| Paris, Texas |
| "Dark was the night, wild was the wind, and nothing out there." |
| 1984年 西独、仏 監督:W.ヴェンダース 脚本:S.シェパード 音楽:R.クーダー |
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| 独り荒野を彷徨っていた男が、ロス郊外に住む弟夫婦の家に引き取られ、再会を果たした七歳の息子と共に妻を捜して車を走らせる。家族として寄り添いあっていることが叶わなかった三人が、拠り所となるものを求めて心を通わせ合う歳月を追ったロードムービー。R.クーダーのスライドギターをバックに、静かな映像が見事に男の心情を表している。 息子と父親、夫と妻、息子と母親――四年ぶりに三人が交し合う愛情は、乾いた土に深く深く染み入る一滴の水を思わせる。いずれはその痕跡さえ分からなくなるまで吸収されるのだが、確かな栄養となり、万物を構成する。社会の大勢に影響を与えることもなく、誰から注目されているわけでもないけれど、大切で、不可欠で、優しい存在。本作では過去を引きずり、バランスを保てないままどこにも行き着けない男の愛情を、幼い息子の暖かいまなざしが見守り、強い母であり優しい妻である女が受け止める。 二時間半に渡る本編では、広大な土地に伸びる一本の道、というカットが多く見られる。その先に何があるのか見えないほど遠くまで伸びている。歩むべき道は明確で、ただ、その道を往くがどうかは男の意思に委ねられている。時には道を外れ、また舞い戻り、そんな日々の中で印象的なのが、エンディングに近づく場面で男の運転するピックアップ・トラックがT字路に差し掛かり、逡巡していると息子が「左だよ」ときっぱり言い切るシーンだ。両親の問題で孤独を味わい、父親と再会を果たしても照れ臭さからか、なかなか無邪気にはなれずにいた息子が、母に会いたい一心で迷わず口にした幼い情熱。健気で愛くるしくて、思わず抱きしめてやりたくなった。 男には、男、夫、そして父親としての三つの役割が存在していた。本来ならそれらは男の中で折り合いを付け合って平衡を保っているのだろうけど、それぞれが何らかの要因で分裂してしまうと、関わる人たちの環境に大きな影響を与えてしまう。この家族の場合、物語が始まった時点で家族としての環境は壊滅的なまでに影響を受けていた。男と女が出会い、愛し合い、一緒にいれば他のことなどどうでもいいと思えるほどの幸せを感じ、それでもふとしたきっかけで破綻を来たすこともある。愛するが故に疑心が生じ、すれ違い、平常心を失い、悲劇を生む。荒野で独りになりたい、言葉も不要で道もないところに身を置きたいと願ってしまう男の気持ちも、死ぬほど逢いたくなるから思い出すことをやめたという女の気持ちも、四年ぶりに父親に会えるという日にちょっといい服を着ていた息子の気持ちも、大きな大きな愛である。 父親とは、単一のスタイルではあり得ない。男は自らの持つ人格、歴史を総動員して、家族に精一杯の愛を注ぐ。それが、男の示した父親としての姿勢だった。しかし、一度見失ってしまったアイデンティティは、そう簡単には見つからなかった。全編を通して三人に笑顔は少なく、たまに見せる嬉しそうな表情はかえって哀しみを際立たせる。四年という歳月は、男が思っていた以上に大きかったはずだ。特に、七歳の息子にとっては人生の半分以上を占める。だが、それでもまずは自己を確立することを選んだのは、男なりのけじめだったのだろう。 |
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