With A Little Help From My Friends
メンバーたちと。

カキーン!
打球はふらふらとショートの後方に上がった。よっしゃ、打ち取った……。ショートのやっちゃんが打球を追って背走する。レフトのさかもっちゃんも打球から目を離さず、ものすごい勢いで前進してくる。危ない! 二人は衝突し、さかもっちゃんは倒れたまま起き上がってこない。審判が駆け寄る。立ち上がったやっちゃんは心配そうにさかもっちゃんの様子を覗き込んでいる。センターのそうちゃんも、サードのヒロトくんも、周りに集まる。試合は一時中断だ。さかもっちゃんは鼻血を出していた。軽い脳震盪も起こしているみたいだ。だけど、なのに、さかもっちゃんのグローブにはボールがしっかりと握られていた。決して名手とはいえないが、ファイトあふれるプレーはさかもっちゃんの真骨頂だ。

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「ヒロト、川口まで回せよ」
応援に駆けつけたヒロトくんのお父さんの声援が飛ぶ。息子のヒロトくんより、ぼくに期待してくれている。ヒロトくんは定石通りサトシを二塁に送る。ぼくは右中間を抜けて転がる打球を見ながら二塁ベースを蹴る。三塁も回り、キャッチャーのタッチをかいくぐってスライディングしながら左手でホームにタッチ。二点先制。勝浦の必勝パターンだ。あとはぼくが抑える。そうちゃんややっちゃんが追加点を奪う。当時は当たり前のことのように思って気にも留めていなかったけれど、ヒロトくんのバント成功率はほぼ100%だったと思う。守っては時々長嶋のモノマネを披露するなど、余裕のフィールディングを見せる。たぶん、ぼくらのチームで一番野球を知っていたのはヒロトくんだ。ジャイアンツからドラゴンズに移籍した川相選手を見るたびに、ヒロトくんを思い出す。

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「うれし涙がちょちょ切れるよ」
宇久井のグラウンドでの一戦、ライバルチームとの接戦を2-1でものにし、県大会への出場を決めた試合の後、弁当を食べながら泣き虫のいかちょが呟いた。バッターボックスに入ると構えたバットのヘッドがピッチャーの方を向いていたいかちょは、ボテボテの内野ゴロを打って一塁を目指して全力疾走するだけで、応援席に笑顔をもたらした。誰に教わったのか、ショートバウンドを捕る技術は一級品だった。いかちょのショートバウント・キャッチ能力に助けられたことは数知れない。でもそれは試合に勝つための要素としてはかなり地味な技術で、たとえばマン・オブ・ザ・マッチみたいな賞があったとしても選ばれていた確率は低いと思う。そんないかちょが呟いたあの一言は、常勝と言われたチームのプレッシャーを共に支えあっていたことの証として、忘れられない。

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「こん中にガラガラ蛇の卵、入ったぁるんやで」
大会会場となった和歌山に向かう車中、山面が白い封筒のようなものを取り出してそんなことを言い出した。一つ年下ながらAチームの正捕手を務める山面の野球センスはずば抜けていて、強肩を誇り、ことごとく盗塁を阻止し、体を張ったキャッチングのおかげでぼくにワイルド・ピッチの記録はほとんどない。チームのムードメーカーでもあった。果たして白い封筒に入っていたのは、軽く曲げた針金に輪ゴムを結んで五円玉を通したもので、封筒を開けると五円玉がグルグルと弾けて封筒との摩擦でバラバラバラバラと激しく音が鳴る仕掛けのいたずらだった。同乗していたぼくもサトシも、運転していた父さんも、みんなが驚き、一瞬の間があって車中に爆笑が起こり、山面は一人得意気だった。

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天才的に野球が上手かった山面に追いやられるように、アキラはライトの守備につくことが多くなった。そして、そこが定位置になった。それでも腐ることなく、アキラの声は一番大きくグラウンドに響き渡っていた。かつての女房役はマウンドでのぼくの気持ちが分かるのか、ライトからも声をかけてくれた。攻撃中はベンチからバッターを鼓舞する。監督さんに注意されるまで相手をやじり倒す。変声期を迎えていなかったアキラの声は幼げでも頼もしく、相手にとっては鬱陶しかったと思う。

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「キャッチボールしょうれ」
本宮から勝浦に引越し、勝浦のチームの練習に初めて参加した時、そう声をかけてくれたのがサトシだった。女の子みたいにきれいな顔立ちで、中学、高校と進むにつれてモテモテになっていくサトシは当時、ぼくの目にはピノキオに見えた(手足が長くて、ランニングする時の姿勢が不自然なまでに良く、その様子がピノキオとダブったのかな、と思う)。ぼくたちが本格的にBチームを結成するようになると、ピッチャーをすることになったぼくはバッテリーを組んでいたアキラとキャッチボールをすることが多くなり、サトシとキャッチボールをすることはなくなった。時々そうちゃんがマウンドに上がる時、ぼくはセンターに回り、必然的にレフトのサトシと軽く肩を慣らすことはあった。キャッチボールの時に相手の胸元に投げることは野球の基本だが、交わしていたのはボールだけではなかったんだと思う。教えてくれたのはサトシだった。

