです。CD−Rのようにかさばることもなく、下手をすると失くしそうなぐらい小さいのですが、ウカウカしていると知らない間に色々便利なものが出来ているんだなぁと、目まぐるしく進歩するハイテクに今日もまた軽く驚いておきました。
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| 2004年12月7日(火) |
| メモのススメ。 |
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今日はけっこう朝の早いうちから、「あ、これを日記に書こう!」と思ったことがありました。それは楽しい話題で、書くことで自分の考えや気持ちも整理できそうで、いいな、と思えていたはずのことです。でも思いついた時、ぼくは風呂の掃除をしていました。うわぁ、メモしときたいなぁ、と思いながら。だけど、ただ思いついただけのテーマというよりは、以前からそれなりに考えていたことをふと思い出した、という感じだったし、風呂を掃除しながら「こういう流れで書けそうだな」と一度考えたということもあって、メモをするまでもなく忘れないだろうという思いもありました。でも、忘れてしまいました。全く覚えていません。これは記憶の引き出しの数と関係があるのか、それともただの度忘れなのか、非常に気になるところです。
以前は、ノートを常に持っていました(もちろん、風呂の掃除中も持っていた、という意味ではありません)。ペンとセットにして、出かける時もカバンに入れて、寝るときは枕元に置いて、思い浮かんだ言葉や考えを思い浮かんだ時にメモするようにしていました。だから、電気を消してベッドに入った後でもまた起き出して電気をつけてノートを開く、ということもしょっちゅうありました。ベッドに入ってからの方が色々と思い浮かぶというのは、当時も今も変わっていません。日記という形は取っていなかったけれど、日記みたいな感じでした。まとまった文章の時もあれば、ただ単に頭に浮かんだ短いフレーズだったり、そこからイメージを膨らませていけそうな単語だったり、色々です。思いついたままに殴り書いていました。そういう地道な作業を(本来は得意なはずなのに)、最近はちょっとサボっていました。メモ帳は常に机の上に置いているのですが、その上にはCDのケースや読みかけの本が乱雑に積まれています。でもやっぱり、これからはきちんとメモでもノートでもすぐに使えるところに置いておこうと思います。反省。
あ〜、それにしても風呂掃除しぃもて思いついたことって何やったんやろなぁ? もう一回掃除してこうかな?
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| 2004年12月6日(月) |
| The Declaration of Independence. |
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この二年ほどスケジュール帳を使っていないのですが(というのもスケジュール帳を使わなくていい生活を送っているからなのですが)、最近になってちょっと色々と予定を整理していかないといけない事情が出来て、でもこの時期にスケジュール帳を買うのもバカらしいなぁと思っていると、便利なものがありました。インターネットからダウンロードできるフリーソフトで、卓上カレンダーのような感覚で立ち上げて、予定を書き込んで、保存して、必要があればきれいに印刷もできて、普段はタスクトレイに常駐させていられるスグレモノです。作った人は天才じゃないかと思いました。みんなのニーズを把握するアンテナを常に張っていて、それを作成できる確かな技術を身につけていて、しかもそれを無料で配布する太っ腹!
こういうソフトを作成・配布しているような人たちが、普段どういう活動を行っていて、その分野がどんな世界で、将来にどういう夢を持っているのか(あるいはすでにやりたいことをやれている人がその活動の一環としてこういうことをやっているのか)は分からないけれど、たとえば自分が作成したソフトをダウンロードする人間が増えればそれが自分の実力のバロメータとなるとか、なんらかの形で自分にもプラスになることがあるのかなと思います(あればいいと思います)。そしてどんどんモチベーションを高めていってもらって、さらに素晴らしいソフトがぼくのような素人にも使いやすいものになればいいなと思います。
ぼくがここ数年間、それなりにその分野全体のことを視野に入れた上で個人的に本気になっていると自信を持って言えるのは、(今のところの結果はともかくとして)翻訳です。翻訳にまつわることなら、ぼくは拙い意見ながら、責任を持って発言する自信があります。少しの間だけでしたが「翻訳入門講座」みたいな授業を担当していたことがあります。その時に知り合って今もお付き合いさせていただいている方は、今でもぼくのことを「先生」と呼んで下さいます。照れ臭さを感じずにはいられないのですが、それでもその責任をどこまでも背負っていく覚悟もあります。でも、それだけです。世の中の最新情報にも疎いし、社会的な貢献度は皆無だし、翻訳以外のことに関しては、感想を述べることはできても意見をする勇気はありません。恥ずかしい話ですが、むしろ口を噤むばかりです。
