新・放浪記

「僕はいま、何をなすべきか」

野田知佑 著
本の雑誌社
ISBN: 4938463504


ぼくが勝手に敬愛する自由人、野田さんの自伝エッセイは二部構成になっていて、前半は野田さんが大学を出たばかりの1964年あたりのことを、後半はそれから25年後に再び旅を始めることになった頃の心境を綴っている(文春文庫から出ている文庫版では、前半部分が『新・放浪記1 旅へ』、後半部分が『新・放浪記2 南へ』と題して二冊に分かれて出ています)。特に前半は、若者に特有の胸のうちに抱えたモヤモヤを何としてでも晴らそうと放浪の旅に出て、胸の奥の方にぺったりと貼りついて離れない無力感や虚しさといったものをあえて無視しながらとにかく行動を起こしていて、生きることへの逞しさに漲っている様子が痛快だ。
 ぼくも一時期、刹那的な気分の高揚に浮かれ騒いだり、それを「メリハリ」と称して納得したり、心の内ではもっとがっしりと実感できるもの、確かな手応えのようなものを欲していながら、身につけた得意の理屈で何とか「今」を肯定しようとしていたことがある。少なからず満足できていない自分に気づいていたのに、100%の満足などあり得ないといって諦めようとしていた。いつの間にか物分りがよくなってしまっていたのだ。社会的な居場所としての拠り所と心の拠り所を、もしかしたら混同してしまっていたのかもしれない。でも本当は、これじゃダメだと分かっていた。
 若い頃の野田さんは、本当は分かっていた、なんてやせっぽっちなことは言わず、「釈迦の掌の上の孫悟空のようにはなりたくない」と反抗心を剥き出しに、どんどん放浪する。どんどんどんどん放浪する。それこそあてなど何もなく、ギターと釣竿とハーモニカを持って日本中を、そしてヨーロッパを彷徨っている(そしてもちろん、漕いでいる)。生き方を真剣に模索しているからこその放浪なのに、それを頭ごなしに叱りつけ、自信を失くさせようとする大人たちを痛烈に批判している。それでもムンクの『叫び』を見て「叫びたいことがたくさんあって、崖っぷちで不安に苛まれている」自分自身だと言っているように、勢いにまかせて自分の置かれている立場を見失ったりはしていない。自由には責任だけでなく不安も付きまとうということ、行動を起こすには何かを捨てなければならないということにも決して怯むことなく、新しい厄介ごとに巻き込まれるよりはすでに直面している慣れた面倒ごとに関わりあっている方を選ぶ人間が多い中で、野田さんは野田さんの人生を堂々と選び、生きていく道を選んでいる。
 しかし生き方を選ぶ、歩む道を選ぶというのは、自分にとってのスタート地点を決めるということでしかなく、そこからどんなパフォーマンスを見せるかというのはひとえにそこからの努力にかかっている。だからこそ自分の生き方の選択は大切なんだと思う。目をつぶっていていいのなら、人生を渡ることなど簡単だ。だけど、そういうわけにはいかない。この本はそんな根源的なレベルで清々しく、勇気を与えてくれる。

もう十年ほど前になるが「人生の一冊」だといってこの本を下さった前田禎久先輩には、言葉で言い表せないほど感謝している。ぼくがカヌーを始めたのも前田先輩の影響だ。そしてこの本は、確かにぼくにとって「人生の一冊」となった。


Favorites 目次へ    ページトップへ