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そうちゃんとやっちゃんとぼくで組んだクリーンアップは、他のメンバーの高い出塁率のおかげもあって、かなりの得点をたたき出した。チーム内外での立場や風貌からキヨハラ選手を彷彿させるそうちゃんも、存在感、相手チームに与える脅威は他のメンバーを圧倒していた。監督さんの前では若干おとなしかった感もあるが、いつもセンターから右に左にと打球を追いかけ、今で言うレーザービームを発射しまくっていた。つまり、21世紀に入って東京で騒がれている史上最強打線も、シアトルの誇るレーザービームも、80年代前半の那智勝浦町には既に存在していたのだ。

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やっちゃんは間違いなくぼくたちのキャプテンだった。激しくゲキを飛ばす方ではなかったが、攻めの時も守りの時も、常に冷静にチームを盛り上げてくれた。オフの日に一度、ランニングに誘われたことがあった。近所を少し走って、それから近くの空き地でピッチング練習をした。「その球、その球ぁ!」週末に大切な試合を控え、やっちゃんのモチベーションは高く、内野手用のグラブでキャッチャー役をしてくれた。ぼくはある時を境に急にピッチングに自信を持てるようになったのだが、あの時のやっちゃんとの二人だけの練習が一つのきっかけだった。単純で些細な違いなんだけど、練習で投げられる球を、試合になると慎重になりすぎて投げられていなかったのだ。その差に気づき、試合になっても修正できるようになったのだ。やっちゃんは、態度で示すキャプテンシーでチームを引っ張ってくれた。

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ブルルルルルルル……。
キャッチボールを始めていたみんなの表情が一気に引き締まる。掛け声も大きくなった。やがて、坂の向こうから赤いスクーターが見えてくる。キャッチボールを中断し、レフトからセンターにかけてグラウンドを囲う山にこだまするぐらい大きな声で挨拶する。「こんにちわぁぁぁああーっ!」赤いスクーターに年季の入った赤い帽子、渡哲也みたいな黒いサングラス、金の指環、小指だけ伸ばした爪。ガキ大将で恐いもの知らずのそうちゃんでさえ、口応えなどするはずもない筒井監督。何期にも渡って勝浦軟式野球スポーツ少年団を、県大会、近畿大会に出場させた名監督だ。強面で、実際恐くて、だけどみんな導かれるがままに練習に励み、慕っていた。野球が好きな気持ち、試合に勝ちたい気持ちに選手も監督もなく、筒井監督を中心にぼくらはチームとして一つにまとまっていた。

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一年で61試合を消化し、後半の15連勝を含む41勝17敗3分。あの頃、みんながチームの中での自分の役割を認識し、互いに補い合い、がむしゃらに目指す目標を当然のように共有していた。12歳とかの子供だったにも関わらず、大人でさえなかなかできない芸当をやってのけていたのだ。力を合わせて試合に勝つ、その結果として優勝する――目標が分かりやすく明確だったことは確かだが、その過程で相手のミスを茶化さない、負けた相手の気持ちに配慮するなど、大人顔負けの意識の高さもぼくたちは備えていた。勝っても、負けても、結果を黙って受け入れ、純粋な涙を流せたのは何故だろう。
 あのチームを卒業してからずっと夢中になれる対象に出会えずにいたぼくも、数年前にようやく本気になれるものを見つけた。でも、当時と決定的に違うのは、チームワークを実感できないということだ。ぼくにはライトを守るアキラのするべき仕事はできなかった。チャンスに必ずしも自分に打順が回ってくるわけではなかった。だけどライトに飛んだ打球はアキラが責任を持って処理したし、チャンスはみんなで作り、拡げ、得点につなげた。みんながそれぞれ精一杯を尽くし、メンバーを信頼し、チーム力が向上する。当時のチームメイトの中で今でも連絡を取り合っている者は一人もいないけど、フィールドは違ってもみんなどこかで頑張っていると思えばこそ、ぼくも頑張れる。それが、あのチームがくれたかけがえのない財産だ。

Any moment of the day
Leading a wayward life
Leaving them all behind
Knocking around
Any day of the year
Turning on, tuning in, and dropping out
Say hello to my old friends
Under the sun
Under the sky
Roots still to be found in those good old days
Any day of my life
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