そんな人は、きっと他にも色んなところにいるんだろうなぁと想像します――これじゃいけないとは思いつつ、自分のことで精一杯で。だから、今のところぼくと出会う可能性が限りなくゼロに近いそんな人たちのことを応援しながら、ぼくはぼくで自分のやるべきことに専念しようと思っています(想像上のそういう「仲間たち」に自分自身の分身を見出して、自分に頑張れと言っているだけのような気もするのですが、それでもまぁいいです)。上辺をどう生きていても結局自分を騙すことはできないし、他人の無責任な評価に左右されたり、他人に対して無責任な評価を下すよりは、自分に正直に生きて自分で納得のいく生活を送ることを優先的に追求しようと思います。そして、「翻訳や小説についてあんまり難しく考えたことはないけれど、読んで勇気が沸いてきた、何だか優しい気持ちになれたよ」と言ってもらえるような翻訳家になりたいと思っています。それが、ぼくが目指しているぼくなりの社会生活のあり方です。
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| 2004年12月5日(日) |
| 虹。 |
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夕方、雨も上がったことだし、久しぶりに西宮のヨットハーバーに行ってきました。途中、依然としてどんよりとした雲に鮮やかな虹がかかっていました。ちょうどバックミラーに夕陽がまぶしいなぁと思っていた時でした。虹を見たのは久しぶりでした。厚い黒雲も次第に細切れになり、灰色になり、その切れ間から光が射し込み、向こうの空はピンクに染まってとても幻想的でした。虹が見えるのは太陽に背を向けた時だけだということに触れていたのは高樹のぶ子です。が、ぼくは車を運転していたので、太陽に背を向けていたにも関わらず折角の虹をそれほど楽しむことはできませんでした。
虹と言えば、思い出すのがホノルルで見た虹です。まだ暗い明け方の五時にスタートするホノルル・マラソンは、現地で雨季にあたる12月の第二日曜日に開催されます。なので、レース中に激しい雨に降られることが何度もあり、それは火照った体に心地よく、さらにランナーを応援してくれるかのように空にかかった虹を見つけた時は、思わず笑顔になってしまいました。
そう、「夢を見るのは悪いことじゃない、コトを焦りすぎちゃダメなんだ。ちょっとだけ時間の流れがぼくをじらしてるだけ(Thankyou, Kiyoshiro!)」なんだから。そして、「虹の彼方の世界では青い空に青い鳥が飛び、悩み事なんてレモンドロップのようにとろけてなくなる(&
EY Harburg)」んだから。
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| 2004年12月4日(土) |
| 二人のKING。 |
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今日は新潟で久しぶりに青いユニフォームに袖を通したカズ選手の活躍がありましたが、もう一人忘れてはいけないキングといえば、忌野清志郎です! 梅田で人と会った後、いつものレコード屋さんに寄るとRCサクセションのDVDが試聴(試写?)できるスペースがあったので、早速観てみました。1983年の武道館でのライブで、ステージには清志郎が君臨し、熱く、時にしっとりと、圧倒的な歌唱力で歌い上げていました。久しぶりに『トランジスタ・ラジオ』を聴いて、東京外大の屋上で昼寝をしていた頃のことを思い出しました。ドカドカうるさいR&Rバンドによるショーはホットでピュアなナンバーが全10曲、そこがレコードショップだということも忘れ、最後まで見てしまいました。まさにエンターテインメント! そして、購入しました。
一方カズ選手は、新潟の地震で被災された方々に「自分たちのサッカーを見て、その間だけでも心が休まるひと時を過ごしていただければ」とメッセージを送っていましたが、あれだけゴール前での飛び出しやボールへの執念を見せつけられると、心は休まるどころじゃなかったのでは、と案じます。ぼくはTVの前で一人興奮していました。ゴールが見られなかったのは残念でしたが、カズ選手にはやっぱり代表のユニフォームがよく似合っていました。
新しい世代が出てきてベテランと呼ばれるようになっても常に全力でメッセージを送り続け、どれだけ経験を積んで成功を収めようとも初心を忘れない二人のキングが、ぼくは大好きです。見ているだけで勇気をもらえます。ぼくの内からもエネルギーが湧いてきます。大好きなものを見つけたら、それを最後まで諦めちゃいけないんだと思いました。たぶん彼らはいくつになっても現役でい続けることを望んでいると思うし、それを横からベテランだとかかつてのキレがないだとか、訳知り顔で批評されることは快く思っていないと思います。ただそこにいるだけで、ぼくは応援したくなります。あぁ、こんな気持ち、うまく言えたことがない、ないあいあい。
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| 2004年12月3日(金) |
| またしても夢の話。 |
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たぶん2、3分程度の二度寝の間だったと思うけど、空を飛んでいる夢を見ました。空を飛ぶ夢はけっこう見るのですが、今回はちょっと勝手が違っていました。最初のうちは鉄骨とかが剥き出しになって今にも崩れそうなビルが乱立する埋立地みたいな無機質なところで『マトリックス』にでも出てきそうな悪者に追われていて、海際まで追い詰められ、するとぼくは海の向こうを目指して飛び上がり、しかも飛び上がったわりにはものすごく海面すれすれで波とか飛沫とかちょっとかぶったりしていて、悪者は何か弓みたいなのを射ったり石を投げてきたり(そこだけ何故か原始的な攻撃なんだけど)追撃の手を緩めず、だけどぼくはどうにか海の向こうまで辿り着いて無事に逃げおおせる、という展開でした。
