| 木枯し紋次郎 赦免花は散った |
| 「人間には一生に一度や二度、計算に合わなくても やらなければならねぇことがあるもんだ」 |
| 笹沢佐保 光文社文庫 ISBN:4334723403 |
| 波が岩礁に打ち寄せ、潮風が派手に吹きつける荒涼とした海辺、目の前には茫漠とした大海原。江戸から約180kmの沖に浮かぶ絶海の孤島、三宅島に設けられた刑場である。自分以外の何者をも信じることなく、己の長脇差のみを頼りに生きてきた紋次郎が、唯一心を許していた幼馴染みの兄弟分、左文治の身代わりとなって島流しの刑を受けていた。老衰が激しく先の長くない母親の最期を左文治が見届けるまでという約束だった。そうした事情から、島で知り合った連中の島抜けの計画にも乗らず、島に送られる自分を哀れみ海に身を投じて死を遂げたお夕の冥福を祈る毎日を送っていた。生き甲斐を見出せず、昨日の続きとして今日を生き、死ぬまでその繰り返し。それがあることをきっかけに島抜けの計画に加わることになり、裏切りを知り、初めは五人だった仲間がフタを開けてみると無事に生還したのは一番乗り気でなかった紋次郎ただ一人で、左文治との再会を果たし、一層の孤独、人間不信を募らせてまたアテのない旅を始める。紋次郎の静かな心情の変化とともに、物語は激しく展開する。 紋次郎は圧倒的に強くはない。北野武が描いた座頭市のように抜群の殺陣で敵を一刀両断にするわけではなく、マトリックスのネオのようにスタイリッシュでもなく、斬りつけてくる相手を腕に巻きつけた道中合羽で必死に払い、足をかけて倒した相手に長脇差を突きたて、死に物狂いで闘う。闘う相手は目の前にいる敵の中に巣食う歪んだ心だ。 第一話である本作には、「あっしには関わりのねぇことで」という有名なセリフこそ出てこないが、「関わりあい」というのはどのエピソードにも共通のテーマといえる。社会に生きる以上、自発的であれ強制的であれ、周囲との関わりあいが存在する。しかし紋次郎が関わりあいを持ってしまう社会は、渡世人である紋次郎を虫ケラのように拒絶する。女子どもや堅気の衆を斬る長脇差は持ち合わせない紋次郎が、甘ったれちゃあいけませんぜと堅気の女に言い放ち、赦免花は散ったと宣告する。赦免花とは蘇鉄の花のことで、蘇鉄の赤い花が咲くとその年の秋にご赦免船がやってくると信じる三宅島の流人たちが付けた別称だ。刑期を勤め上げず、ただ自分とは関係のないところでの恩赦による自由。ニヒルで恰好のいい紋次郎は、生に執着していない代わりに周囲にも何も期待しない。くわえた楊枝を震わせると、頬の古い刀傷が作用して木枯しに似た乾いた音が響く。思い浮かべる言葉は諸行無常、色即是空。哀しくも壮絶な覚悟の上に成り立つ紋次郎の生き様だ。 本作で幕を開ける『木枯し紋次郎』は、昭和46年に連載が始まっている。自分の生まれ年と同じという瑣末な事実にすら感動を覚えるほど、ぼくはこの小説が大好きだ。粒子が粗くコマ数の少ない映像を観ているような感覚は、一般世間と隔絶した社会に生きる紋次郎の無骨さとオーバーラップする。 |
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