サッカーが世界を解明する
フランクリン・フォア著 白水社 ISBN:4560049750; (2006/05)
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サッカー大好き、アメリカの政治記者が、サッカーをグローバリゼーションの象徴として捉え、その反動としての地域性、民族性への回帰、といった観点から世界のサッカー、そしてその背景に迫ります。

                          jd
   

Copyright (c) Franklin Foer 2004


【from jd】
たとえばスコットランドでは、レンジャーズとセルティックの一戦は「オールド・ファーム」と呼ばれ、グラスゴーの町に対立の構図を描きます。プロテスタントのレンジャーズに対して、カトリックのセルティックです。この時のスタジアム周辺の興奮度は、近隣の病院に運び込まれる死傷者数となって表れるといいます。そもそもセルティックは、弾圧されていたカトリック教徒が自分たちの存在意義を証明すべく設立したという経緯があり、オールド・ファームはサッカーの試合であると同時に、十六世紀に始まった宗教改革を巡る未完の紛争でもあるのです。現代でも教派間の対立は激化する一方で、信仰に基づく偏見がなくなることはなく、応援は過激で侮辱的だといいます。セルティックでは、日本代表で10番をつける中村俊輔選手が主力メンバーとして活躍しています。
 そしてたとえばセルビア・モンテネグロでは、レッドスター・ベオグラードがセルビアの愛国主義の象徴となっていて、過激なサポーターがバットや鉄パイプを振り回すばかりでなく、クラブ内でも名誉ある地位に就いていて、集団の運営方法などについてクラブ担当者と話し合っているといいます。民族の対立から政治化したサポーターズクラブが民兵組織となって、民族浄化のためのジェノサイドに参加した過去も明らかにされています。「チームを組んで戦い、攻撃を仕掛ける。難攻不落のディフェンスを誇り、攻撃陣は一斉にシュートを放つ」というフレーズはサッカーに関してだけでなく、決して非日常ではない民族間の紛争についての形容でもあるのです。レッドスターといえば、かつてJリーグでも活躍したドラガン・ストイコビッチが現在は会長を務めていて、鹿島アントラーズから移籍した鈴木隆行選手が所属するチームです。
 さらにスペインに目を向けると、歴史的に権力を持ってきたカスティリアがレアル・マドリードを熱烈に支持し、従属を強いられてきたカタロニアが民族的愛国心の拠点としてバルセロナを創設したという経緯を持っています。現在ではかつてのように抑圧されている状況にはないものの、依然として両クラブは熱いライバル関係にあり、しかしサポーターは暴徒と化すことなく、情熱的にクラブやサッカーを愛し、クリーンで自由な雰囲気を保っています。日本でも高い人気を誇るレアルとバルサの話です。
 他にも、ヨーロッパにおける反ユダヤ主義、ブラジルのクラブに巣食う腐敗した体質、イタリアでのクラブ間の権力抗争など、日本にいてはなかなか知り得ない世界のサッカーを巡る事情がつまびらかにされています。ピッチ上で展開されているスペクタクルなサッカーと薄皮一枚を隔てた裏側に澱んでいるものを掬い取り、その成分を分析しようと試みるのですが、その澱みはすぐに手のひらから零れ落ち、再び沈殿し、底まで全てが澄みきることはなさそうです。世界の至るところで、過酷な環境下に置かれた小さな町や集団が団結する理由としてサッカーの存在は大きく、時に宗教よりも深く実感を伴い、地域社会の一部として受け入れられ、地域固有の文化、確執、そして腐敗といった「伝統」の受け皿としての役割を果たすこともあるのです。個人の意識とか、フォーメーションとか、フォワードの決定力といった観点からのサッカー論ではなく、それぞれ独特のプレースタイルやライバル関係が培われた土壌としての各国文化、政治情勢、背負ってしまった歴史、といったものに焦点が当てられています。
 普段はワシントンDCで政治記者として活躍する筆者が、大好きなサッカーに関わっていたいという思いから自宅にパラボラアンテナを取り付け、スペインやイングランド、スコットランド、オランダ、フランス、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ホンジュラス……、と各国リーグの試合を貪るように観戦、それだけでは飽き足らず、とうとう八ヶ月の休暇を取って旅に出て、そこで目の当たりにし、感じたことをまとめたものが本書です。政治記者らしくサッカーをグローバリゼーションの象徴として捉え、その反動としての地域性、民族性への回帰、といった観点から世界のサッカー、そしてその背景に迫っています。
 そして日本に目を戻した時、本書に紹介されているような風土にはないものの、ピッチの上だけでなく、スタンドから、あるいはテレビの前で、パブで、町で、皆と一緒になって一つのボールの行方を追いかけるという揺るぎない価値観が定着しつつあることを感じます。Jリーグも今年で14年目を迎え、創成期の頃の華やかさは去り、勢力図は大きく変わり、しかしプロ機構として安定した運営を実現できているのは、当初からJリーグとして明確なビジョンを打ち出し、その実践に取り組んできたからだと思います。つまり、「Jリーグ百年構想――スポーツで、もっと、幸せな国へ」をスローガンに、フェアプレーの推進、地域社会と一体になったクラブづくり、企業スポーツからの脱却、下部組織の充実、校庭の芝生化など、理念は具体的な活動方針となって、実現に向けて着実な歩みを見せています。本書で扱われているような海外諸国の事情を知れば、それが日本独自の環境を踏まえた運営スタンスだったということが分かります。特に淡白でナイーブに思えることさえある日本のサッカーについて考える時に、視点を一つ増やしてくれる作品です。
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