そして、後半は下町というか木造の民家がごみごみと密集した(東京の巣鴨みたいな)地域に来ていて、もう安心していいはずなのにぼくはまだ飛んでいて、しかもやっぱり低空飛行で、歩行者たちからは迷惑がられていて、だけど平泳ぎみたいに空気をかいたりしながらあんまり必死に飛んでいるせいか次第に応援してくれるようになり、ぼくも調子に乗って電線が複雑に交差している隙間なんかを曲芸風に飛んで抜けて見せたりして、拍手なんかも起きて……。たいていは低いところで地面と体を平行にして飛んでいるんだけど、時々地面にくっつきそうになって、だけど、そのたびに足で地面を蹴って勢いをつけているということには誰も気づかず、それをぼくはちょっと心苦しく思っている、といった夢でした。
普段見る空を飛ぶ夢は、もっと高いところを目指して気持ちよく飛んでいて、だけどそれなりに孤立感みたいなのがあるんだけど、今日のはその逆で、低いところをみんなの邪魔をしながら飛んでいて、飛んでいるぼくも飛びづらいんだけど、それなりにみんなに珍しがられ、応援され、なんとなくいい気分になったりしながら飛んでいました。もちろん口ずさんでいたのは、吉田拓郎の『イメージの詩』でした。夢そのものは極めて幼稚だったのですが、こうやって比較してみるとちょっと面白かったので、日記に書いてみました。
ぼくはけっこう夢を楽しんでいるような気がします。そういえばこの間なんかは夢を見ていて声を出して笑って、その笑い声に自分でびっくりして起きたぐらいです。夢に限らず、何をするにもどうせなら楽しみたいですね!
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| 2004年12月2日(木) |
| 文句を言わない。 |
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昨日も書いたけど、もう12月です。しかももう2日! ということは明日は3日!!
年頭に色々と目標を立てたことが、ついこの間のようです。立てた目標のうちの一つ、「ぐだぐだと文句を言わない」ということを、今年も残りあと一ヶ月となったこの時期に、もう一度肝に銘じておこうと思っています。というのも、達成には程遠かったからです。それはこの間も少し触れた焦燥感とも関係があるのかもしれませんが、つまりは自分の問題です。自分以外のところに非を見つけてぐだぐだと文句を言うことも時には楽しくて、程度さえわきまえていればストレス解消になったりするかもしれないけれど、でもたぶん結局は他人を批判することの方が簡単だからだと思います。それよりも、結果として自分の思い通りにいかなかった、結果を残せなかった、という直接自分にまつわる事実を受け入れることの方がよっぽど大切です、たぶん。それをせずに次に何ができるはずもありません。自分の周囲や社会に対して無責任、無関心と取られるかもしれないけれど、ぼくはやっぱり自分の内側にこだわりたいと思っています。もちろん一人よがりなつもりじゃなく、ごつごつした実感を毎日の中で感じながら、自分の方からアクションを起こしたい、ということです。焦っている場合じゃないんです。なのに文句が多いのは、まだまだ自信がないからです。だから、せめて残りの一ヶ月は黙って頑張ろうと思っています。それにしてももう12月……。
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| 2004年12月1日(水) |
| 猛暑で雨の少なかった夏の翌春は……。 |
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とうとう12月ですね。風邪が流行っているようなので、外に出たついでに電気屋さんに寄って加湿器を見て来ました。でも安いのは500ml のペットボトルに水を入れ、それをひっくり返して突っこんでタンク代わりとして使うというやつで、見た目も機能も、そしてその逆さに突っこまれたペットボトルも、つまり何もかもが気に入らなかったり、そうかと思えばちょっといいのは急に値段が高くなったり、ちょうど手頃なのがなくて手ぶらで帰って来ました。
そして帰ってきてニュースを見ていると、「花粉飛散量、来春は最大30倍に!」という見出しを見つけてしまいました。さ、さ、さ、30倍!!! 平年の1.5〜2.0倍で、花粉の少なかった今春に比べて10〜30倍ということなんだそうですが、それにしても……。しかも例年よりも飛散期間が長いそうです。花粉の量は前年の夏の気温とか降雨量、日照時間によってだいたい決まるそうですが、一部地域では来年の花粉シーズン全体で、1平方cm あたり計6280個の花粉が飛散すると見込まれているそうです。この数字がどれぐらいの脅威なのかはよく分かりませんが、とにかくすごそうです。空気清浄機付きの立派な加湿器を買えばちょっとはマシになるのかなぁ。外に出ないわけにはいかないし。洗濯物もあるし、布団もたまには外に干したいし。はぁ〜……。
来春、おそらく2月ぐらいからはあんまり集中できそうにないので、それを踏まえて、今のうちにできるだけ集中しまくっておこう。来年の春から夏にかけて、サイアク何にも手がつかなくても大丈夫なぐらい。花粉症歴がまだ浅いので、あまり効果的な対策について知りません。これから色々調べなきゃ。いい方法があれば、ぜひご一報ください。心よりお待ちしております。
*アクセスカウンタが、2000を超えました。日記もここまで順調に(?)毎日書くことができていますし、これもひとえにみなさんの温かいご声援のおかげです。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
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