ミュータント・メッセージ

「ひとつになるっていうことは、みんなが同じになるという意味じゃない」

マルロ・モーガン 著
小沢瑞穂 訳
角川文庫
ISBN: 4042797016


不思議な読後感だった。深い眠りからはっと目覚めたような、何かの拍子に一瞬だけ記憶が飛んでしまった直後のような、目の前にうっすらと白い靄がかかったような、フワフワした感じ。時々エレベーターから降りてもまだエレベーターに乗っているような浮遊感を感じることがあるけれど、そんな感覚。しばらくぼうっとしていた。不思議な、追体験。
 オーストラリアでヘルスワーカーとして活躍していた50歳代のアメリカ人女性が、「生まれる前に魂のレベルで交わされた約束」を果たすため、アボリジニ部族の中でも最後の一族と呼ばれる「真実の人」族の人たちとともに大陸を三ヶ月かけて横断する放浪の旅に出る。太陽が容赦なく照りつける赤い砂漠、埃っぽく、荒涼とした彼方に見える蜃気楼、果てしない地平線――初めはもちろん戸惑いの連続であるが、行動を共にするうちに作者は彼らの中の真実に気づき、自分の慣れ親しんできた生活様式を新たな視点で見つめ直すようになる。慣れ親しんできた生活とは、物に満たされていて、便利で、科学的で、原因と結果が明らかな世界。彼らにとっての真実とは、直感と精神的概念を重んじ、想像力を根拠とする創造的な世界だった。当時(といっても1990年前後の話であるが)、オーストラリアでは牧師も学者も一般人も、そして政府までもが、アボリジニ族のことを「教育しようにも溶け込もうとしない未開の野蛮人」という認識だったという。しかしそれは彼らからすれば、文化を理解しようとせず、流儀を無視した弾圧でしかなかった。ここに彼らの言う「ふたつの人生」を解く鍵がある。
 確かに本書を読んでも、それなりの年月を生き、それなりの人生経験を積み上げた人間ならば、簡単に信じられる話ではないかもしれない。実際、そういう反応が多かったようだ。でもそれは、自分が知る一側面に過ぎない固定観念が邪魔をしているせいであり、作者も当初はそうだった。しかし、初めは諦めの境地からかもしれないが、ただ彼らと共にいる時の気配、気分、雰囲気といったものを根拠に、言われるがままにスーツを脱ぎ捨て、彼らと同じように一枚の布切れを巻きつけ、言葉も通じない彼らとの旅を決意する。第一歩を踏み出したのだ。そしてオーストラリアの奥地で、ゆったりと流れる健全な太古の鼓動に身を任せ、自然との調和、まだ明らかにされていない神秘、許すこと、受け入れること、心を開くということの意味、母なる大地が豊穣の大地であることなどを理解し、内なる永遠の魂の存在に敬意を表し、変えられないものを受け入れる平和な心と変えられるものを変える勇気を求めるようになっていく。それは、それまで馴染んできた生活とは正反対とも言える性質のものだった。しかし作者は様々な「形」に覆われて埋没してしまっている本質に気づき、これまでの社会に忠実であり続けながらも彼らや彼らの生き方をも愛するようになる。作者が彼らから「ふたつの心」と名付けられた所以である。それは、隣りの人を想う時にも同じことが言える。人は生まれながらにしてみんなユニークな存在なのだから、大切なのはそれぞれが相応しい場所を求め、隣りの人を受け入れようとすることだと思う。自分が形成してきたものを否定したり諦めたりするということじゃなく、相手が形成してきたものを受け入れること。
 作者は物語の冒頭に、「なにも持たずに生まれ、なにも持たずに死ぬ。私は最高に豊かな人生を、なにも持たずに目撃した」という一節を挿入している。何も持たずとも豊かであり得るということに気づくことは、もしかしたらぼくたちが一番苦手とし、一番必要としていることなのかもしれない。
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