| the best a man can get |
| 「ベッドに入ったまま朝食をとること以上にぐうたらなことは、 昼食時にベッドに入ったまま朝食をとることだ」 |
| 著者: John O'Farrell 出版社: Black Swan ISBN: 0552998443 |
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| 一つの事象に対して胸の内に相矛盾する気持ちを認識することは、誰しも経験があるはずだ。お菓子を食べたいけど、太るからやめなきゃ。母の日に何か贈りものをしたいんだけど、なんだか照れくさい。そんな時にぼくたちは、何かと都合のいい理由を捻出して理性よりも本能に従うことが多い。お菓子を控えるのは明日からにしよう。贈りものをしたい気持ちは、贈りものをせずともきっと伝わるはずだ。そういう一個の人格が持ちうる両面価値的なものの考え方・感じ方の両方に正直に、つまり自分の欲望にも理性にも真面目に向き合うのが、本作の主人公であるマイケルの性格のようだ。ただ、最終的に判断する際には若干欲望寄りであることは否めない。 John O'Farrell氏によるフィクション作品第二弾となる本作は、父として、夫として、紆余曲折を経て家族のあり方を模索する男の物語である。主人公のマイケル・アダムスはフリーランスでCMソングの作曲を手がける32歳。南ロンドンに借りた部屋にスタジオを構え、親の金でぶらぶらしているジム、卒業した大学のカフェで働くサイモン、公立校で教壇に立つポールと四人で共同生活を送っている。上司にとやかく言われることもなく、何かと理屈をこねては帳尻を合わせるやり方で仕事をこなし、のんきな毎日を過ごしていた。とにかく「効率」を求めるマイケルの部屋は、ベッドから起き出さなくても冷蔵庫の中のものが取り出せて、トースターやポットに手が届き、電話にも出られて、TVも見られる配置になっている。そんなマイケルだが、実は北ロンドンには自宅があって、妻と二人の子供もいるのだった……。 必ずしもマイケルが後になって自ら激しく内省するように自分勝手なだけの人間だったとは思わないが、確かにどこか感覚がずれていた。慎重な観察眼を持ちながら、無意識のうちに屁理屈で道理を曲げようとしていたところがある。たとえば、常に正直でいることが大切だとはよく言われるが、セックスの後にどれだけのカップルが正直な感想を口にしているだろう? ケネディ暗殺の実行犯は正直に真実を打ち明けるだろうか? そう考えた末に、正直は必ずしもいいこととは限らないと結論付ける。そして、積極的に嘘をつくわけではないが本当のことを語らないことで、事態を、つまり夫婦の関係を悪化させていってしまう。そういう意味では、今回の出来事は自己中心的な男の愚かさが巻き起こした混乱だったと言うこともできる。ただ、「仕事がどれだけできるかを自慢したり、スポーツが得意なことを鼻にかける男性は多いけど、父親として成長することに熱心な人は少ない」と観察しているように、自分のあるべき姿、理想像には敏感だった。どちらが正しい選択なのかは分かっていたのだ。にも関わらず、やはり面倒くさいことはイヤだという潜在意識が、理性を飲み込んでしまったのだろう。どこにでもいる凡庸な男、それが主人公のマイケルだ。 マイケルは仲間たちとダラダラと過ごしていた頃、あるCMのキャッチコピーである「男は最高のものを手にしたい」というフレーズについて考えることがあった。マイケルにとってのそれは、昼食時にベッドで朝食をとることであったり、良質の映画を観ることであったり、フェラーリを所有することであったりした。一件が落着し、そのことを妻のキャサリンに話すと、キャサリンもそのCMは見たことがあったが、解釈がまるで違っていた。キャサリンは、実際に何を手にするか、何を貪るか、何を所有するか、といった観点からではなく、人はいかに成長できるか、どんな人間になれるか、という観点から「最高のもの」を求めていたのだ。その違いが男女差なのか、それともマイケルとキャサリンの個人差なのか、いずれにしても子供や家族を愛する気持ちはマイケルもキャサリンも同じなのに、感じ方や考え方のささやかな違い一つ一つが積み重なって、大きくすれ違っていってしまっていたのだった。 マイケルがキャサリンと本当に理解しあえたのは、両方向から物事を眺めた時に、面倒くさくても正しいはずの道を選択する勇気を持てたからだった。その勇気を持ちえたのは、家族の存在に因るところが大きい。決してないがしろにするつもりだったわけではないのだが、結果としてないがしろにしてしまっていた愛する家族を、何よりも一番に考えることの大切さを知ったからだった。帰るべき場所が家族にあったと混乱の果てに原点に戻る男の物語に、温かくて微笑ましくて、身の引き締まる思いがした。 |
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